第185話 実演販売!マオンの白いパン
女王の刻(午後三時)…。
事前告知した通りのパン販売開始時間だ。並んでいる人も多い。
「あの『かれー』を売っていた二人だよ」
「なら、小麦のパンを売るってのも納得だね」
並んでいる中にそんな声もあれば、
「本当に小麦のパンなんて売ってるのかよ?」
「お貴族様でもないのに買えるのかい…?」
冷やかし半分、列には並ばず見物している人からはそんな声がする。
ここで肝心なのは否定的な声というのは大きく響くものだという事だ。品物は良くても悪い噂で悪いもののようにとらえられてしまう事もある。そこを払拭しよう。
「お集まりの皆さん、ようこそ!それでは販売を開始いたします」
僕は声を張り上げた。そこにマオンさんが続く。
「ところでお兄ちゃん。今日は何を売るんだい?」
「これです、し〜ろ〜い〜ぱぁ〜んぅ〜!」
僕はパンを高く掲げ、日本の国民的アニメに登場する青い巨星…ではなかった、猫型のロボットのセリフ回しのごとく商品名を告げる。ちなみに僕は先代の声優さんに親しみを感じている。
「白いパン?」
マオンさんが小首を傾げながら商品名を口にする。
「これは小麦の粉と少しの塩、それを練り上げて作ったパン種をこの窯で焼いた焼きたてのパンだよ。皆さん分かるかな、焼きたてのこの香りが立ち込めているでしょう?」
風などによって焼きたてのパンの香りが拡散して消えてしまわないようにカグヤの能力によってこのあたりだけにパンの香りを充満させている。
あたりにはパン屋さんの前を通った時のような小麦が焼ける良いニオイが立ち込めていた。
「ニオイはタダだからね、まずはこれだけでも嗅いでいってちょうだい!これだけでも普通のパンとは違うのが分かるでしょう?酸苦とは違うのだよ、酸苦とは」
酸苦とは出来の悪い黒パンという意味の隠語である。黒麦の酸っぱさとタチの悪い混ぜ物の苦さ、それらが合わさった他に食べるものが無いから仕方なく食べるような代物であった。それとは違う事をまず強調した。
そして説明をマオンさんと交代する。
「さあ、これが今日販売するパンだよ。まずは見ておくれ、良い色だろう?小麦の色だ。こんがりキツネ色、これ以上ない仕上がりだ!」
おおおっ、まずは観客が食いつく。たっぷりと焼き色鮮やかなパンを見せた後、今度はパンをひっくり返す。
「そしてこの裏側、ここは焼き板に接していた場所だから直接は焼かれていない。だから、白さが分かるだろう?正真正銘、小麦のパンだよ。ああ〜、でも…お疑いの方もいるかも知れないねぇ。パンの外側だけ小麦の粉を使って中身は紛いものなんじゃないか…ってね」
そう言ってマオンさんは観衆を端から端まで見渡す。そして、僕に視線を送る。
「だからね…、僕はこのパンが紛いものかどうか見せちゃう」
マオンさんの後を受けて僕が口を開く。手には波打った薄刃のパンナイフ。すーっ、すーっと刺身を切るかのようにパンを切る。五切れ程に切り分け、その一つを手に取り高く掲げて見せる。
「ほらっ、目を凝らして見て下さい。中までしっかりと真っ白でしょう?ここも、ここも、頭からケツ…おおっと失礼、御婦人方が多くいらっしゃいますからね、頭からお尻までしっかり真っ白、混ぜ物無しの本物やでえ!」
おばちゃんたちは僕がケツと言ったあたりでゲラゲラと笑っている。どうやら下ネタにも寛容らしい。
「そして、ただ見せるだけじゃあまりにも芸が無い。だから試食してもらっちゃう」
わあああ、歓声が上がる。
「それでね、誰に食べてもらうかと言うと…ここにパンが五切れあります。となると、五人の方に試食してもらう事になります。それが誰かと言いますと…、先頭から五人の方!」
えー!!と声が上がる。
「早くから並んでいただいた方はそれだけウチに期待して待っていてくれたのでそのお気持ちに応えたい、そう思いました。それとね、今日はこれを付けちゃう」
そう言って僕は朝に試食したブルーベリージャムのビンを出す、五切れのパンに塗るくらいはまだ残っていた。ちなみにマーマレードのビンは既に空になっている。エルフパーティのロヒューメさんがすっかり気に入ってしまったようで試食レベルを超えたお代わりをした結果である。
「これはねブルーベリーという水果で作ったジャムです」
ジャムという言葉を聞き、色めき出す観衆。
「もうこれだけしかないんですが全部使っちゃう。このパンはそれだけで美味しいけどそれだけじゃないッ!他の料理と合わせても、ジャムを付けて食べても引けを取らない凄いパン!さあ、先頭から五人の皆さん前へどうぞ。護衛の皆様、他の方が押し寄せるかも知れませんので抑えをお願いします」
五切れのパンにジャムを塗っていると、横目でこちらをみたセフィラさんが『ああ…』と小さく声を漏らしていた。もしかするとロヒューメさんのごとくブルーベリーのジャムをもっと食べたかったのかも知れない。
そうこう言っている間にオタエさんをはじめとして五人の試食が始まった。誰もが言葉を発さない、もくもくと食べている。
だが、不味いという訳ではない。その表情は喜びを感じるし何よりも食べ続けている。
「す、スゲえ…。あの一口でいくらするんだよ…」
「小麦のパンに、ジャム…」
「銀貨(日本円で一万円)とまでは言わねえが、銀片(日本円で千円)が五枚か…、六枚か…そのくらいはするンじゃねえか…」
列に並んでいなかった観衆からそんな声が聞こえてくる。
その頃には五人の試食も終わっていたので感想を聞いてみる事にした。
「どうでした、お味の方は?」
まずは先頭のオタエさんに聞いてみる。
「凄いよ!黒パンと違って香ばしいし、なんたって柔らかい!」
「パン自体にもうっすら味が付いているんだね、このパンだけでご馳走さ!」
「このジャムも凄いんだけど、確かにパンが負けてないよ!このパンあって、このジャムあり!」
「こんなの食べた事が無いよ!」
「私もこんなパンが焼けたらねえ…」
オタエさんに聞いていたのだが、他の四人のおばちゃんも口々に感想を言ってくる。
「という感想です。そんなパンが一つ白銅貨五枚、白銅貨で五枚です!どーですかァ、お客さ〜ん!?食べたくはありませんかァ!?」
リング上でマイクパフォーマンスをするプロレスラーのごとく観衆にアピールする。
「うおおおっ!」
「か、買うわぁっ!」
「小麦のパン、食べてみたい!」
「くっ、僕とした事が!護衛さえ…、護衛さえ無ければ…」
次々に列に並ぶ人が増える。冷やかし半分の観衆も列に加わっているようだ。護衛の為、列に並べないエルフパーティのタシギスさんが痛恨といった表情で唇を噛みしめている。いや、仕事ですから…。
「さあ、販売開始でーす!」
僕は列に並ぶ人たちに声をかけた。