第180話 護衛は最強の二人?孤児院でのカレー作り
地球的な感覚で言えば午後三時を過ぎたあたり…。
受けた依頼を果たすべく僕はマオンさんと道案内をしてくれるミアリスさん、そして護衛としてなんとナジナさんとウォズマさんが同行してくれた。
おそらくはここミーンの町で一番有名な冒険者だろう。もちろん二人とも二つ名付きの凄腕の戦士だ。実力も兼ね備えている。
さて、そんな二人がどうしてわざわざ同行してくれるのか…、それは今朝ラーメンの販売を終わった時に遡る。
「うーん、ごめんよダンナ。さすがに昨日の今日じゃ腕の立つ護衛がつけられねえ…」
すまなそうにマニィさんが言う。
「提案した以上、私が出られれば良かったのですが…」
い、いや、さすがに受付を離れさせられないし…。
「せっかくゲンタさんが『かれー』を作りに行ってくれるのに…」
フェミさんも残念がっている。
「待てっ!!」
「ッ!?あ、あなたは!?」
「その護衛、俺たちが引き受けたぜっ!」
そこには両腕を胸の前で組み妙にキメ顔で立っているナジナさんと何もしなくても美男子なウォズマさんの二人が立っていたのでだった。
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「それにしても…、ネクスの町まで向かう予定だったのでは…、大丈夫ですか?」
孤児院に向かう道すがら、僕はナジナさんとウォズマさんの二人に話しかけた。彼ら二人は護衛をお願いするにあたっての有力候補だったが、今日に関しては昼前くらいに馬で出立し町に向かう予定と聞いていたので、さすがに今日は声をかけるのをギルドとしても遠慮したらしい。
「へへっ、兄ちゃんやマオンの婆さんを危険に晒す訳にはいかねえからな!それに早駆けで行けばそこまで大差なく向こうには着くだろう」
やはり『大剣』の二つ名は伊達ではない。そこにいるだけで頼もしい。
「で、兄ちゃん!物は相談だが俺の分の『かれー』は是非とも大盛りに…」
な、なんだろう…。まさかとは思うけどカレーに釣られて引き受けてないよね、ナジナさん?
「不安な気持ちになるのも分からなくはないが、オレも相棒も本職だ。護衛はキッチリとさせてもらう」
「ウォ、ウォズマさん…」
やだ…、イケメンかっこいい!
「な、なんか俺の時と兄ちゃんの反応が違うな…」
「そんな事ないよ、『大剣』の旦那。儂もゲンタも頼りにしておるよ。それにね、旦那。『かれー』だけじゃないよ、白いパンも大きいのを焼いてあげようね」
「本当か、婆さん!あの婆さんの焼くパンも美味いからな!出来る事なら道中にもいくつかもらっていきたいぜ!」
「儂は構わないよ、ゲンタは?」
「ええ、もちろん!」
「よーし、さらにやる気が出て来たぜ!」
「あっ、もうすぐ着きますよ」
冒険者ギルドとマオンさんの家の中間くらい…、そこからやや北側に行ったあたりに孤児院を兼ねた教会があった。
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孤児院にたどり着くと中年をやや少し過ぎたくらいの女性が出迎えてくれた。
「この度はわざわざ…」
「いえ、こちらこそミアリスさんにはお世話になり…」
そんな挨拶を交わした後に早速カレーを作り始める。食器等は借りる事が出来るので単純に作る事に集中する。マオンさんはパン作り、移動式の窯で白いパンを焼く。
「もうすぐ出来ますよ。子供たちを呼んであげて下さい」
カレーの入った大きな鍋を運ぶ。並んだ子供たちは下は四歳か五歳くらいか、一番歳上なのはミアリスさんのようだ。
「辛いものが苦手な子は言ってね。辛くないものもあるから」
すると、耳の長い子が手を上げた。この耳と髪色には見覚えがある、多分だが兎獣人族の子だと思う。ミミさんたちもカレーよりクリームシチューを好んでいた。
そしてシスターさんたち大人の人やナジナさんたちが子供たちの後ろに並ぶ。小さな子もいるから給食の配膳をしているような気分になる。御飯時だ、みんながニコニコしている。中でも一番ニコニコというか満面の笑みを浮かべているのがナジナさんだ。
その微笑みは子供たちのものと比べても遜色なく、キラキラしたものだった。ナジナさん、とても眩しい。
