第17話 冒険者ギルド(後編) 。交渉の行方と、立ち塞がる強者(つわもの)
一騎討ち…。そんな言葉が胸をよぎる。
そう、これは一騎討ち。僕とシルフィさんの真言勝負ではないだろうか。シルフィさんから納得を勝ち取る、そうすればギルドで販売出来るかも知れない。だったらやるしかない、このジャムパンで!
しかし、エルフの受付嬢、シルフィさんを前にジャムパンを取り出そうとした時、僕の手が一瞬だけ躊躇する。
勝てるのか…?『ジャムパン』で…?
相手はエルフ…。きっと『エルフのジャム』とうたわれたエルフ秘伝のジャムを知っているであろう彼女、時に小瓶一つで金貨が積まれる事があると言うそのジャムを知る相手に僕の買ってきたジャムパンは勝てるのか…?
策を練れ…、負けない為の策を…。…そうだ!
「シルフィさん。もし受付のお二人もお時間取れるようならそちらの二人の受付嬢さん…、皆さん一緒に試食をしていただけないでしょうか?」
僕はシルフィさんにそう持ちかけたのだった。
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「すいません、お忙しい所…、パンの試食をお願いしまして」
受付嬢の二人は、何で呼ばれてるんだろうといった様子でこちらにやってきた。
フェミさんはシルフィさんが話を引き継いだ事から、ただのパンではなさそうと思ったのか僕の出方を見ているみたいだ。もう一人は赤い髪を短く切り揃えた勝気そうに見える女性、その様子はとりあえず来たけど…という印象。
三人にコップを持って来てもらうように頼むと、受付嬢は話したりすると喉が乾く事が多いのか受付カウンター内から水が入っているコップを持ってきた。マオンさんも常にコップを持ち歩いていた。と言うのも現代日本のように水道が整備され、町中なら比較的容易に水を得られるのとは違い、ここ異世界では水を得るのは中々に手間がかかる。井戸はそこかしこにある訳ではないので、町中で喉が乾いた時には水売(桶をかついで水を売る人、日本でも江戸時代くらいまでは町中を練り歩き販売していた)から購入し飲むのが一般的だと言う。
コップが空のマオンさんに、リュックからペットボトルを取り出し濃く淹れたタイプの緑茶飲料を注ぐ。是非これもお試しいただきたいのですがと、受付嬢の三人に提案するとコップの水を空けてくれたので彼女達にも注ぐ。
まずはジャムパンを出し、彼女らに三等分してもらう。ジャムの入ったパンですと伝えると少なからず後から来た
二人の受付嬢は驚いたようだった。しかし、エルフの受付嬢…、シルフィさんはやはり…とジャムパンである事を感付いていたようだった。
「わずかですが果実の甘い香りを感じましたので」
シルフィさんが理由を述べた。
僕が残り二人の受付嬢を呼んでもらった理由…、それは二人が『人間』だったからだ。ちなみにこの異世界では人族と言うらしい。マオンさんはこのジャムパンなら商人ギルドでなら銀貨一枚でも売れると評した。
それならば、この二人はジャムパンに好意的な反応を示してくれるかも知れない。そうすればこの世界のジャムに触れる機会が多いと予想されるエルフ族のシルフィさんの反応がそこそこでも、人族の二人が推してくれれば納品出来るかも知れないと考えたからだ。しかしまだ不安もある。ジャムパン、これだけじゃ弱いかも…そんな不安だ。
そこで僕はあんパンも用意する。これはいわゆるニ(に)の矢である。もしジャムパンが不評でもこの世界にまったく無さそうなあんこ…、いわゆる小倉あんなら口にした事は無いのではないかと考えたのだ。これなら緑茶との相性も良いし…、そんな風に考えての事だが…さあ、どうなるか。
僕はジャムパンを口に運び始めた受付嬢たちを僕は固唾を飲んで見守るのだった。
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ジャムパンをまず口に入れたのはフェミさん、続いてショートヘアの女性が続く。フェミさんは「ん〜っ!」と言う声を上げ
足をバタバタさせた。顔も綻んでおりかなりの好印象のようだ。
もう一人のショートの受付嬢は『おお…』と小さく声を漏らす。ジャムパンを驚くような…、そして楽しむようなそんな感じが見てとれる。これもまた悪くない印象だろう。
そして最後はエルフのシルフィさんだ。彼女は二人の受付嬢の
反応を見た後、ジャムパンをゆっくりと口に運ぶ…。さあ、どうだ…?ジャムを知る本家エルフの反応は…。
あっ、一口食べた…。どうなる?どうなるんだ!?
