第172話 闇精霊は子供が欲しい
「こ…、子供…?」
こくり…。カグヤが無言で頷く。
こ、これはヤバいんじゃないでしょうか…。見た目的には小学校高学年くらいの女の子、そんな子に…ねえ?
「遠慮しなくて良い」
ずいっ!!さらにカグヤが距離を詰めてくる。
「さ、さすがにこれはマズいっスよ。カグヤさん」
「なんで?」
「な、なんでって…、その…」
「心配しなくて良い。私は大丈夫」
「そ…、そんなこと言っても…」
ずりっ。フローリングの床の上、僕は後ずさる。しかし、後ずさる速さより前に進むスピードの方が速い。あっさりとカグヤは僕に追いつき、僕の胸元の服を掴みその額を押しつけてくる。
「ねえ…」
「な、何?」
「昼間、あのエルフにしようとしたみたいにしてみて」
エルフ…、シルフィさんの事か…。
「そう…。あのシルフィにしようとしたみたいに…」
えっと…、昼間は…。たしか…スパークリングワインを口にしてもたれかかってきたシルフィさんがいて…、それで背中に手を回して抱きしめようとして。それを踏みとどまったんだ…。
「あのエルフは…、そうされても拒絶しなかったと思う…」
「えっ!?」
「むしろ…、発情していた」
そ、そんな…。まさか…。
「でも…、ゲンタはしなかった。悩んではいたけど…」
「は、はい…」
「私はそれをゲンタとしたい」
「えっ!?ちょっ、ちょっと!」
「私のコト…、キライ…?」
一瞬だけ…、彼女が不安そうな…、泣き出してしまいそうな表情をした。
「そんなワケないよ!!」
反射的に僕は返事していた。それを聞いて『にこ…』、彼女が静かに小さな微笑を浮かべる。
「じゃあ…、して」
静かだけどハッキリとした口調でカグヤは告げるのだった。
□
「い、いや…、さすがにいきなりはちょっと…、ねえ?」
「ダメなの?」
「さ、さすがに…」
「じゃあ…、ここで『キャーッ!!』て大きな声を出す」
「オイ、待て、やめろ」
「なら抱いて」
「う…」
「おまわりさ〜…むぐっ!」
ああ、まずい!反射的に僕は右手をカグヤの背中に回して抱き寄せ、左手はカグヤの口元を塞ぐ。こ、これ見た目的にはアウトなんじゃないだろうか…。小学生くらいの女の子を抱き抱えて口元塞ぐとか…、アウトどころかゲームセットじゃない?
ちろっ…。
「あひゃっ!!」
変な声が出てしまった。口元を塞いでいた僕の手の平をカグヤが舌で舐めたらしい。驚いて僕はカグヤの口元から手を離す。
そしてカグヤは僕の左手を掴み軽く引く。
「ここじゃない。こっち…」
どうやら背中に両手を回せという事らしい。リクエスト通りにしてみる。
「んっ…」
彼女の体から力が抜けた。どうも身を任せているみたいだ。小柄な彼女を胸に抱く、顔が胸元に押しつけられる。右の手の平で彼女の後ろ髪を撫でるようにしてみた。
兄が小さな妹にそうするように優しく…、優しく…。決して性的なものにならないように。
「ゲンタ」
「ん…?」
「これで良いよ」
「うん…」
良かった…。満足してくれたのかな。僕はカグヤの背中に回していた手を離した。
「これで良いよ…。今はね…」
えっ!?今は…って事は…今後さらに進んじゃうって事…?いや、それ絶対ヤバいでしょ。色々と…。
そう思ってカグヤの方を見て見ると『にこ…』と静かに微笑む。
流れるような黒髪に絹のような白い肌。その微笑みを浮かべる口元には黒にも白にも相性が良い真紅。少女のものとは思えない微笑みは月のように神秘的で、そしてとんでもなく妖艶なものに思えた。
□
翌朝…。
僕はカグヤと共に異世界に戻った。彼女は結局、僕の部屋にお泊まりをした。夕食を一緒に食べ、布団は彼女に使ってもらい僕は床寝、リクエストがあり手をつないで寝た。
また、彼女は初めて食べるお米にも興味を示した。また、精霊の時とは違い食の好みも変わったようだ。果物や甘いものを食べていた彼女だが今は米などの穀物や肉類も食べた。
受肉した事で人間の食生活に近付いたのかも知れない。
今日のカグヤの行動が妙に積極的だ。僕の頬を撫でたり胸元のポケットに入ろうとするのはいつも通りだが、視界に入ってきて微笑んで見せたり頬ではなく耳を触ってきたりする。
お昼寝をする際はリュックの中かシャツの胸ポケットの中で寝ていたが、今日はシャツの内側…つまりは僕の素肌に触れながら寝ていた事もあった。なんだろう、明らかにスキンシップが過剰になってきている。
さすがにパンの販売の時などはそういう事はせずにサクヤたちと遊んでいたりするが、移動の時などはグイグイ来るどころではない。ベタベタするレベルだ、これはこれで何かとマズい。
このあたりはカグヤとしっかり話し合わないと…。
「ゲンタさん、今日のご予定は?」
パン販売後にいつもの朝食を摂っている時に僕の左側に座るシルフィさんが問うてきた。
「はい、ヒョイオ・ヒョイさんのところに人参を…」
「そうでしたか。ところでゲンタさん、護衛を雇うつもりはありませんか?」
シルフィさんの突然の提案だった。