「さあさあ、儂の自慢のパンだよ。これもお食べ」
マオンさんが焼きたてのパンを持ってきた。こちらも歓声が上がる。
「スゲー!パンってこんな柔らかいものなんだな!」
「良いニオイ!」
「さあ、温かいうちに」
僕がそう言うとシスターさんが何やら食事前のお祈りをしましょうと全員に呼びかける。全員がそれに倣うが、何人かの男の子はまちきれないのかウズウズしているのがよく分かる。
それが終わると夕食が始まった。やはりここでもカレーは絶対的な支持を得た。みんなが美味しい、美味しいと声を上げる。
「おっ、兄ちゃん!少し味付けを変えたな、やや甘みを足したのか?」
ナジナさんが感想を言う。
「ええ、今回は子供たちが多いですからね。果物…、えーと林檎をすり下ろしたものが入っていますね。他にもいくつか…」
「おお!あの甘酸っぱい果物か!納得だぜ!」
今回は子供たちが多いので甘口カレーにしたのだが、ナジナさんもウォズマさんもその味に満足しているようだ。
「そう言えばシスターさん。ミアリスさんは薬草を集めたりしているようですが他の子供たちも?」
「いえ、十歳を超えたくらいから下働きのような事を始めますね。ですがそれは稼ぐ為というよりは見習いのようなもので…」
どうやらシスターさんによれば子供たちは働きに出ても稼げる訳ではないらしい。見習いとして成人する頃に稼げるようになる為に経験を積む為のものらしい。男の子なら肉体労働、女の子なら煮炊きなどの下働きに行くらしい。
余程手先が器用ならお針子さんになる道もあるにはあるが、針はとても貴重品。また、丁寧な細工や縫い方を要するような上等な布はなかなか手に入る物じゃないし、お針子さんは年齢を重ねても出来る仕事だ。なかなか空きが出る仕事ではない。
そして十歳より下の子はさらに歳下の子の面倒を見るような毎日らしい。なるほどなあ…、シスターさんだって教会でのお勤めがあるだろうし小さな子の面倒をずっと見る訳にはいかないんだろうなあ…。
むしろ冒険者ギルドに登録し、薬草採取をこなしているミアリスさんが凄いんだろうなあ…。薬を作る人からの信用も厚いみたいだし、きっと稼げているのだろう。
色々と談笑しながら食事を終え、挨拶をして冒険者ギルドに戻る事にした。カレーはみんなで食べきり、たくさん作って残ったパンはいくつかはナジナさんとウォズマさんの道中の食料として、残りは全て孤児院に。
「このパンは焼きたてはもちろんだけど、一晩寝かせても美味いんだよ。味が回るって言うのかねえ、全体的に味が馴染むんだよ。軽く炙って食べてごらん。なかなかオツなモンだよ」
帰り際にマオンさんがシスターさんに食べ方をレクチャーしていたっけ。
四人で冒険者ギルドに戻った。
早速、ナジナさんとウォズマさんは手配された馬に乗りネクスの町に向かうようだ。
「いやー、兄ちゃん!すっかりゴチになったぜ!」
「御婦人も素晴らしいパンをありがとうございます。これで旅路に楽しみが出来ました」
「お二人とも忙しいところ護衛ありがとうございました!」
「気をつけて行くんだよ!」
僕とマオンさんは旅立つ二人を見えなくなるまで見送り、ギルドの中に戻った。
そして、カレーについての依頼への対処をしよう。
依頼は大別すると主に二つ。
『レシピを教えてくれ』、『ウチで料理人として働かないか?orウチの店の前で屋台を開かないか?』といった依頼に回答をする。
回答はたった一つ、単純な回答だ。
「だが、断る!」
これしかない。
回答はもう決まってるんだけど、ただ単にこう返答しちゃうと要らぬ恨みを買う可能性がある。だから、僕はその回答文を考えておいた。
それはこの異世界に来た初日の事、そしてこれらの依頼者が商家や商会である事を利用する事にした。文面は以下の通り。
『商売をするべく商業組合に加入、または商売の許可をもらおうと受付に申し込みをしたが、組合長の息子ハンガスに散々罵倒された事。また、同人から指示を受けたブド・ライアー氏の息子とされるギリアムにより暴行を受け負傷させられた事。さらに商業組合から叩き出され、その際に商売している所を見かけたら次は命の保証はしないと脅された為、残念ながら依頼を受ける訳にはいかない。全てはその両名がそんな事をしなければ検討の余地はあったのですが…』
