第18話 立ちはだかる『大剣』使いと、試食会再び。
僕の目の前には身長190センチを軽く超えるであろう偉丈夫が立っている。…いや、正確には立ちふさがられているといった感じだ。
着込んだ金属製の分厚い鎧、その隙間からのぞく肉体は凶悪なまでの筋肉の盛り上がりがある。それはまるで地球で鍛え抜かれたボディビルダーの筋肉ですら『薄切り肉』と評価されてしまいそうな程だ。
しかも迫力があるのはそれだけではない。
顔がモノを言うというか、ここが世紀末ならば間違いなく覇王になっていそうなくらい劇画調の濃ゆい顔…、小さな子がいきなり間近で見たら泣き出したとしても責められない…そんな迫力ある男の人だった。
「兄ちゃん、ちょっと待ったれや」
顔と体に似合った低い声が響く。
先程、立ちふさがられた男からかけられたのがこの言葉。もはや恐怖以外の何物でもない。仮に日本国内で知り合いでもない迫力ある人にこんな風に声をかけられたら全力疾走で逃げたくなる。
そんな僕に出来た事はほんの少しだけマオンさんの前に進み出て、彼女を背中に隠しその手をつなぐ事のみ。それだけが僕に出来る唯一の事だった。
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「ナジナさん、何やってるんですかぁ!こちらの方はギルドに相談をしに来たお客様ですよぅ!」
受付からフェミさんが受付から走り出てきて大男に声をかけた。
フェミさん凄い!僕なら絶対に話しかけに行く勇気は無い。そんなフェミさんは、立ちはだかった男に脅かしちゃダメですよぅ、タダでさえナジナさんは顔が怖いんですからと窘めている。え!?そこまで言う?
「兄ちゃんを脅かすつもりは無かったんだがなあ」
ナジナと呼ばれた大男は心外だとばかりに呟く。
「やはり、オレが最初に話しかけた方が良かったんじゃないか?」
そう言うと、同じテーブルにいたのだろう、もう一人の男が大男の隣に立った。見れば金属製の鎧を着ている、どうやらこの人も戦士のようだ。歳の頃は二十代後半くらいか、いわゆる美男だ。
町中で年頃の娘が十人すれ違えば、七人か八人が思わず振り返りそうな良い男だ。身長はナジナさんほどではないが十分に高身長の部類に入るだろう。一見線の細い優男にも見えるが、よく見ればその肉体は鍛え上げられている事がよく分かる。
「そうは行かねえ!!この兄ちゃんに用があるのは俺なんだ!」
大男はそう言うのだが、僕には身に覚えがない。
「ウォズマさんなら顔で怖がらせる事はないのですんなりと会話が進むと思うんですけどぉ…ナジナさんはぁ…」
受付嬢のフェミさんは言いたい放題である。そのナジナさんは俺の顔の何が怖いんだと一人で憤慨していた。しかし、思い当たるフシがあったのかもう一人の男性に場所を譲った。
「すまないね御婦人、お若い方。オレはウォズマ、見ての通り戦士として冒険者をやっている」
うーん、僕がマオンさんをかばうつもりで前に出たけど、さりげなく女性のマオンさんに先に謝罪するあたりウォズマさんは
スマートな感じがする。
「俺はナジナ、俺も見た通りの戦士だ。ウォズマと組んで仕事をしている。兄ちゃんたちを取って食おうとな、悪いようにしようってんじゃねえんだ。だからちいとばかし話聞いちゃくんねえか?」
ナジナさん悪い人ではないんだろうけど、やはり迫力が凄い。
「うーん。顔は怖いですけどナジナさんはある意味模範的な冒険者ですしぃ…、ウォズマさんもいるから大丈夫かな?じゃ、仕事もあるし私はこれで〜」
この場の癒し要員兼仲介役になれそうなフェミさんが軽いノリで受付に戻っていく、これは覚悟を決めるしかないのか…。仕方がないので僕は二人の戦士に向き直った。
「僕はゲンタです、仕事の相談をしにギルドに来ました」
「儂はマオン、辻売りだよ。もっとも今日までで、明日からは野良商人だかね」
簡単に自己紹介をする。
「ところで…、お話と言うのは…?」
ああ、その事よとナジナさんが本題とばかりに身を乗り出す。
「兄ちゃん、その辺までちっとばかし顔貸してくれや」
なんだろう、校舎裏リンチ大会の誘いにしか聞こえない。
□
「まあ、ここじゃなんだ。少し外に出ようや」
そう言うと、ナジナさんは巨大な両手持ちの剣と荷物を背負う。ウォズマさんも同様だが武器は腰の後ろに差した剣のようでナジナさん程には大荷物には見えない。
一方、僕の方は不安でいっぱい。日本で顔貸せって言ったら校舎裏とか体育館裏に連れて行かれるイメージしかない。受付カウンターを見てみると、フェミさんがニコニコして行ってらっしゃいとばかりに手を振っている。ホントに大丈夫なの、逝ってらっしゃいとかじゃないよね?
