第187話 ブド・ライアーが凸してきた。アウェイの洗礼を浴びせてやりますか。
『ミーンの町で一、二を争う大商会…ブド・ライアー商会様が扱う素晴らしい大量の塩や香辛料を前にして当方の料理など、小児のママゴトに過ぎません。私共の至らぬ一皿よりも、ブド・ライアー様の扱う高級な料理の方が様々な方がご満足されるでしょう。なので謹んでこの依頼、御辞退させていただきます』
さらさらさらっ…、いつものようにレポート用紙に書いたブド・ライアー商会への断り状の下書き、それを見ているマニィさんがくっくっくっと笑っている。
「あっはっは!キッツイなあ、ダンナ!あんな砂混じりの塩を使うような商会が出せる料理なんてドロが混じった塩水くらいだよ!それにあの広場の屋台の時、ダンナの『かれー』は行列だったけどブド・ライアー商会に客なんか入ってなかったんだぜ。それを至らぬ一皿…だなんて言ったらブド・ライアーはどうすんのさ?」
ブド・ライアー商会に添えた断り状は木の板に書き写し、それを依頼に来ていた人にギルドから渡してもらっている。
今の時刻は王女の刻、地球の感覚で言えば午後七時頃だ。すでに冒険者ギルドは今日の業務を終え、入口は固く閉ざされている。
「さあて…、どうしますかねえ?」
まあ、知った事ではないんだけどね、ブド・ライアーはきっと自滅する。
「あ〜、悪い顔してますぅ」
フェミさんが僕の顔を覗きこんでくる…、そんな時だった。
どんどんどんっ!!どんどんどんっ!!
激しくドアを叩く音がする。
「ンだよ…。うっせーな」
面倒くさそうにマニィさんが反応する。
「誰だい?今日の業務は終わってンぜ」
フェミさんやシルフィさんと共に扉に向かった。門前払いにしなかったのは人命に関わるような事案の場合もあるから、中にまだ残っていた場合は誰何し内容を確認する。
「ブド・ライアー商会だッ!!指名依頼の事で話がある!」
焦ったような怒鳴り気味の声で返答がされる。
やはり来たか…、僕は思わず声に出して呟いていたらしい。マオンさんやセフィラさんたち五人の視線がこちらに向いた。なぜ分かったの?そう問うているような視線だった。
内容としては人命や町の危急存亡に関わるようなものでもない。ゆえに取り合う必要も無い、明朝以降に改めて冒険者ギルドに出直してこさせるような内容だ。
一度はそうしようと考えたのだろう。
しかしブド・ライアー商会の指名依頼だ、対象となる僕の意見を聞いてから最終的な対応をとシルフィさんたちは考えたのだろう。僕に視線を向けた。
僕はコクリと頷いた、入れて良いと。ブド・ライアーにダメなものはダメと分からせる必要があるだろう。特にこういう傍若無人な奴には…。
マニィさんがちょっと待っててくれと声をかけ入り口の扉から閂を外した。良いぜと声をかける。何度か見た事があるギルドにやりとりに来ていた男が扉を開けた。
そして男が一人続いて入ってくる。これが僕とブド・ライアーとの邂逅であった。
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なんて言うか冴えない男だな。それが僕のブド・ライアーに対する第一印象であった。上質な服を着ているが背は低めでやや小太り、なんとなくだが人を見下すような…そんな目をしている。
人というものは長年付き合っていても何を考えているか分からない事がある。ましてや初対面ならなおさらだ。
しかしそこは同じ人と人、長年の付き合いを経なくても会ったその瞬間に分かる事がある。それこそ長年の付き合いよりも如実にだ。
そんな僕の直感に従えば…コイツは気に入らない、それだけだ。生理的嫌悪感のような…不倶戴天、それだけである。
しかし、何の用だというのだろう。皮肉を交えて断りの文言を持たせた。ブド・ライアーの依頼をやる気はない、それくらいは察して欲しいものだ。
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ブド・ライアーという奴は商人のようだが当たり前の事が分かっていないな…、僕はそう感じた。
日本の諺に『時は金なり』というものがある。有意義に使う事で初めてその時間には価値が生まれる。それは異世界でも同様だ。こうして他人の時間を奪うのは、他人の『金』を奪っているのと変わらない。
