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第188話 ゲンタ、ブド・ライアーと対峙する(前編)


「ん、おお。おれが飲むのは酒ばかりだが、ずいぶんと上質な紅茶だな」


 向かい側の席に着き、紅茶を飲み始めたグライトさんがそんな言葉を漏らす。


「私たちも初めて耳にしましたが果実の香りを焚き込んでいるらしいのです。我らエルフ族にしてみればまさに至高の味…」


「へえ…、そりゃあずいぶんと値が張るんだろうな」


 セフィラさんとグライトさんがそんなやりとりをしている。

 アールグレイの紅茶はグライトさんにも好評のようだ。


「遙か遠い国から渡ってきた紅茶でしてね…、ある国では伯爵より上の位でなければ飲む事を許可(ゆる)されないとか…」


 もちろんウソだ。伯爵(アール)グレイから名を取ったというこの紅茶の銘柄。詳しい経緯(いきさつ)は知らないが、伯爵の名が由来になった事を思い出したので思い付いたままに言葉にしてみた。


「タシギスさん、もう一杯どうです?」


「良いんですか?嬉しいですねェ…。私は紅茶に目が無いものでして…」


 目を細めながら応じるタシギスさんに紅茶のおかわりを注いだ。


「ど、どういうつもりだッ!!」


 見ればブド・ライアーが何やら(わめ)いている。


「どう…とは、どういう意味ですか?」


「俺は客だぞ?その俺に紅茶(ちゃ)を出さず、自分たちだけで飲むとか何を考えてやがる!?」


 僕はキョロキョロと周りを見回してみた、そして首を傾げた。


「ねえ、ど〜したのぉ?」


 くいくいと僕の袖を引いてロヒューメさんがわざとらしい口調で疑問を口にする。その顔には悪戯っ子のような笑みが浮かんでいる。どうやら僕の意図する事を読み取ってくれたらしい。それなら全力で乗らないと。


「いや〜、お客なんて何処にいるのかなって」


 ぷっ、マニィさんが吹き出した。僕もつられて笑う。


「て、テメェ…」


 ブド・ライアーがブルブルと怒りに震えている。


「おやぁ?いけませんねェ。大商会の主人(あるじ)ともあろう人がそんな汚い言葉を使っては…。それじゃ、まるでチンピラじゃありませんか。出来損ないと町で評判のギリアムのように…。ところで、貴方はその出来損ないと何か縁か所縁(ゆかり)がおありですか?いえね、ずいぶんと口ぶりが似ているものですから…。気になる事があると聞かずにはいられない、僕の悪いクセ♡」


 タシギスさんも乗ってきた。警部殿やるなあ。確かギリアムはこのブド・ライアーの婚外子だったっけ?


「ふざけてんじゃねーぞ!俺の事だろーが!?」


 ブド・ライアーがいきり立つ。


「じゃあ、聞くけど客ってどんな人?」



「なん…だと…?」


 ブド・ライアーが意表を突かれたようだ、切り込む。


「いや、是非ご高説を聞かせてくれませんか?どんな人を客って言うのかを」


「クッ!言うまでもねーだろーがッ!店に来たら客だろーが!」


「じゃあ、場所を移してそちらの商会で話の続きしましょうか?」


「あ?」


「そうすれば僕たちは客でしょう?じゃあ、どんな風にもてなしてくれるのかな?この伯爵(アール・グレイ)の茶葉は同じ量の黄金に等しいと言われてましてね、黒き琥珀金(エレクトラム)と例えられる胡椒より遥かに高価なんですよ」


「こ、胡椒より価値があるだと…」


「ええ」


 にっこりと僕は笑う。


「先程のエルフの方たちの話を覚えてますか?初めて耳にしたと…。エルフのジャムという果物を知り尽くしたとされるエルフ族でさえ耳にした事が無い程の秘伝の紅茶…、胡椒よりはるかに希少なのですよ。しかも伯爵より上位でなければ口にする事が許されない国もある程です。いや、むしろ…伯爵位にでもなければ高価過ぎてそもそも購入出来ない…。そんな代物ですよ」


「確かに茶葉自体も良い物ですねェ。これだけ質のバラつきも無く、保存も良い茶葉など貴族でもそうは手に入らないでしょうねェ…」


「ははは、ありがとうございます。でも、駆け出しの商人である僕にこの紅茶を…言い換えればあなたは黄金をご馳走しろとばかりに言ってきた訳ですから…。若造に過ぎない僕にそんな要求をしたのだから…、大商会のラブ・ドイアー氏はどんな高価なもてなしをしてくれるんですかね?行くだけで大きな金塊くらい進呈してくれるんですかね?」