次の瞬間…、『カッ!!』と音が出そうなくらいに眼鏡の奥のシルフィさんのジト目が見開かれたのだった。
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「こ、これは…」
その言葉を発したのはシルフィさんだった。見開かれた瞳はそのままに。続けて二口、三口と確かめるようにジャムパンを食べ何かを考えているようだ。残る二人はジャムパンをすでに食べ終えている。二人とも笑顔なのできっと好印象なのだろう。
「このようなジャムを味わった事がありません」
シルフィさんの第一声。
「ま、不味かったのでしょうか?」
「いいえ、とても甘く美味しいジャムです」
彼女は見開いた瞳のまま告げる。ジト目の時も良いがこの表情も良い。パッチリ目の美人さんだ…。やっぱりエルフって凄いな。
「ですよねー!私思わず我を忘れて食べちゃった!」
「ああ、凄えよ。こんなの食べた事がない」
残る二人の受付嬢が口々に感想を述べる。
「でしょうね。私もエルフです、果実には詳しいと自負してはいますがこの果実がなんなのかが分かりません。この実がなんなのか。近いのは木苺でも黒木苺ですがこれは違う。苔桃も酸塊(スグリ)も違う。桑の実、…これも風味が明らかに違う。そもそも木になっていた果実ではないかも知れません。強いて言えば…蛇苺…」
「蛇苺だって!?姐さん冗談キツいぜ!あんなのそもそも食うモンじゃない。子供の頃、ふざけて口にしたがほとんど味しないか、あっても酸っぱいだけじゃないか」
「そ、そうですよ。山道で蔓が邪魔になるだけの草ですよ」
木苺とか桑…、僕は山育ちだから食べた事もある。蛇苺はないけど…。しかし、シルフィさんは気付いていた。このジャムパンに入っているジャムが樹木になる果物ではない事に。
「お見事です、シルフィさん。感服しました、こんなすぐに果物でない事を見抜かれるとは…」
「「「ええっ!?」」」
僕の発言に、二人の受付嬢とマオンさんの三人が驚く。
「まず最初に…。これは蛇苺ではありません。…が、似ている植物です。おっしゃる通りこれは木になる物ではなく実のなる草から採れる、いわば『野菜』の一種です」
「野菜…」
シルフィさんはある程度の予測をしていたようだが、それでも驚きを隠せないでいる。
日本でも、スイカは野菜と知っている人はそれなりに多いがイチゴやメロンを野菜ではなく、果物と思っている人は多い。
しかし、厳密にいえば果樹(木)になっているのが果物、一年草でも多年草でも草状の植物に可食部があるならそれらは野菜である。もっとも、その定義は所管する官庁や、○○協会などといった団体によってまちまちであったりもするが。
「ち、ちなみにこれは何という植物なのですかっ!?」
シルフィさんが興奮醒めやらぬ様子で訊いてくる。まっすぐに僕の目を見つめるその視線に僕はもう….、「ゲ、ゲンタ、行きま〜す』みたいな感じになるが最後の理性が僕を現実に戻す、残念な事に。
「え、えっと、『とちおとめ』です」
ジャムパンの入っていた包装ビニールに『栃木県産とちおとめ使用』と書いてあったのを思い出す。
「トチおとメ…?聞いた事がない…」
シルフィさんが『とちおとめ』の部分をカタコトの発音になりながら感想を述べる。もしかすると、日本語の固有名詞などはうまく変換されないのかも知れない、この辺は覚えておこう。
「栃木の乙女という意味かと。名付けの由来までは分かりませんが、栃木という地域の乙女…その名を冠した苺になります」
「トチぎの乙女…。しかし、いくら上手く作ったジャムであっても甘さや酸味は残せても生の果物の爽やかさまでは残せない。しかし、このジャムパンはそれがある」
感心したようにシルフィさんが呟く。
「『エルフのジャム』の真髄は木苺を初めとした数多くの果物を煮詰め、言わばその果実を育んだ一つの森のように束ねる事にあります。しかし、多種多様な果物を調和させる為に時間をかけて煮詰めます。その為にエルフのジャムから新鮮さや爽やかさといっらたものが失われていた事に気付かされました…。エルフのジャムは長期の保存がきく、それゆえに生の果実独特の新鮮な風味を求めてこなかった…。それなのにこのジャムにはそれがある…」
シルフィさんが信じられないといった表情で呟く。
「シルフィの姐御。オレ、ジャムは今日生まれて初めて食べたけど…、このジャムはやっぱり凄いものなのかい?」
ショートの受付嬢が訊ねる。うーむ、ボクっ娘ならぬオレっ娘なんだな。
「ええ、マニィ。このジャムは凄いものですよ」
ふうむ。このショートヘアの受付嬢さんはマニィさんというのか、覚えておこう。