そんな内容を今回はA3のプリンター用紙に異世界の文字で手書きしてスキャナーで読み取り、パンやラーメンを買い出しに行っている間にプリントアウトしたのだった。
昨日の夜、依頼はこんな風に断るつもりだよとカグヤに伝えたら、彼女は『くすっ…』と笑った。
「悪い人…」
「うん…。嫌い?」
彼女は何も言わずに抱きついてきた。
「ありがと…。カグヤ」
そんな昨夜のやりとりを思い出して何の気無しにカグヤの方を見たら彼女もこちらを見ていた。なんか意思が通じ合えた気がする。
「はははっ!こりゃ良いぜ、ダンナ!ヤツらにまずは軽く仕返しだな」
マニィさんが笑顔で言う。
「それじゃあコレはどうしますぅ?」
フェミさんがブド・ライアー商会からの依頼が書かれた木の板を見せてくる。
「あっ、それはもうすぐ回答期限ですね。じゃあ、断るで」
「分かりましたぁ!」
シャーッ!フェミさんは脂分が多く含まれる木の枝が材料の木炭で板に斜線を引き、依頼の掲示板に掛けた。これは依頼が断られた事を意味する。
「これで後はブド・ライアー商会の奴が来て依頼状況を確認してくだけだな…、おっ、来た来た。ダンナ、身を隠しときな…」
マニィさんがニヤニヤしながら言った。
するとカグヤが僕とマオンさんの周りを一周するように飛んだ。
シルフィさんが小声で語りかけてくる。
「ゲンタさん、マオンさん、聞こえますか?カグヤが闇精霊の魔法『姿隠し』をお二人に使いました。これでお二人は他人からは見えません。聞こえていたらカウンターを軽く二回叩いて下さい」
僕は了解の意思を伝える為、コツコツと軽くカウンターを叩いた。
シルフィさんは軽く頷くと、何事も無かったかのようにカウンターにやってくるブド・ライアー商会の人に顔を向けた。
「こ、これはどういう事だッ!」
「どういう事かとおっしゃいますと?」
「とぼけるんじゃない、この依頼の事だッ!どういう事だッ!?」
「斜線が引かれていますので、受けないという回答ではないでしょうか?」
「そういう事じゃない。ブド・ライアー商会からの依頼だぞ!なんで断るんだ!?」
なぜだか分からないが勝手にヒートアップしている。
「受けたくねーからじゃねーの?」
男の後ろから声がかかる。そこには屈強な冒険者たちが並んでいた。依頼の報告の為、順番待ちをしているのだ。
「じゃあ、本人に会わせろ!理由を聞くッ!」
「指名依頼ですね、手数料がかかりますが…」
間髪入れずシルフィさんが応じた。
「それはそうでしょう?呼び出すのですから。依頼内容は『どうして断ったのか、その回答を求める』と。お会いになるかは分かりませんが指名料として金貨二枚の前納をお願いいたします」
「なっ!?き、金貨二枚だと?そんなふざけた話があるかッ!」
「いえ、当方は全くふざけてはおりません。元々金貨二枚での指名依頼でした。それはこの指名する冒険者にそれだけの価値があるとブド・ライアー商会がご判断されたのでしょう?ならばここにいるあなたは商会の代表として来ている筈…。金貨二枚の価値があるという方をわざわざ呼び出すのですよ。ならそれと同じ価値を御足労願う対価として払うべきでしょう」
シルフィさんが理路整然と述べる。
「ちなみにこれは冒険者ギルドでの一般的な通り相場です。どうします?ご依頼されますか?」
「い、いや。しない」
「それでは…」
シルフィさんは金貨二枚をカウンターに置いた。
「こちらを持ってお帰り下さい。またのご利用をお待ちしております」
「くっ…。わ、私はどうすれば良いんだ…」
「ありのままにブド・ライアー氏にご報告されればよろしいかと…。では、次の方」
「ああー、ようやく報告が出来るぜ。ホレ、虫羽の納品だ」
「お疲れ様です。数と状態を確認しますので少々お待ち下さい」
凄い…、シルフィさん。やっぱり出来る人だあ…。あのブド・ライアー商会のひと、相当ヘコんで帰っていったなあ。まあ、態度も悪かったし良い気味かな。
「そう言えばゲンタさん、護衛の件なんですが…」
受付業務がひと段落したのかシルフィさんがこちらを見て話しかけてきた。どうやら『姿隠し』の効果は切れたようだ。
「あ…、やっぱりなかなか見つからないですか?」
シルフィさんは首を横に振る。
「いえ…、希望する人が多いんです…」