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第169話 見ちゃった。

 昭和の名作、キャッツ・アイ好きだなあ…

 僕の胸元に右手を添えてシルフィさんがもたれかかっている。そのまま顔を胸元に埋めてくる。その為、シルフィさんの表情はこちらからは見えない。


 さらにシルフィさんの左手が僕のシャツの胸元を掴んだ。


「シ、シルフィ…さん?ど、どうしたんですか?」


 まるで高熱を出したかのようにシャツを通して伝わるシルフィさんの体温が熱い。白色に近い輝くような金髪、花のような香り…、エルフ族は華奢(きゃしゃ)というかスレンダーな体格だが、こうまで密着するとやはり嫌でも女性特有の柔らかさが伝わってくる。


「こ…、このワインは…」


 シルフィさんが口を開く。ワイン…?

 も、もしかしてスパークリングワインかま良くなかったのだろうか?エルフ族にとって何か有害な成分が含まれていたとか…。

 もし、そうだとすれば大変だ…、アレルギー反応とか…。場合によっては死に至る事もある。そんな事は避けなければならない。


「なんて…甘い…。…くっ、この弾ける泡が刺激的で…いえ、官能的ですらあります。香りが…口の中で弾けて…」


 少し浅く、荒い呼吸…。


 そう言えばシルフィさんは果実…、それも甘い物が好きだ。甘い葡萄(ぶどう)があるかも…と感じた時の食い付きは早かったし…。お酒もワインが好きみたいだし…。


 もしかすると甘い口当たりのこのワイン…しかもスパークリングワイン。シルフィさんの言葉を借りればこの炭酸がかなり刺激的なようだ。おそらくそれが葡萄の香りを強調し、甘さや果物を好むシルフィさんにしてみれば『ど真ん中ストライク』な味だったのだろう。だから『一口だけで完全陥落(フォール・イン・ラブ)』、そんな感じなのかも知れない。


 ぶるぶるっとシルフィさんが体を震わせる、それがさらに彼女の感触を僕に強調する。ど、どうしよう…、大人の『接待を伴う飲食の店』でもこんなに密着されたりはしないだろう。


 も、もしかしてこれって凄いチャンスなのではないだろうか?こんな美人さんがこんな近くに…。モテない僕だけど、まさに千載一遇のチャンス!お酒の力を借りて…、というのは微妙だが非モテの僕はこんな事でも無いと…。

 よ、よーし…!意を決してシルフィさんの背に両手を回そうとしたその時…。


「ゲンタさん…」


「…ッ!?」


「ごめんなさい…。私は弱いエルフです…。こんな素敵なワイン、一口だけで私…、女になってしまう…」


 シルフィさんの背中に回そうとしていた僕の手が止まる。ぶるぶるぶるっ!このまま抱きしめてしまいたいけど、それだけはしてはいけない気がした。

 

 腕が立ち頭も切れ美貌の麗人シルフィさん、マニィさんの言葉によれば凄くモテるとの事。しかし、それら全てを相手にしなかったとも聞いている。

 僕に今、その身を預けるシルフィさん、その体はまだ微かに震えている。もしかしたら家族とか近しい人以外にその身を預けた事は無いのかも知れない。だとすればこんな形でシルフィさんを抱きしめたりして良い訳がない。


 だから僕は最低限シルフィさんを支えるだけにして落ち着くのを待つ。


「シルフィさん、ゆっくり…焦らずに…。僕がこうして支えていますから。いくらでもこうしていますから…」


 一瞬、顔を上げ僕を見つめた後にコクンと頷いて再び僕に身を預けた。


「もし…お嫌でなかったワインも食べる物もまだまだあります。幸い時間はありますから…、普段からお忙しいんだし今日はゆっくりと過ごしませんか?」


 そうして僕たちは二人だけのゆっくりとした時間を過ごす。その間、ずっとシルフィさんが離れる事は無かった。さすがにずっと胸元にいた訳ではないけれど…。

 今回の甘口(ロゼ)スパークリングワインも大変気に入ってくれたようだが、一瞬にして身も心も(とろ)けてしまうのは気恥ずかしいらしい。


 甘口(ロゼ)だけ…あるいは発泡(スパークリング)だけ…というなら耐えられるが、二つとも合わさってしまうとかなり効いてしまうらしい。確かにシルフィさんは甘口(ロゼ)だけ、多少は甘い発泡(スパークリング)だけというのは飲んだ事はある。その時はここまでは崩れてはいなかった。

 だが、この二つが合わさってしまうとシルフィさんにとっては凶悪極まりないらしい。


「では、このワインはシルフィさんと二人だけの時に飲む事にしましょう」


「ふ、二人だけの時に…」


「はい。シルフィさんさえよろしければ…。いえ、是非一緒に」


 シルフィさんさえよろしければ…では彼女は遠慮してしまうかも知れない。だけど僕が是非一緒に…であればあくまで僕が強く誘っただけ…それをシルフィさんが断りきれずに…って図式も成り立つ。


「…はい」


 シルフィさんは恥ずかしそうに頷く。綺麗だけど可愛い。


 支える為に最低限触れているだけの僕の体がこれ以上ないくらい幸せだなと感じていた。そして僕たちは町に戻る為、後片付けをして町への帰途につく。来た時と同じように二人、手をつないで…。

 なんとなくだが、距離は縮まっているのかそんな風に思う。幸せな帰り道を歩き始めた。


『見ちゃった…』


 不意に誰かの声がしたような気がした。聞き覚えのある声ではない。声がしたような気がする後ろを振り返る、しかしながら誰もいない。気のせいだったんだろうか?

 シルフィさんも特に何かを察知した様子はない…、彼女ですら何も感じていないなら気のせいだったのだろうか…。

 

 不審に思いながらも僕はシルフィさんと手をつないで町へと戻る、それが気のせいではなかった事を知るのにそう時間はかからなかった。

《次回予告》


 誰かが見ていたような気がした…。それは気のではなく現実のものであった。それは異世界から日本へと音もなくゲンタに忍び寄る。

 次回、『異世界産物記』第170話。『異世界からの追跡者』、お楽しみに。

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