第165話 行列はいまだ途切れず延長戦。商戦、決着!
「すいません、カレーはあと十人程で売り切れです」
「「「ええ〜〜〜ッ!!?」」」
かつてお昼休みをウキウキしながら見物していた人たちがお友達を紹介する際の掛け声のようなものが上がる。
その中には本日何回目かの行列に並んでいたナジナさんのものもあった。
僕の横で会計を受けもっていたシルフィさんが僕に頷きかけ、その場をマニィさんに任せて残像を残しこの場を後にする。シルフィさんの二つ名の由来にもなった『光速』…、光の精霊の力を借りた瞬間移動だ。
残る十食を販売しながら、ダン君とギュリちゃんに残った人参以外の野菜と猪肉を切っておいてもらう。あっと言う間にカレーは売り切れた。
「カレーは切れましたが残った野菜と肉を炒めたものを出します」
大鍋をどかし、みんなで鉄板を設置。僕より女性陣の方が活躍していた事に寂しさを覚える。
玉ねぎと千切りにしたじゃがいもの肉野菜炒め。これは白銅貨十枚で売る事にした。焼肉のタレをかけ味付け、もちろん肉には胡椒やナツメグをふってある。
「うおおおっ!これも美味え!」
「このニオイ…、これも香辛料入りかッ!?」
「普通、猪肉は多少の臭みがあるんだけどこいつにはそれが無え!」
これまた大好評である。
「戻りました」
大きな袋を持ったシルフィさんが帰還する。中身は凍らせた猪肉、30キロくらいはあるんだろうか…。
「おほっ!兄ちゃん、そりゃあ『もみだれ』か?『しおこうじ』の味付けか?」
嬉しそうにナジナさんが聞いてくる。
「両方です。あ、あとシンプルに塩焼きも出来ますよ」
「うひょー!たまんねえ!」
酒瓶片手に喜んでる人もいる。なるほど、これをツマミに一杯かぁ…。一杯どころか朝から飲んでるガントンさんたちもいるが…。いったいどれだけ飲んでいるのやら…。
想像すると恐ろしい。人間なら確実に急性アルコール中毒で死んでると思う。祭りのような騒がしさ、宵闇が濃くなってきたが衰える事を知らず。ヒョイさんの屋外酒場もまた賑わい、ノームのお爺さんの店も売り切れのようだ。今ではガントンさんらに混じり酒を飲んでいる。
大成功といえるのではないだろうか。既に売り上げは軽く二百数十万円は超えている。肉を焼いたものを販売するとヒョイさんの伝えたところ、こちらからも注文が入る。ありがたい事だ。
あれだけあった肉もあれよあれよと言う間に減っていき、ついに売り切れ。焼肉のタレが無くなってしまった。さすがにもう限界だ。
完売御礼。閉店ですと言うと、不満の声も上がったが材料が無くてはどうにもならない。前もってあと何人分で終了ですとは言っておいた訳だし…。
あと片付けをして座り込む。さすがに疲れた。
敷いたブルーシートに座り込み緑茶を飲んで一休み。
「ゲンタさん、是非ウチに来ませんか?」
会話の中で何気ないように放たれたヒョイさんの誘いが冗談のようにも本気のようにも聞こえる。
「ゲンタさんは目利きでいらっしゃる。紅茶にも酒にも…。まして様々な料理にも通じておられる…。私はね、貴方が興味深いんですよ…。それにね…お越し頂ければあの子たちも喜ぶでしょう」
後片付けをしているミミさんたちを見てヒョイさんがそんな事を言う。僕は…。
「まあ…、今すぐ…という事ではありません」
僕の戸惑いを見て察したのかヒョイさんが引いた。
「よろしければこれからも末長いお付き合いをお願いしたいものです」
「それはもう…。こちらも是非お願いしたいです」
「ほっほっほっ。では、日を改めて紅茶と…あの焼菓子についてお話の機会を…」
「分かりました。よろしくお願いします。それとこれは…」
「おお、人参ですな」
「残り物で恐縮ですがお持ち下さい」
「いやいや、これは何よりの…。あの子たちも喜びましょう」
□
三台の馬車に分かれて帰途につくヒョイさん一行を見送り、僕たちも帰途につく。荷車を引く僕たち…疲れはあるが足取りは軽い、何よりたくさん儲かった喜びと充実感が身も心も満たしている。
「それにしても…、大成功だったねえ!ゲンタ!」
マオンさんが嬉しそうに言う。
「まったくだぜ!あのハンガスとブド・ライアーに一泡もニ泡も吹かせてやったんだ!」
マニィさんが続いた。あいつら、ロクに客が来てなかったから…愉快そうに言う。
「まあ、色々小細工しやがったようだが良い気味だ。キッチリ商売で白黒ハッキリさせてやったからな!」
ドブ川横の場所をあてがわれたり、そこが使えそうだと見るやいなや急な場所替え。それをまた元に戻したり。
チンピラを仕向けてきたり…、ハッキリ言って腹が立つ。
やられたらやり返す…、そんな言葉があったっけ。
なら、やってみようか…。軽く…嫌がらせを…。
うーん、僕も悪よのう…。
そんな事を考えたとき、シルフィさんと目が合った。
だが、彼女は視線をそらし少し足早に距離を取る。
「ありゃりゃ…」
やっぱり寝てる間に何かしちゃったのかな…。
「なあダンナ…」
マニィさんが近づいてきた。
「明日、シルフィの姉御は久々に休みなんだよ…。どうだい、一つ誘ってみちゃあ…。例のワインに誘うとかさ…」
あ、確かにそんな約束したっけ…。シルフィさんは多忙みたいでなかなか休みが無いみたいだけど…そうか、明日休みなんだ。
もし、僕が何かやってしまっているのなら謝っておいた方が良いし…。そんな事を考えていたら冒険者ギルドに着いた。ここでグライトさんをはじめとして受付嬢の皆さんとも別れる。
ゆ、勇気を出さなきゃ!
「あの…、シルフィさん」
僕はシルフィさんに声をかけた。
これでこの章は終わりです。
次の章では色々と急展開、まずはあの子とデートです。