第182話 白いパンと三色のジャム
翌朝、いつものように搬入口代わりのギルドの裏口から中に入る。
そこでいつものようにシルフィさんたち受付嬢の皆さんをはじめとして裏方さんもパンを買っていく。今日一日僕らの護衛をしてくれるセフィラさんたち一行ともここで顔合わせをした。
細かい話は早朝の販売を終えた後の朝食タイムにでも…、という事になり早速パンの販売に入った。早速、セフィラさんたちが僕らの周囲を固める。
小一時間程で滞りなく販売が完了し、僕はギルドの外の掲示板へ。『今日の午後、女王の刻(午後三時くらい)から白いパン…小麦の粉だけを使ったパンを販売、価格は白銅貨五枚』、いつものようにレポート用紙に書いた紙を貼り付け掲示する。
「パンを売るとは聞いていましたが、小麦の粉だけを使ったパンとは…」
それを白銅貨五枚で売るなんて信じられないといったエルフの皆さんの表情。確かにそうだ、黒麦だけを使った黒パンでさえそれなりにお高めと言われている。
そのパンに二割も小麦の粉が使われていればご馳走のパンというのがこの異世界でのパンの評価だ。
「ははは、まあそのあたりは朝食を摂りながらでもお話しましょう。でもその前に…」
ギルドの中に戻り、パンの販売をしていたブースを片付ける。そしていつも通りテーブルをくっつけ、朝食の用意をする。そして、同時に依頼の為の木の板に書き込みをしていく。
「ゲンタさん、これ…」
黒マジックで書き込んでいると塩をギルド内で売る売り子をしているダン君とギュリちゃんが声をかけてきた。塩の販売などが終わったのでこれからいつものように採取にでも出かけるところなのだろう。
その二人が僕の手元の依頼票…木の板を見ている。
「ん、二人が行ってくれる?」
「はいっ!」
「やらせて下さい」
「うん、じゃあ…」
そう言って近くにいたフェミさんに依頼の手続きのお願いする。
二つのバスケットに朝方焼いたばかりの白いパンと毎度の事だがレポート用紙に書いた短い文章を添えている。
「これを一つは鳶職のゴロナーゴの親方のお宅に、もう一つは町の北東部にある社交場を営んでおられるヒョイオ・ヒョイさんに届けて欲しいんだ。お二人とも忙しいだろうから必ずしもお会いできなくても、家の人や使用人の方にお渡ししてね。冒険者ギルドのゲンタが新しい品物を売るみたいと言ってくれれば大丈夫だと思う」
「分かりました!」
「行ってきます」
「うん、渡した後はそのまま採取に出たら良いよ。夕方、報酬を受け取るのを忘れないでね」
□
二人を送り出し、朝食タイム。受付嬢の三人に僕とマオンさん。そして護衛についてくれる五人。
とりあえず緑茶の用意はあるが欲しい人は紅茶もある事を告げる。
「で、早速なんですが…報酬なのですが」
「わー、ゲンタさんの『乙女のジャム』!」
この姉弟パーティの三女格、ロヒューメさんが嬉しそうな声を上げた。
僕は190グラム入りの瓶詰めジャムを出していく。その数、五個。
「えっ?五個?」
意外そうな声が上がった。あれ?もしかすると一人一個じゃなくてパーティで一個で良かった?…まあ、良いや。百三十円くらいだし。むしろ申し訳ない。
そして…、『ゴトッ』。さらに瓶詰めをリュックから取り出した。
ガタッ!丸太椅子から立ち上がるエルフの皆さん。
「こっ、これは!?」
「い、色が違う…」
「ジャ、ジャムなのか、これも!?」
取り出したのはマーマレードとブルーベリーのジャム。いちごジャムとは違う色合いにみんなが驚いている。
もしかすると需要があるかなと買ってみたのだが目は引けたようだ。
「とりあえず食べてみますか、もしかするとお口に合わないかも知れないし…」
新しいジャムのビンに興味津々なのか精霊たちが早くもツンツンしている、どうやら彼女たちも食べたいらしい。
じゃあ早速、という事になりマオンさんが焼いたパンを手ごろな大きさに千切りマーマレードをつけた。
「凄い…。パンもふわふわだし…、お日様みたいな色…」
「甘さの中に酸味と独特の苦味もあるわ!凄い、果実の全てを味わっているみたい」
「これは皮?身と一緒に皮を煮詰めているの?」