しかし、ブド・ライアーはそんな事を微塵も感じていないようだ。
依頼に断りを入れたのだからやる気が無い事はすでに表明している。それでもブド・ライアー冒険者ギルドにやって来た、業務の時間は終わっている。しかし、ブド・ライアーは冒険者ギルド側が対応するのは当然だとばかりに入ってくる。その態度には一切の遠慮は無い。
「指名依頼の件だけどさー、なんで受けねーって言ってんの?」
見た感じ四十代後半くらいのその男は、着ている物の上品さとは真逆の品の無い言葉を使っている。なんか日本でもこういう経営者がいたな、テレビに出てくる事も割とある。
そう言えば姿形や言動も似ているな、儲かれば良い…そんな感じ。そして話し方に品は無く口汚い。そして、人に対しての敬意が無い。自分だけが正しい、自分だけが利口だと他人を見下す態度を取るのは向こうもこっちも同じか…。
そういや逮捕、有罪が確定して刑務所にも入ったんだっけ?それが今でもテレビに出たり、デカい顔してるんだもんな。出る方も出る方だが、出す方も出す方である。
さて、なぜ依頼を受けないか…簡単だ。こちらに利を感じないからだ、そして何より一緒にやりたくない、それだけの事である。
「その木板に書いた通りですよ」
僕は丸木椅子に腰掛けながら声を上げた。ブド・ライアーがこちらに気付きやってくる。その顔は不機嫌さとニヤニヤとした薄ら笑いを混ぜたような表情、ロクでもない事のカクテルみたいな顔だ。
「お、まだなんかやってるのか?」
その時、上の階に続く階段がある奥の扉から冒険者ギルドの組合長グライトさんが姿を現した。だが、僕らの姿を見た後にブド・ライアーを見るとたちまち表情が曇る。
どうやら僕と同じ印象のようだ、招かれざる客を見て気分を害したのだろう。さて、この招かれざる客ブド・ライアー…、どうお帰り願うかな…。
広場で屋台を開く時、右に左にとサッカーのパス回しみたいに扱ってくれたんだ、そのくらいの意趣返しは良いだろう。
「ふーん…」
近づいて来たブド・ライアーは無遠慮にこちらを値踏みするように見ている。やっぱりコイツは気に入らない。
「僕は度量の広い、聖人君子とは程遠いものでしてね…」
少しはお返しをしてやりますか。
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「タシギスさん、ティーポットを拝借しても…?」
「ええ、良いですよ」
表面は錫貼りだろうか、彼のティーポットを借りる。
僕は座ったままアールグレイのティーパックをティーポットに入れて、ホムラとセラにお湯を注いでもらう。香りと色が出るのを待つ。
来た人に対し座ったまま立ち上がらないのは日本でも、ここ異世界でも非礼になるのは同じだ。ただ、それは客であった場合に対してだ。
仮に訪れたのがヒョイオ・ヒョイさんなら当然立ち上がるし、出迎える為にこちらから歩いて行くだろう。つまりブド・ライアーに対して歓迎をするつもりは無いし、敬意を払うつもりは無いですよという事を態度で示す。
「もう良いみたいだよ」
隣に座るロヒューメさんが声をかけてきた。僕が立ち上がらない以上、護衛である彼らも有事ではない為に立ち上がってブド・ライアーを出迎える事はない。
「うーん、やはり良い紅茶ですねェ…。色と言い、この焚き込んだ果実の香りと言い極上の逸品です」
「あ、皆さんにお分けしますよ。今日のお礼に」
「こんなに素晴らしいものを…、良いんですか?」
セフィラさんが反応する。
「ええ、お持ち下さい」
そう言いながら僕はティーポットの紅茶を取り出した新しい紙コップに注いだ。
「へへ、来客への歓迎の紅茶って事か…」
席も勧めていないブド・ライアーが近づいて来て紙コップに手を伸ばそうとする。僕はそれをひょいと手に取り、テーブルの反対側、空いている席の前に置いた。
「あ?」
理解出来ないと言った表情でブド・ライアーは短く声を上げた。
「グライトさん、お仕事お疲れ様です。エルフの皆さんにも好評の良い茶葉が手に入りましてね…」
唖然とするブド・ライアーを尻目に僕は空いている席にグライトさんを招いた。もちろん、立ち上がり歓迎の意思を示した上で。