「エルフのジャムは様々な果物を煮出して甘みを引き出します。このジャムは、一種類の素材である『とちおとめ』のみを用いる事でエルフのジャムとは異なり、他の素材を合わせる為に熱を長い時間加える必要が無い為にこの『とちおとめ』の風味が残っています。煮詰めた事で甘みと酸味が引き出され、同時に新鮮さと爽やかさが残っています…」
まるでグルメ漫画の解説のような雰囲気で話が進んでいく。
「次はこちら。あんパンと言います。でも、試食するその前に…」
まずは緑茶を飲んでもらった、フェミさんはその苦味に苦戦していたが、マオンさんとマニィさんはすぐに慣れた。
「これは変わった風味の茶葉ですね。爽やかさと苦味、その後の余韻には甘みがわずかに…」
シルフィさんに至っては苦味の後に残る甘みを楽しんでいた。
次に出した試食用のあんパンは四等分した。まだあんパンを食べていなかったマオンさんにも試食に加わってもらった。このあんパンにはマオンさんとマニィさんが強く好印象を持ったようだ。
あんパンで甘ったるくなった口を苦味のある緑茶でスッキリとさせ、またあんパンを楽しむ。その食べ方を楽しんでいた二人はなんだか意気投合しているようにも見える。シルフィさんはあんパンの小倉あんをなんらかの豆を煮た物と予想していた。小豆を裏ごしして原型をとどめていないこしあんにも拘らず異世界の農産物にある程度予想を付けるとは…、エルフの味覚おそるべし…。
「この飲み物とこのパンとの相性の良さは分かるんですけど…」
フェミさんはあんパンも喜んで食べていたが、どうしても緑茶の苦味にはまだ慣れないようで苦戦していた。
結局、終わってみれば大好評に終わった試食会となり、彼女たちはギルドマスターさんに強く言上すると言ってくれた。冒険者ギルドでの販売許可に大きな前進となったようだ。
□
「…それで納品して頂く時間ですが…」
今、僕はシルフィさんとマオンさんの三人でテーブルに着き商談を続けている。フェミさんマニィさんは受付に戻っている。許可が下りたらという仮定の話だが、許可が下りたらスムーズに納品(実際には販売)となるように前もって話しているのだ。
納品は午前六時、裏口から入って…。次に価格をどうするかの話になった。
「販売価格は…、そうですね…基本的にはパン一個を 白銅貨五枚で販売したく思います」
「「「「えッ!?」」」」」
受付嬢三人、マオンさんが驚きの表情を僕に向ける。
「お待ちよ、ゲンタ。さすがに一山当てた金持ち商人たちに売るようにはいかないだろうけどさ…」
マオンさんが考え直せとばかりに反対する。
「そ、そうです。ゲンタさん、白銅貨50枚の間違いでは…。それでもかなり安いですが…」
シルフィさんもマオンさんに追従した。
「そうだよ、ジャムって奴は混ぜ物の入ったようなやつだって一瓶白銅70か80はするんだぜ、安すぎるよ」
「でも、その値段なら私でも買えますぅ。ゲンタさん、私達が買っても良いんですかぁ?」
戻ったばかりの受付カウンターからパタパタと走ってきた
マニィさんフェミさんもそれぞれの意見を述べる。フェミさんに至っては、先程のしっかりした受付嬢の口調からほわんとした物になっている。きっとこちらが地の口調なのだろう。
「ええ、もちろんです」
そう言うと、フェミさんはやったあと喜んでいる。
「それに儲けも出ますから安心して下さい。あと、他の味のパンも取り扱うつもりなので是非楽しみにしていて下さいね」
「他の味…。ま、まだあるのですか?」
「そうですね、お腹にたまる物とかも…。もちろん甘い物もありますよ」
「腹にたまる物か!オレはそっちにも興味あるな。食ってみてえよ、こんな美味いパンを作れる人の腹にたまるパンなんてさ…」
「男性の冒険者には腹に溜まるものを好む人もいるでしょうから甘い物以外も準備するつもりなんです」
こうして僕の人生初の商談は終わった。
ギルド長の許可が下りれば、すぐに知らせてくれるという。
そうしたら僕は冒険者登録をしてパンの販売を始める。その他の具体的な話もとんとん拍子に進み、とりあえず今日は帰る事に。
受付嬢さん達に別れを告げ、マオンさんと共に冒険者ギルドを出ようとカウンター前から外に通じる扉へと歩いていく。しかし、扉近くまで来た時に大きな人影が立ちふさがった。
出入り口近くのテーブルにいた男性冒険者のようだ。
その背は高く、肉体は筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)。顔はいわゆる劇画調の強面で迫力満点。ま、まさか冒険者ギルド名物『先輩冒険者による新人イビリ』とかじゃないだろうな…。
「兄ちゃん。ちょっと待ったれや」
無慈悲にも立ちふさがった男性の口から、そんな言葉が聞こえる。あって欲しくないまさかのピンチ、そのまさかが現実になってしまったようだ…。