甘いものや果物を好むエルフ族らしく嬉々として味を分析している。マオンさんや受付嬢の三人、精霊たちも喜んで食べている。カグヤはシャツの胸ポケットに陣取り僕が食べさせている。
また、ブルーベリーのジャムに関しても同様でこれまた美味しいという高評価。そういえばブルーベリーって挿し芽すれば簡単に増えていくよなあ…。
もしかするとブルーベリーの農園を作れたら甘いものが貴重なこの異世界では収入源になるかも知れない。昨日行った孤児院で栽培できないかな…。まあ…、いずれにせよすぐにどうこうなるものではないし、じっくりやっていこう。
□
とりあえずエルフパーティの皆さんはいちごジャムを三つ、マーマレードとブルーベリーのジャムを一つずつを報酬として選んだ。
「それにしてもこのジャムは凄い…。おそらくこのジャムがあればこの町のエルフは色々と協力してくれるんじゃないのかな」
「この町のエルフ?他にもエルフの方がそんなに住んでいるんですか?」
冒険者ギルドにも彼らの他にも何人かエルフ族の人はいるし、町中でエルフの人を見かけた事はある。しかし、そこまで人数がいるようには思えない。
「そう思うのも無理はないですねェ。ゲンタさんが普段目にするエルフは我々冒険者か、必要があって町に出たエルフくらいでしょう。しかし、冒険者以外にも魔法を生活に役立てて日々の糧を得ている者もいるのですよ」
タシギスさんが説明してくれた。例えば『エルフの服』を作ったり、あるいは加工に魔法を伴うような細工物とかを作って対価を得るらしい。
「町住みのエルフは果物や甘いものに飢えていますからねえ…」
タシギスさんがそんな事を言っている。なるほど、森なら果物とか採れるんだろうけど町中ではあまり無いんだろうな。
「ところで今日はこれからどうするの?」
隣に座ったロヒューメさんが聞いてくる。
「うーん、午後はパンの販売がありますからその仕込みとパン焼き窯を持って来る事ですかね?」
「それならパンの仕込みはギルド内でしてみてはどうです?材料と窯を持って来ればいつでも始められますし」
シルフィさんがそう提案してくれた。
「えっ、でも大丈夫なんですか?ギルド内で作業しても…」
「大丈夫さ、ダンナ。昼間なんてそうそう冒険者は帰ってこねえしさ。それに準備が終わったら休んでりゃ良いさ。仮眠くらい取れるトコもあるしよ。まあ、ギルドに襲撃しに来る奴なんていないだろうし安心して休めるぜ」
マニィさんもそう言ってくれたので、マオンさんにはキルリさんとタシギスさんと共にギルドに残ってもらった。そして僕とセフィラさんたち三人とマオンさん宅に。
移動式のパン焼き窯を搭載した大ぶりな荷車、荷台もあるので強力粉や塩などもどんどん載せていく。それを持って再度ギルドに向かう。
途中で何人かの御婦人方に『聞いたよ、凄いパン売るんだって?』『絶対行くからね』と声をかけられる。凄いな、オタエさん。すでに口コミによる宣伝がなされている。まだ十時くらいなのに。
ギルドに戻るとマオンさんによるパンの仕込みが始まった。ちなみに僕はほとんどする事が無い。同じ材料、同じ作り方をしても出来が全然違うのだ。なんて言うか…あんなフワフワの食感にならない。
例えて言えば、マオンさんのパンが天使の羽のように軽やかなものとすれば、僕が作ったパンは泥の塊のようなもの。さすがに腕に自信ありと言っていたマオンさんだ。
と言う訳で僕は強力粉と水、それと塩の分量を計って準備しておくくらいしかやる事がない。そして次々に完成していくパン種、今は発酵の時間でもある。
昼を過ぎ、販売まであと一刻(約二時間)余りになった頃、準備が終わった。少し仮眠を取らせてもらう為、ギルド内の小部屋を借りた。
さすがに護衛の皆さんと一緒に寝るという訳にはいかないので紅茶でも飲んで休憩していてもらおうとティーパックを渡した。
さて、寝ようかな…、横になると四人の精霊たちも仲良く川の字…より一本多いな…そんな感じでお昼寝を始めた。その表情はあどけない。
僕も…と思い目を閉じかけたその時、『かちゃ…』とドアが開いた音がした。光精霊サクヤが枕元にいてくれるので真っ暗な部屋ではない、わずかに光源がある。
その開いたドアからは誰かが忍び込んでくる様子が見えた。
次回、
『ゲンタ、襲われる』、入り込んで来たのは誰だ…?