 ニヤニヤ、そう言ってブド・ライアーを見た。


「ブド・ライアーだ」


「えっ、ライブ・ドーア?」


「ッ!?ブド・ライアーだッ!ラブ・ドイアーでもライブ・ドーアでもないッ!二度と間違えるなッ!」


「すまんね。…で、どうします?店に入るだけで客なら、僕は最低ラインで金塊程度のもてなしだけ受け取って帰りますけど?」


「ふ、ふざけるなッ!あとは、利益だよ!!り、え、き!!利益を…金を運んでくるのが客だろうがッ!!」


 こちらに唾を飛ばす勢いで怒鳴りつけて来るが、護衛の誰かが風の幕を張っているのだろう。その唾がこちらまで飛んで来る事はない。安心して反論できる。


「なら…、アンタは客からは程遠い」


「な、なにィ!?」


「アンタの依頼、僕に何の利益があるんだい?」


「き、金貨十枚だッ!金貨十枚の依頼だぞおッ!切り詰めれば庶民はそれだけで一年近く暮らしていけるだろうがッ!」


「支払われるならね…」


「なっ!?」


「最初は金貨二枚、次に五枚、最後は十枚だ。同じ期間、同じ仕事内容で…だ。すると考えられるのは…、カレーを作るこの依頼が金貨十枚を支払っても利益が出るような内容か…」


「えっ?それじゃあ金貨十枚以上の大儲け出来るのに、金貨二枚なんていう安い報酬でコキ使おうとしたって事?」


「いや、それだけじゃありませんよ。こういう依頼は経費、この場合は材料費ですが全て仕事を受領()ける側が用意するものです。大儲けするからには多数の客を相手にしなければなりません。それだけ大量の材料が必要になります。ましてや『かれー』は香辛料を使った料理、材料だけでいくらかかるのか想像もつきませんよ!」


 僕の言葉にロヒューメさんとタシギスさんがいち早く反応する。


「そういう事ですね。そしてもう一つ考えられる可能性があります」


「他に理由が…?ダンナ、何か思い当たるのかい?」


 僕はゆっくりと頷いた。


「そもそも、報酬を支払う気がない。そういう事でしょ?ブド・ライアー氏」



 そこにいる全員がブド・ライアーを見た。誰一人としてその視線に好意的なものは無い。


「な、何を言っているんだ…。俺がそんな事をする訳が…」


 先程までの激昂はどこへやら、ブド・ライアーの舌鋒が鈍る。


「シルフィさん、この人が扱う商品は何でしたっけ?」


「手広くやっているそうですが、なんと言っても塩でしょうね」


「そうでした、そうでした。町の御婦人方があまりに質が悪くて砂を買わされてるって嘆いていたから、何を扱っているのかついつい忘れてしまって…」


「テ、テメェ…」


 馬鹿にされてると思ったのかブド・ライアーが再び怒りに燃える。だけどね…。


「最初に馬鹿にしてきたのはそっちだからね」


「ああンッ!?」


 凄むブド・ライアーを尻目に僕は続ける。


「塩ってさ…、凄く細かく量を(はか)って売るモンでしょう?それこそ1(ウェイ)単位でさ…。白銅貨一枚(シロイチ)で昨日は3重、今日は4重…みたいに相場があって…」


「あ、ああ…。確かに」


 グライトさんが頷く。


「だからね、不思議なんですよ」


「な、何が不思議だってンだよッ!」


「そんな細かく量を毎日毎日取り決めして、量って売ってる大商会が忘れますかねえ…?」


 チラッとブド・ライアーを見た、(もく)している。間違いない!


「なあ、坊や。依頼書に何を書き忘れたのか分かりやすく言ってくんねーか?俺はよ、そーいう書き物に目を通しすぎてるせいか意外と簡単な事を見逃したりするからよ」


 わざとらしくグライトさんが言った、つまりトボけてるコイツに教えてやれという訳だ。


「依頼にはどれだけの量を…、何人分作るのか…、そういった事が書いてなかった。つまり…」


「だ、黙れ、黙れェッ!」


「とても作れないような量。例えば材料が足りなくなるとか…、あるいは一日中作り続けてもさばききれない人数とか…そんな仕事量を与えるつもりでしょうねえ…」


 僕は役割を終えたティーパックを深皿に置いて新しいティーパックを借りたティーポットに入れ直した。


「つまり…わざとどれだけのカレーを作るかって事をあなたは書かなかッた訳さ…」

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― 新着の感想 ―
[一言] 言われてみれば、短絡的な思考とか、専門技術をなめた態度とか、たしかにホリエモンっぽいですわ。
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