第175話 銀貨一枚の依頼
商談を済ませた後、『真面目な話は終わった〜?』と兎獣人族の娘たちが入ってくる。
「ほっほっ。終わりましたよ」
先程までの真面目な雰囲気はどこへやら。きゃいきゃいと賑やかな雰囲気になる。がしっ!いきなりミミさんは僕に両手両足を使って抱きつき、スリスリをしてくる。もはや身動きが取れない。そりにしてもいつの間に接近していたのだろう。
だけどこれ…、男女逆なら確実に『おまわりさん、コイツです』事案だよなぁ…。
「ゲンタ、子作り…」
「いたしません」
「むぅ…」
「ふむ…、ミミ。今日はそのくらいで…」
あの、ヒョイさん?今日は…って何?今日だけ?明日以降は?
「あ〜、新しい人参だぁ!」
リュックから取り出した人参を見て誰かが声を上げた。たちまち賑やかさが戻る。
「そう言えばゲンタ殿」
「あっ、はい。なんでしょう?ルロさん」
レンズの厚い…いわゆる瓶底眼鏡というやつをかけたルロさんが話しかけてきた。
「拙者…、あの『くりーむしちゅー』が…、『くりーむしちゅー』が食べたいです…、でござる」
なんだか語尾がおかしい。
「私もー!!」
「アタシも、アタシもー!!」
どうやらここではシチューが大人気のようだ。
「旦那様…」
「あっ、メルジーナさ…。いや、メルさん」
「私は旦那様と共にいられれば…」
そう言って僕の横に回り、その手を僕に重ねた。
「他に何もいりませんわ…」
静かに微笑むメルジーナさんに、『あっ、メルジーナさんにも海藻サラダ持って来てますよ』とはこの場面ではさすがに言わなかった。そのくらいは空気読みます、僕だって。
□
用件を済ませ馬車を出してもらい冒険者ギルドに戻ってきた。
時間はもうすぐ昼といったところ。ギルドに入るとマニィさんから声がかかる。
「ダンナへの問い合わせとか依頼、まとめといたぜ」
紙は貴重品な為、薄い木の板に依頼の概要や問い合わせが書いてある。僕はそれを手近なテーブルに運び、内容を確認していく。
だいたいは次はいつどこであの屋台を開くのかというのが多い。依頼という形での問い合わせ、おそらくはそれをする為に少額だが依頼料を払っているのだろう。
おそらくは他人よりも情報を早く仕入れて何かに活かすつもりなのか…、わざわざ金銭を払ってまでする事だ。どんな風に活かすのかは気になるところだ。
「マニィさん。次に広場で屋台を開くような催し事はいつあるんですか?」
「ああ、来月にまたあるぜ。でも二日間じゃなくて一日だけになるよ」
なるほど…。あくまで今回の催し物が大規模だったんだな…。
「じゃあ、この次にいつやるかは来月の広場での催し事の時にやる予定と回答してください。場所が取れたら…、って感じですけど…」
「分かったぜ、ダンナ」
それと…、次は『レシピを教えて欲しい』か…。これは断ろう。そもそも材料が揃わないだろうし。
それから『ウチの店で働かないか』…か。うん、これも断る。条件に『かれー』を作る事とある、そうなれば材料とかも自分で用意しなきゃならない。それなら自分で屋台を開くのとやる事も準備も変わらない。なら売り上げの上前をハネられるだけ損だ。
こんな依頼がいくつもある。『○○商会』、『□□商店』…、彼ら商会主や商店主からしてみれば僕は無名の冒険者だろうけど、こちらから言わせればそれがどうしたって感じだ。
少なくとも信じるに足りない、そしてメリットがない。すなわち、受けるだけの理由が無い。
あと未確認の依頼は…二つを残すのみか…。
一つは『報酬は金貨二枚(日本円で二十万円)。内容は…三日後に広場で作ったような『かれー』とパンを作る事、これを商会の関係者や当日来る予定の客に出してもらいたい』というもの。
依頼主は…、ブド・ライアー。ふうん…、ブド・ライアー商会か…。
もう一つの依頼は…、孤児院から。
町の噂でもちきりのカレーを子供たちに食べさせてあげたいというもの。十三人の種族も年齢もバラバラの子供たちがいるそうで、その子たちに一度食べさせてあげたいという気持ちが伝わってきた。
しかしながら、依頼料として集められたのは銀貨で一枚。これだけしかありませんがお引き受けいただけないでしょうか…というものだった。内容は13人分のカレーを作る事…、報酬は銀貨一枚(日本円で一万円)。
ふむ…。この二つの依頼、どうするべきか…。
「ダンナ、悩んでいるのかい?」
いつの間にかマニィさんが、テーブルの向こう側の席に座っていた。
「ええ、だいたいのは対応をどうするかは決めたので、後はこの二つですね」
「内容を見ても良いかい?」
「ええ、どうぞ」
そう言って僕は二枚の木の板をマニィさんに手渡した。
「へえ、凄いな。金貨二枚の指名依頼かよ。こりゃあ余程腕の立つ冒険者じゃないと出てこない依頼だぜ。しかもブド・ライアー商会からか。奴ン所はケチだからな、買い叩く事しか考えてねえのによく出したな」
そう言えばその通りだ。以前、ナジナさんやガントンさんたちが合同で巨大猪を狩った事があったが、確かとんでもない安値で肉を売れと言ってきたのがブド・ライアー商会だったと思う。
そんな奴が一日限りの仕事で金貨二枚なんて簡単に出すだろうか?これはあやしい…、何かあるぞ。
「もう一つは銀貨一枚の依頼か。この孤児院はマオンの嫂さん家からも近いぜ。でも、まあダンナ、この二つの依頼の返答は明日いっぱいまでで大丈夫だよ。焦らずゆっくり考えたら良いさ」
そう言ってマニィさんは受付に戻ろうとする。
「なら…マニィさん。僕はまずこの依頼を受けようと思います」
そう言って僕は孤児院からの銀貨一枚の依頼が書かれた木の板を差し出した。