第160話 僕がパンを売る理由 〜復活のM〜
翌朝…。
「さあ、行きましょう!」
「応っ!この荷車は任せておけ!」
「重くはないかい?」
「大丈夫じゃ、マオン!」
「んだ!お任せだべ!」
「何しろ特製の荷車じゃ、儂ら以外に引けはせんよ」
「へっへっ!こっちの荷車は俺に任せとけ!」
「お願いします、ナジナさん」
「私たちはゲンタさんの荷車を押します」
昨日、襲撃された事もあり用心としてナジナさんがマオンさんの護衛についてくれた。ガントンさんたちと共に庭で酒盛りをしていたようにしか見えない気もするが、そこは凄腕の戦士。きっと護衛の任を果たしてくれていたのだと思う。…たぶん。
ついでに言えばダン君とギュリちゃんも泊まっていた。
広場に向かうのだが、その途中にある冒険者ギルドに立ち寄る。シルフィさんたち受付嬢、そして今日はギルドマスターのグライトさんも待っていた。
「俺だって坊やのメシ食いてえんだよ、俺は昨日も留守番だ。しかも今日は『かれー』だっていうじゃねえか!俺も食いてえ!な、な?良いだろ、坊や!俺も連れてってくれよ!ギルドは今日、臨時休業だ!」
ナジナさんに負けない立派な体格にスキンヘッド、かなりいかつい風貌だが必死に同行を求める。
「行きましょう、グライトさん。冒険者ギルドで出店してますからね。みんなで行きましょう!」
「おおっ!全員、坊やに続けぇッ!!」
グライトさんがなかまにくわわった。
某有名RPGならお馴染みのBGMと共に文章が表示される場面だろう。
そして二百人近い冒険者たちと共に広場へと向かう。これはもう行軍という雰囲気だった。そうだ、今はあのハンガスとブド・ライアーが売ってきたケンカ…、商人としての戦いの真っ最中だ。
商戦…、商人としての戦だ。広場に向かうこの道のりが大人数の行軍だと感じる僕…。もしかしたら、これは幸先が良いのかも知れない。
さあ、雌雄を決しよう。やられた事を笑って許せる程、僕は人間が出来てはいないのだから。
□
「こ、この人数で広場に入るんですか?」
屋台の準備の為に広場に入ろうとした時、商業ギルドの職員さんが引きつった顔で質問してくる。
「ああ、そうだ。知っての通り昨日、我が冒険者ギルドの屋台を狼藉者によって襲撃されたからな。見ての通りウチで商売をしているこの若いのとその婆さんが刃物突きつけられて売上金を強奪されそうになったんだ。それでも売り上げを守ろうとしたら斬りかかってくる始末、並んでる町の衆にも同じ事をしようとしやがった」
「そ、それは…」
「たまたまその場にいた冒険者の奴と、そちらにおいでの鳶職の棟梁ゴロナーゴ氏にお助け頂いて事なきを得たから良いようなものの…一歩間違えりゃどんな被害が出たか分からねえ。だが、商業ギルドは何の手も打ってねえ。そんな訳で俺たちは開店準備と警備をしようって訳さ。…否とは言わせねえぞ」
グライトさんはそう言ってズンズンと広場に入っていく。
「なら俺たちも準備と警備の助太刀をさせてもらうぜぇ」
ゴロナーゴさんもお弟子さんたちを引き連れ中に入っていく。
さすがにこれだけの人数、数人の商業ギルドの職員では止めようがない。
昨日のうちに出店する場所は聞いている。あの川べりだ。
「うおー、さすがに臭えな!」
冒険者の一人がそう口にする。さあ、開店準備だ!
□
「ああっ!汚物まみれのドブ川があんなに綺麗にィッ!!」
なんかお決まりのようになってきたセリフを聞きながら開店準備をする。
サクヤたち光精霊の力でドブ川を浄化した。カグヤたち闇精霊の力で悪臭を封じ込め、さらにカレーの香りを閉じ込める障壁をこの川べり一面に張った。
ドワーフの四人のお弟子さんたちが支柱を立て、ゴロナーゴさんが昨日と同じように幟旗を準備する。今日は最初から旗を開く。
風に翻る布地に踊る『かれー』の文字。
「おいおい、この『かれー』てのはなんだい?」
「へっへっへ。期待して良いぜ棟梁さんよ!ありゃあ兄ちゃんの凄え料理だぜ」
ゴロナーゴさんがナジナさんとそんな事を話している。
「よし、マオン。これでいつでも始められるぞ!」
ガントンさんとゴントンさんが最終調整した新しい大型荷車。これが今回の秘密兵器!