外に出てしばらく歩く、不安がちょっと増してたまらなくなり口を開いた。
「ナジナさん、僕はやはりお話というのが気になるのですが…」
「は、話か…、そのぉ〜、なんだ」
困っているのかナジナさんは少々歯切れが悪い。
「ギルドから少しは離れた。人目も少ないから大丈夫だろ?」
ウォズマさんがそう声をかける。え?人目が少ないとやる事って何!?カツアゲ!?
ガクガクブルブル、ああ〜なるほど、分かったぞ。膝が震えて縦に揺れるから『ガクガク』、体全体が揺れて左右に振れるから『ブルブル』。それを自分の目を通じて上下左右に視界が揺れるから二つ合わせて『ガクガクブルブル』って言うんだなあ…。…知りたくなかったよ、そんなの。
「おい、兄ちゃん!」
「は、はいっ!!?」
ビビっていたので声が震える。
「お、俺にもそのパン、食わせちゃくれねえか?」
□
強面の大男のナジナさんが凄く必死に僕のパンを食べたいと言ってきた。
相棒のウォズマさんによると、ナジナさんは腕利きの冒険者で通称『大剣』。二つ名とも言うそれは凄腕の人だけが名乗れるものらしい。そんな凄腕で見た目が劇画調の迫力ある強面の大男が実は大の甘党であると知れたらイメージに関わるらしい。
しかし先程の受付嬢達のジャムパンとあんパンの試食を見ていたそうで、特に『エルフのジャム』にはない新鮮さや爽やかさを持つとシルフィさんに評された『とちおとめ』使用のジャムパンにいてもたってもいられなくなってしまい思わず声をかけたとの事。
「た、頼む。あのエルフのシルフィ嬢が認めるジャムなんて本場の『エルフのジャム』に匹敵するようなジャムしか無えじゃねえか!そんな聞いた事もない幻のジャムを前にして指を咥えて見てろって言うのかッ!いくらでもってワケにはいかねえが俺にだってそれなりに金はある。頼む!是非売ってくれ」
「ゲンタ、この旦那はね、顔は怖いかも知れないが、儂ら町の衆はみんな知ってるんだ。弱い者にも味方をしてくれるスジの通ったお人だよ。もしパンが残っていたら是非分けてあげておくれよ」
マオンさんがそう言うなら間違いは無いだろう。確かに怖い顔だけど、悪い人じゃ無さそうだし…。
「分かりました。訳有って今は売れませんが、冒険者の方の意見も聞いてみたかったところです。試食という形でお二人に食べてもらうという事で良いですか?」
そう言うと、ナジナさんは「おおっ」と声を上げ、オレも良いのかい?とウォズマさんも驚いていた。
さて、そうなると目立たない所で食べてもらうとして、どこが良いだろうか?町の地理に明るくないのでマオンさんに聞くと、
「ここまで来たら儂の家が近い。何もないが井戸なら有るし、それに目立たないよ」
じゃあ、そうしようという事になり歩く事数分。マオンさんの家に着くと、焼け跡を見てナジナさんが絶句していた。
「すまないねえ、井戸と納屋くらいしか無いが、この時間なら人もそうは通らないからね…」
「すまねえ婆さん、驚いたツラしちまって。この辺りに昨日何処かの馬鹿が火を付けた家があるとは聞いていたが…、婆さんの家だったのか!」
「町中で喧嘩して、火を使うのは御法度だ。ギルドではそれに当てはまるような奴はいなかったからな…、流れ者か…、誰かの私兵か…。いずれにせよロクでもない」
ナジナさん、ウォズマさんが憤りを露わにする。
「さあさあ、儂の事はいいから、納屋の裏に井戸があるから手を洗って水を汲んでおいで」
二人が井戸に向かうと、僕はマオンさんに声をかけた。
「すいません、マオンさん。僕、先程納屋に置き忘れたものがあります。取ってきますね」
納屋に走る、扉から見えない位置でクローゼットの戸を呼び出し部屋に戻ると、サークルの花見に使う予定だったブルーシートを手に取った。それと冬の間に使っていたコタツのマット下に敷いていた銀色の断熱シートもクローゼットの片隅にあったので引っ掴んで戻る。
異世界に戻ると、丁度ナジナさん達が手を洗って戻ってきた所だった。何も無い所で座るとなると地面に直接触れるお尻が汚れてしまう。
