第170話 異世界からの追跡者
「思い出すとまだ心臓がドキドキするよ…」
大学近くに借りてる部屋に戻ってきた。時刻は五時半、シルフィさんと連れだってミーンの町に戻った。
出発した時と同じようにシルフィさんの『光速』による瞬間移動で町の中へ。そしてギルドまで送って行った。
来る時と違ったのは帰り道の最初から最後までずっと二人で手をつないでいた事。多少はほろ酔いだったけど正体を無くして記憶が無いというような事はない。
だけど、アルコールの効能か少し話しやすい。いつもはクールなシルフィさんに笑顔が多かったような気がする。それがなんだか嬉しかった。
「とりあえず中途半端な時間だけど、お風呂入るかな…」
炊飯器のスイッチを入れ、スマホを持って浴室に入る。シャンプーは二回、なんかこうしないとしっかり洗った気がしない。それからのんびりお湯に浸かる。
バスタブに浸かっている間は基本的にスマホでニュースを見ている。やれ東京の新規感染者は何人だ、五輪は開催できるのか、そんな文字が踊る。
僕は外に出るのが…、というより人があまり多いのは得意ではない。冒険者ギルドでパンが売れるのはあくまでカウンター代わりのテーブルの向こうとこちら、そこに一種の障壁があるからだ。
個人的な付き合いも少人数なら問題無いけど、あまりに人数が多いのは怖いところもある。しかし、異世界に行って僕も少しはタフになったのかも知れない。わりと大人数で飲む事にも慣れてきたし、ミミさんたち兎獣人族の皆さんに囲まれても『近い、近い』と思うくらいになってきた。
僕も成長したものだ…。
それから近場のスーパーの安売り情報などを確認しておく。以前、アジの開きが安かったスーパーではあらびきウィンナーが安いようだ。焼くより茹でる方が時間が短いから、これにマスタードとケチャップを添えれば人気がでるだろうか…。
納豆は…、うーん僕が食べる分だけでいいか…。あとは3個パックのプリンか…。これは誰か甘いもの好きな人なら喜んでくれるか…。
なぜか満面の笑顔でプリンを食べるナジナさんが思い浮かんだが、とりあえずそれをフェミさんの笑顔に改変しておいた。うん、なんかしっくりくる。
あとは塩と焼酎か…、これはいつでも仕入れておかないと…。あとは砂糖はどうだろうか?甘いものは大変貴重、聞いた話じゃ異世界では甘味のある草の根や蔓を煮詰めて甘いものを得ようとするらしいし…。
だけど、それではえぐみやアクもついてまわるとか…。…となると、あまり簡単にホイホイ出さない方が良いかも知れない。冒険者ギルドか、あるいはヒョイオ・ヒョイさんか…相談をしてみようか…。
あと問題は、塩とかが大量に消費されるようになってきた。今まではスーパーを何往復かすれば良かったがなかなか大変になってきた。輸送手段とかも考えたいなあ…。
あれやこれやと考えていたら炊飯器のブザー音がした。お米が炊けたようだ。長い時間入っていたんだなあ…、改めて自覚する。
食事して少しのんびりしてから買い出し行こうかな…。そんな事を考えながら浴室を出た。
お風呂から出た僕を異変が待ち構えていた。朝から敷きっぱなしの布団の横に見た感じ十歳くらいの女の子が座っていたのだ。
「えっ!?ええっ!?」
驚きあわてる僕にその少女は『にこり…』と静かに微笑んだのだった。
□
状況を整理してみよう。
一人暮らしの僕の部屋に十歳くらいの女の子がいる。長い黒髪、キャミソールの丈を長くし、少し厚手にしたような服装。日本人離れした白い肌…、この子は一体…?
それよりもどこから来たんだ、この子は?
玄関を見る、鍵はかかっているしチェーンもしてある。僕のもの以外の履物は無い。少女をみる、足は裸足だ。部屋の中を土足で歩いたような感じもしない。
窓は…?うん閉まっている。というよりどこにいたんだろう?
僕が帰宅した時、人の気配は無かったと思う。密室…だと思う、他に出入り出来る場所は無い。それがどうして…?
それよりまずいのは僕みたいな一人暮らしの男の部屋に少女がいるという事だ。『おまわりさん、コイツです』からの『人生オワタ』への一連の流れが容易に想像出来る。と言うよりそれしか無い。
で、でも、まずはこの子が何者なのかを尋ねよう。もし間違えて近所の子が迷い込んで来たのなら、理由を話し送り届ければ何とかなるかも知れない。
「え、えっと…。君は…」
「ゲンタ…」
「ッ!?」
僕を知っているの?この子は?
戸惑う僕に少女は続ける。
「…来ちゃった」
だ、誰なの…この子?