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第184話 『塩商人』ブド・ライアーはその頃…

 時間は少し(さかのぼ)り、ゲンタがパン焼き窯と材料を冒険者ギルドに持ってきた頃…。


 いつものようにブド・ライアーは商会にある自室で昨日の報告を受けている。そのどれもこれもが気に入らない。


「つーかさ、ウチで働いてる奴らも傘下に付いてる奴らもやる気ってのがねーのかよ?塩屋のウチが塩は売れねえ、猫獣人族(キャトレ)がいるのに干魚(ほしざかな)は売れねえ。挙げ句の果てに商売のド素人(しろうと)の屋台が売り切れになんのによ、ウチの屋台は売れやしねーで残飯行きだ。香辛料(スパイス)まで使ったのによー」


 それを聞いて昨日の各種報告をしている手代たちが萎縮する。何を言っても主人は気を損ねるだろう。だから目立たないように(こうべ)を垂れ嵐が過ぎ去るのを待つ。


「でも、まァ良いか。なんたって商売のド素人の冒険者ギルドだろ?金貨二枚(きんに)でホイホイ依頼を受けたんだろ?馬鹿だよなー、人数とか書いてねーんだからどれだけ作らされるか予想もしねーで受けたに(ちげ)ーねえ。んで、お前ら貴族さんとか商会主には宣伝して来たんだろ?」


 周りを見回しながらブド・ライアーは得意気に手代(てだい)たちに問う。


「は、はい。旦那様のお言い付け通りお声掛けはしてまいりましたが…」


「おっ、なら何も心配いらねーじゃん。んで、値段を…そうだな、奴らの倍の白銅貨三十枚(シロさんじゅう)(日本円にして三千円)にすりゃ大儲けだろ。んで、冒険者ギルドの奴らが途中で品切れしたら責任取らせりゃ良いんだよな。報酬無しにしてよー」


 完璧な計画だとブド・ライアーは自画自賛する。


「そ、それが…、ご主人様」


「あ?どーしたんだ?」


「ぼ、冒険者ギルド側はこの依頼を断って参りまして…」


「なんだとッ!?」


 ブド・ライアーは思わず椅子から立ち上がって叫んでいた。



「クソがッ!この俺の…、ブド・ライアー商会からの依頼を受けねーってのかよ。そいつはよー」


 ああ、そうか。そういう事か。ブド・ライアーは一つの結論に辿り着く。


「なんだよ、アレか?報酬が少ねーって事か?なんだよ、卑しい冒険者風情がよう。ああ、だから金が欲しーって事か!」


 心底馬鹿にした口ぶりでブド・ライアーはまくし立てる。


「じゃあさー、金貨五枚(きんご)(日本円で五十万円)だ、これで依頼して来てよ。条件同じで良いからさー。それなら喜んで受けるだろ。んで、明日からな」


 そう言って手代(てだい)を冒険者ギルドに走らせる。


「まあ、良いや。払う以上に稼がせりゃ良いんだし…。つーか、何かボロ出すだろーからそれを理由に報酬出さなきゃ良いんだし…。なら金貨十枚(きんじゅう)って言っておきゃ良かったかな。どうせ払わねえ方向に持っていくんだし…」


 ニヤニヤ笑いながらブド・ライアーは己の成功を確信していた。



「ゲンタ、下に降りるの?」


 僕から身を離したミミさんが聞いてくる。


「うん」


 僕は応じながらお昼寝している四人の精霊をポケットに入れ部屋を出ようとする。ミミさんが僕の横に並び、手をとった。


「………」


 ミミさんはそのまま何も言わない。


「あの…」


 僕は少し言葉を選びながら話し始めた。


「ミミさんは大変可愛らしい方です。でも、いきなりというのが僕は苦手で…。だから、もしミミさんさえ良ければゆっくり仲良くなっていければ…と思うんです」


 ミミさんがつないできた手を軽く握り返す。


「ん……」


 小さく返事が返ってきた。そして僕たちは小部屋を出て階段を降りた。

 一階のホールに入った時、僕は一人だった。つないでいた手がいつの間にか離れていた。ホールにいたヒョイさんや兎獣人族(パニガーレ)の皆さんに軽く挨拶してシルフィさんの元に向かう。


