第193話 貴族様のブランチ(下) ゲンタ、ピザもカレーも大受けする。
「注文入りましたー。今度は『みどりのぴざ』でーす』
「こっちは『あかのぴざ』が二つだよー」
「ヒョイおじさん、伯爵の紅茶の注文だよー」
忙しくなってきた。客入りが増えているらしい。
「はい、緑のピザ!」
僕はバジルの香り漂うピザを八つに切り分け盛り付けた皿を取りに来た兎獣人族の子に渡す。隣ではマオンさんがマルガリータのピザを切り分けていた。
ヒョイさんは紅茶を持ってテーブルを回っている。ワインの世界で言えばソムリエのようなものだろうか。紅茶一つカップに注ぐと言うのも作法のようなものがあるらしい。
赤のピザ、緑のピザ、これはスーパーで売っているもので、本来ならレンジやオーブンで焼くタイプの商品だ。
赤だ緑だと言うと、きつねやたぬきをなぜか思い出してしまうのが日本人的発想だが、僕は買い込んできた二種類のピザをどう区別しようか考えていた。マルゲリータのピザ、バジルソースのピザ、名前で言っても想像しにくい。
そこでヒョイさんと相談した結果、分かりやすさを前面に出す事。
赤はマルガリータ、乳酪とさわやかな酸味の野菜を用いたソースで味付けした小麦の生地を焼いた料理。緑はバジルソース、乳酪を使うのは同じだが香り高い香草を用いたソースで味付けしたもの…。
もちろん見慣れない料理であろうが、そこはヒョイさんの
「味の方は私の名にかけて保証いたします」
その一言が決め手となったのであろう。この町のいわゆる上流な人々が訪れた。目新しい料理というのが話のタネになるのは種族や身分の貴賤を問わないのはどこでも一緒だ。
それが好評ともなれば僕としても嬉しい。
「ブラボー!!おお…ブラボー!!」
客席のブースから拍手と共に喝采の声が上がる。
「お気に召したようで何よりです、チャリオ騎士爵様」
そんなヒョイさんが対応する声がしたかとおもえば『パァン』と柏手を打ったような音がする。
「美味いッ!これはまさに至福の味わいだ!」
そんな声も聞こえてくる。うーん、どこかで見聞きした事があるような、無いような…。その柏手を打ったと思しき男性の声が続いている。
「いや、今日は朝から残念な事があってな。嫌な一日の始まりかと思ったが、これは愉快。まったく良い一日になったというものだ」
「ほお…、それは何かおありでしたか?」
何の気なしに聞いているようなヒョイさんの声。しかし、僕には分かっている。ヒョイさんはこの展開を読み、この手を打っていた事を。
□
昨夜の時点でブド・ライアーがしくじるであろう事をヒョイさんは予測していた。その上でどうするか、シルフィさんも交えて打ち合わせをしていた。
ゆえに僕は朝からこの社交場でカレーを作る事を予定していた。しかし、これにヒョイさんが待ったをかけた。
「ゲンタさん、朝は敢えて何もしないというのはいかがです?」
「えっ?それはどうして?」
「ブド・ライアー氏のお手並み拝見…というのと、おそらく失敗するでしょうから…それから動いても良いかと…。おそらくゲンタさんの料理は評判になるでしょうから、来客はひっきりなしになるでしょう。休んでいる間もありますまい」
「えっ、そんなに…」
「ええ、それほどまでに『かれー』の名は広まっているのですよ。もし、ゲンタさんがブド・ライアー氏の所でカレーを売り出したとしたら千人…、いや二千人は客が来るかも知れません。それほどまでに凄まじいものなのですよ、あの『かれー』というのはね」
うーん、ヒョイさんがそう言うならそうなんだろうけど…。
そうなると二千皿のカレーを売ったなら一皿1500円相当で販売したら売上は三百万円か…、多分ブド・ライアーは値段を釣り上げて売るだろうから仮に一皿を倍の額で売れば六百万円になる。
それを材料費をこちらに負担させて金貨二枚(二十万円)でやらせようとした。当然、売上はブド・ライアーが全て手にする。
ましてやその他にも色々と悪どい事を考えていたようだから、やはり徹底的に戦うべきだろう。
「ですからね、料理を売るのは昼くらいからにして、貴族の刻(午後九時)までにすればよろしいかと。その頃に始めればブド・ライアー商会は丁度評判は下がりきっている事でしょう。そうすれば折角美味いものが食べられると思っていたのに落胆して帰る方々にとって、我々はまさに天から差す一条の光にも見えるでしょう」
「ヒョ、ヒョイさん…。凄い事を考えますね…」
「ほっほっほ。私などは美味しいものが好きなただの老爺でございますよ、ただちょっと…悪戯好きのね」
そう言いながらヒョイさんがにっこりと微笑んだ。
□
夕刻を過ぎ、夜となったが客足は衰えない。酒類を伴うスタイル、いわゆるパブタイムだ。
そして現在出しているのはカレー、そしてマオンさんの白いパンだ。
他に人参の牛酪甘煮やクリームシチューなどがある。
屋台の時のように右から左へと行列を捌くようなものではなく、注文を受けてから一皿一皿作っていくようなスタイル。
ヒョイさんによれば酒類を出す時間帯だが、今日はどちらかと言うと料理店のようなスタンスに近いという。次はいつカレーにありつけるかという問い合わせが少なくないという。
「材料も特殊なようでして…。また当方でお出し出来る機会がありましたらお知らせをさせていただきます」
ヒョイさんはそんな風に応じ、僕の存在を極力表に出さないようにしてくれた。個別で問い合わせが来るのは面倒であるし、ちょっかいをかけられるのも面白くはない。
しばらくは早朝のパンと塩の販売だけにして、ギルドの中だけの活動にしようかな。それだけで十分に稼げているし。派手に手を広げず、周りの人たちと暮らしていけるようであれば良い。
そんな事を思いながらカレーを売る。あと小一時間で貴族の刻…。終わりが見えて来たその頃、僕に来客を告げる知らせが届いた。