僕のカレーの屋台の横に設置された。相撲部屋か、何かのイベントでしか使わなそうな大鍋で僕はカレーを煮始める。
「さあ、マオンさん。お願いします」
「ああ…、ありがとうよゲンタ。儂の仕事…、キッチリさせてもらうよ」
「おおーい、坊や!この幟旗も開いて良いか!?」
今日、新たに加えた三本目の幟旗用の支柱。そのてっぺんにあおるゴロナーゴさんから声がかかる。一本目は『かれー』、二本目には『ぼうけんしゃぎるど』と大書された文字が見える。
「はい!お願いしまーす!」
ばさあっ!三本目の支柱のてっぺんから落ちる布地、そこに書かれていた文字は…
『しろい ぱん(白いパン)』
誰の目にも鮮やかに、真っ青な空を背景にして風に揺れていた。
□
「う、美味え!何度食っても『かれー』は凄え!」
「それにこのパンも凄えよ!こんな真っ白なパンが食えるなんて…」
「焼きたての香りがヤベえな、オイ!?」
「凄え美味さだ…。やはり坊やの婆さんだけの事はあるぜ…」
僕が考えた秘密兵器は移動式のパン焼き窯。大きめの荷車に焼き窯を載 くっつけたものだ。軽トラの荷台で焼く石焼きイモ、テレビ番組などでたまに見かけるキッチンカー…、それらから着想を得たものだ。
「こういうのを作れますかねえ…」
「何じゃい、それは?」
ガントンさんに簡単に概要を話すと…、
「ふむう…、なるほどのう。これなら確かにいつでも焼きたてのパンが食べられる…」
「はい、それを今度の屋台でお披露目できたら…と思うんです」
「それは興味深いですねェ…。しかし、ゲンタ氏。焼きそばは良いのですか?」
「そうでやんす!あれはとても美味しいでやんす!」
ハカセさんとベヤン君が身を乗り出して聞いてくる。
「実は一日目を焼きそばにして、二日目は違うものを販売しようかと…」
「ほう…。ちなみに何を売るんじゃ?パンに合いそうなものと言うと…、『うぃんなー』か?あるいは『しおこうじ』や『もみだれ』の肉か?」
「いえ、カレーを久々に作ろうかと思いまして…」
がしっ!正面に座っていたガントンさんが体をこちらに伸ばし僕の腕を掴んだ。次の瞬間にはゴントンさんが僕のもう片方の腕を掴む。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか」
「んだ!!」
「機巧が必要なら私の出番ですねェ…」
あ…ドワーフの皆さん、カレー好きなんですね…。
そんなこんなで開発されたのがこの移動式のパン焼き窯。ちなみにかなり重い。そりゃそうだ、大型の車体に石組みの窯が付いているのだから。
ドワーフの皆さんか、ナジナさんでもなければまともに引けやしない。しかし、これでこの誰もが見ているこの場所でパンを焼ける。
実はマオンさん宅にはすでにガントンさんが組み直し、ゴロナーゴさんたち鳶職の皆さんが加わった事で立派な煙突までついたパン焼き窯がすでにある。
ここでパンを試しに焼いたらもの凄く香りも良く美味しかった。
しかし、販売するとすれば焼いた後に時間が経ってしまう。あの余程の名店でもなきゃ嗅ぐ事が出来ないような極上の香りが失われていく。
それを残念に思い、ガントンさんに相談したのだった。
それが今、日の目を見る。たくさんのお客さんが来てくれれば、これ以上ない復活劇の目撃者になる。
さあ、始めましょうか…。僕とマオンさんが夢見た大きな目標。パン焼き窯の復活とマオンさんの焼いたパン販売を。
この商戦に花を添える鮮烈なる復活劇を!もうマオンさんに悲しい顔はさせない。