「これなんですが…」


 見れば言われていた通り依頼主はブド・ライアー商会。依頼の文言はそっくりそのまま同じ。期日が迫りカレーを作るのは明日、そして報酬は金貨五枚とある。


金貨五枚(きんご)ですか…」


 この金額は切り詰めれば半年くらい生活できる程のものだ。


「返事は夕方までとなります」


「分かりました、少し考えてみます」


 そう言って僕はカウンターを離れた。振り向くといつの間にかヒョイさんたちの集団にミミさんは戻っていた。


 テーブルに着きヒョイさんと少し話す。なんでもとても柔らかく素晴らしいパンなので是非買い求めたいとのこと。これはありがたい、早速必要な数を聞きまとめ売りを決める。


 冒険者ギルドの前でパン焼き窯の準備をする。ホムラに起きてもらい窯の中に火を灯す。マオンさんが仕込んだパン(だね)を持ち出しながら窯の中の温度が上がるのを待つ。


 十分に窯の温度が上がったところで、灯していた火を消してパン種を載せた薄い鉄板を投入する。同時にたくさん焼く為にアパートやマンションの階層のようにそれを三段。

 高温になった窯内でパンを焼き上げていく。しばらくするとパンを焼ける匂いが立ち始める、あの小麦独特の香ばしい香りだ。


「そのぐらいだね」


 焼き窯の中の出来栄えを見ていたマオンさんが声をかけてきた。分厚い鍋掴みを手にはめて鉄板を抜く。代わりに新しい鉄板を投入。

 僕は二段目、三段目も抜き出し、次のパン種を入れていく。その間にマオンさんは焼き立てのパンを木製の箱に入れていく。この箱は(きり)で出来たように軽く、湿気にも強いとか。ゆえにパンを入れておくには丁度良いらしい。焼き上がったパンは上面はキツネ色、鉄板に接していたところは白みが残ったコッペパンのような形状だ。


 箱に入れたパンをギルド内で待つヒョイさんたちの所に持って行こうとしたらヒョイさんをはじめとして兎獣人族(パニガーレ)の皆さんがパンを焼く僕たちの様子を見ていた。言わば観衆(ギャラリー)である。


「驚きましたな…。朝、届けていただいたパンを見ておりましたが、実際に作っているところを見ますと…」

「凄く良いニオイ…」

「食べたい…」


 兎獣人族(パニガーレ)のみんな、目が釘付けだ。


「ほっほっほ。食べてしまったら夕食のパンがなくなってしまいますよ」


 今すぐにでも食べ始めてしまいそうな彼女たちにヒョイさんがやんわりと言う。早速ヒョイさんにパンを販売し、馬車の中に運び込んだ。


「それでは…ゲンタさん。あまり我々が長居してもお邪魔になってしまいますからな…。御婦人も、素晴らしいパンをありがとうございました」


「いえ、こちらこそ。ありがとうございました」

「言ってもらえれば焼いたのを届けるからね」


「ありがとうございます、では…」


 そう言ってヒョイさんたちは馬車に乗り込んでいく。


「ゲンタ…」


「ミミさん」


 そこには最後まで残ったミミさんがいた。


 音も無くスッと近付いてきた彼女が僕に抱きつく。しかし、今までのような両手両足を使ってのものではない。あくまでも普通に、ハグの延長線上のような感じだ。


「また…、来る」


 そう言って彼女も馬車に乗り込む。


 ツンツン、僕の脇腹をマオンさんがつついている。


「まったく、スミにおけないねえ…」


「マ、マオンさんっ」


「ほらほら、パンが焼けてるよ。出しておくれ、お客さんが来はじめたようだよ」


 そう言われて僕は慌てて窯から焼き上がったパンを取り出していく。それを手早くマオンさんがパンを深いトレーに移す。

 空になった窯にホムラが入った、おそらく少し窯内の温度が下がったのだろう。再加熱してくれているようだ。


 しばらくしてホムラが出てきたので、次のパン種を載せた鉄板を焼き窯に入れていく。その頃にはマオンさんが先程取り出した鉄板に新しいパン種を載せてくれていた。販売開始までに焼き上げておかないと忙しい事になってしまう。販売開始までまだ小一時間あるが、お客さんが並び始めた。

 先頭は言わずと知れたオタエさん。続くは名前は知らないけどオタエさんと一緒にいるのをよく見かける御婦人方。もしかすると同じ猫獣人族(キャトレ)の方かも知れないな。


「あんな凄いパンを売り出すなんて聞いたモンだから驚きだよ、でも白いパンを白銅貨五枚(シロゴ)なんて言うからさ半信半疑の奴もいるんだよ」


 先頭に並んだオタエさんが言うと、後ろのおばちゃんたちもそうそうとばかりに頷いた。うーん、それなら…。


「マオンさん、また辻売の口上でもやりますかねえ?」


「そうだね、(わし)もそう思っていたところだよ」




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― 新着の感想 ―
[一言] 良いですね。クズ商人の一人が此れからどう堕ちて行くのが楽しみです。まぁ商人なんて呼ばれるのもおこがましいですが。取り敢えずあのクズが破滅するのを楽しみにしています。後もう一人もですが。
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