そこで僕はブルーシートを広げた。100円ショップの物で三畳程の広さの物。履き物を脱いでどうぞお座り下さいと言って僕が見本を見せる。敷物に裸足で座るのは初めてだなとナジナさんが言うと、マオンさんも頷く。
ウォズマさんがこれからジャムパンを食べるならそれも初めてだろうと言うと、ナジナさんは違え無えと笑い合っていた。
「さて、パンの試食ですが僕もお腹空いて来たので四等分していきましょう。マオンさん、包丁あります?」
いや、それならオレが切り分けるよとウォズマさんが腰から短剣を抜く。包装のビニールをパーティ開けしたジャムパンを渡すと手の平の上でビニールに乗せたまま四等分した。まるで料理上手の人が手の平の上で豆腐を切るようだ。
ナジナさんがその内の一つを期待に満ちた目で受け取った、さあ食べましょうと声をかけると誰より早く口に運ぶ。
「むううっ!」
食べるなりナジナさんが唸る。
「パ、パンが柔らかい!そしてパンにもジャムの香りがある!ま、まるでパンが呼吸をして香りを取り込んだような。そしてこのジャムだ!なんだ、口の中で蕩けてよう…」
続けてあんパンの試食。その際、ナジナさんが口の中を一度まっさらにしねえとなとコップの水を飲み干したのでペットボトルの緑茶を新しく開けて注いだ。
「なんだよお…、この中身が黒いパンも…。土から足が離れないように舌から甘みが離れねえ…。だが、それをこの緑茶が洗い流すんだ。甘さでボケた舌を苦みが呼び覚ましやがる、そしてまたパンが俺をまた誘ってくるぜ。私を食べてくれ、食べてくれってよお…。それで口にするともう戻れねえ。性悪女だって分かってても離れられねえ男みたいによう」
劇画調の大迫力、強面のナジナさんは甘いパンにやられて表情は最早へにゃへにゃだ。さっきまでの世紀末でヒャッハー野郎達の親玉みたいな顔してたのに…。僕の緊張感を返してくれ。
そして、この二人に食べて欲しかったコロッケパンを出した。
「これは初めて世の中に出すパンです」
そう前置きして皆の前に出す。
「ひょえー、儂もこんなのは初めて見るよ」
「初めてだと!?兄ちゃんはいったい何種類のパンを作れるんだ?今日は驚いてばかりだぜ!」
「ゲンタ君、これはなんだい?」
ウォズマさんは甘いよりこのパンに興味を持ったようだ。
「これはお腹にたまるのを狙ったパンです」
「うーん、それは肉の塊を食べたような、食べたって気分に
なるような物かい?」
「肉とは感覚が違うとは思いますが満腹感が出ますね」
上面にパンの上に乗ったコロッケにマヨネーズと中濃ソースがかかったものを四等分してもらい、それぞれパンを食べる。
「これは…、オレも人よりは食べる方だからありがたいね。何より美味いしこれは凄いよ」
「食いでもあるし何より美味い!これも香りだ、この黒いドロッとしたタレみたいなやつの香り…今まで嗅いだ事がねえ」
「ゲンタ…、アンタって子は…。こんなパンを食べたら…儂はまだまだパンを作りたい気持ちになったよ。板切れのパンなんかで満足してられないよ!」
三人共、好評のようだ。
「じゃあ、皆さんに伺いますがこのパンを売り出したら売れそうでしょうか…?」
僕は一番気になった事を尋ねると、皆一斉に首肯いた。
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「いやー、すっかりゴチになったなあ!」
「ゲンタ君、ありがとう。素晴らしいパンだったよ」
「いえ、貴重なご意見が聞けて良かったです」
「それにしても兄ちゃん、本当に金は良いのか?あのジャム一つとっても結構な金が動くぞ」
「大丈夫ですよ、ギルドで売り出せるようになったらぜひ御贔屓に」
気付けば周りは暗くなり始め、二人は帰路につくようだ。マオンさんと敷地から道に出る二人を見送ろうとする。それじゃあ…、と別れようとした時、
「ゲンタ様!!」
突然僕の名前が呼ばれた。そこにはギルドの受付嬢、エルフのシルフィさんの姿があった。