第156話 働きたくないでござる
兎獣人族のミミですが、声質は声優の茅原実里さんをイメージしています。
「明日は『かれー』が食えるぜぇ!!」
並んでいる冒険者たちが大歓声を上げる。
「ちょ、ちょっと!『かれー』っらてなんなんだい?」
行列に並んでいるおばちゃんが興奮している冒険者に尋ねた。
「ん?ああ、『かれー』ってのはなあそこにいる坊や…、あー、黒髪の兄ちゃんがいるだろ?あの兄ちゃんが作る香辛料の入った料理だ!」
「ああ、ありゃあヤベえぞ!マジで美味え!」
「なんたって香りがたまんねえ!」
「食わなきゃ人生損してるよな!」
興奮気味におばちゃんに説明する冒険者たち。
「ほほお…、『かれー』ですか」
ヒョイさんが声をかけてくる。
「私も噂に聞いていましてねえ…。ついにその味を知る事の出来る日がやってくるとは…。これは明日も楽しみです」
そのヒョイさんの陰からひょこっと長いウサ耳少女が現れる。ミミさんだ。
「ゲンタ、『かれー』に…人参入る?」
「ええ、入りますよ」
「ふおおおっ!!」
ガバッ!ミミさんが飛び付いてくる。首筋に手を回し、足は僕の腰あたりに巻き付く。すりすり…、この間は首筋のあたりに頭を擦り付けてくるだけだったが今日は全身で擦り付けてくる。
スリムな体型のミミさんだがやはりそこはい女の子。高めの体温と相まってその感触が伝わってくる。
「明日も、来りゅ」
ミミさんがさらにギュッと力を込めて抱きついてくる。
「だからダメだって言ってんだろッ!」
マニィさんが僕をミミさんから解放すべく飛び込んでくる。
「次、アタシねー!」
「んじゃ、その次〜」
兎獣人族の女の子たちが順番待ちを始めていた。
□
さて、もうすぐ夕方の部の焼きそば販売の開始の頃合いかな。
見ればヒョイさんたちも帰り支度を始めるようだ。社交場や劇場、酒場での営業に戻るのだろう。
「働きたくないでござる!」
そんな時、兎獣人族の女の子の一人がそんな事を言い出した。
「どーしたの?ルロ」
「働きたくないでござる!働きたくないでござる!」
見れば分厚そうな眼鏡をかけ、前髪は長め。なんだろう、可愛いのだろうけどなんとなく陰キャっぽい雰囲気だ。ちなみに頬に十字の傷はない。
「…というより、ここから離れたくないのでござる!」
うん、なんか変な人だ。でも、この人を見た事あったっけ?これだけキャラが立っていると一度見たら忘れないような気がするだろうけど…。
「でも、酒場始まるよー!?」
「むむむ…でも。この人参からは離れられないでござる」
「それは分かるけどー」
「ふむ…困りましたな…」
様子が変な事に気付いてヒョイさんがやってきた。
「心からの笑顔なくして、人を笑顔には出来ません。それゆえルロを無理やり連れ戻す訳にもいきません…」
ヒョイさん、優しいんだな。あるいはプロ精神なのかな。心に何かつかえがあっては心からのサービスが出来ないと考えているのだろう。
しかし、そのヒョイさんも困り顔だ。
「ヒョイさん、ミミさんたちやメルジーナさんはみんな別々の場所で働いているのですか?」
「酒場と劇場ですな…」
「だとすると…、ここで営業はできませんか?」
「ん、どういう意味ですかな?」
「ええと…、ルロさんでしたっけ?」
「はい、拙者ルロというでござる」
「ルロさんはここから離れたくない、でも仕事がある。なら、今日は特別に屋外営業としてみてはいかがでしょう?」
ふむ…、とヒョイさんが何かを考えている。
「しかし、それではゲンタさんにご迷惑がかかりませんか?」
「いえ、実は僕にも利点はあります。彼女たちがいたおかげでそれを目当てに集まった男性客は少なからずいました。幸い、この広場の中央部は全部使って良いという事になっています。なら使わない手はありません」
「なるほど…、しかし酒場は夜に開くもの。ここでは真っ暗になってしまいましょう」
「それは大丈夫です。サクヤ、出てきて!」
ポンッ!そんな音がして光精霊サクヤが現れる。
「おおっ!精霊が…」
「実は光精霊たちが力を貸してくれています。サクヤを入れて十人。このあたりを照らすには十分かと思います」
「なるほど、なるほど…」
「ですからヒョイさんはお酒などを酒場から持ってきていただければ…。場合によってはこちらで出せる料理もあります。人参の牛酪甘煮とか、棒状切とか…。あるいは猪肉を焼いたものとか…。そのあたりは営業しながらという事になりますが…」
「ふむう…、それは面白い。となると…ゲンタさん、我々がこの敷き物
を敷いたこの場所をお借りしますがよろしいですかな?」
横にいたシルフィさんを見る、彼女は頷いた。
「大丈夫みたいです」
「では…、取り急ぎ手筈を整えます。酒場に人を出して参りましょう。しばし失礼…」
そう言ってヒョイさんは酒場に使いを出す為にこの場を離れた。
さて僕たちは…焼きそばの販売を始めますか。
□
「お願いしまーす、グラッセ三皿〜」
「猪肉焼き、『しおこうじ』で〜す」
給仕をする兎獣人族の子たちの声が響く。
屋台の隣のスペースの臨時の酒場では敷き物の上に座るというスタイルで満席である。価格は屋台の倍の銀片ニ枚(二千円)だが盛況である。
その他に酒を売り、臨時酒場は盛り上がる。奥ではメルジーナさんが歌っている。それは結ばれる事のない恋の歌。種族が違えば子を成せず結婚する事が出来ない、ゆえに結ばれぬ恋のまま…どれほど月日が流れても…というようなものだった。
その間にも焼きそばは売れに売れる、ダン君やギュリちゃんが肉や野菜を切る。なんとその横ではヒョイさんも包丁を振るう、酒場で出す野菜スティックなどを作っているのはヒョイさんだ。
「料理は私の生きがいの一つでしてね」
そう言ってヒョイさんは事もなげに笑う。
「ゲンタ殿、かたじけない」
給仕を担当しているルロさんが焼きそばの横で焼いていた猪肉の塩麹焼き受け取りに来た。
「拙者がワガママを言ったばかりに…」
肉を紙皿に載せ彼女に渡した。
「いえ、大丈夫ですよ」
じゃあ〜!!液体ソースを麺に絡め鉄板に垂らしたソースが音を立てる。
「おかげでこうして千客万来、ありがたい事ですよ。さあ、熱いうちに届けて下さい」
「はいっ!」
そう言って彼女は給仕に向かった。
見上げれば光精霊たちの浮かべた光の玉が周囲を照らす。臨時の酒場では闇精霊たちが浮かべた闇色の玉…、それがある種の猥雑な雰囲気を添える。
行列の向こうではゴロナーゴさんやガントンさんらが相変わらず酒盛りをしている。その輪にナジナさんがいつの間にか加わっている。
「グラッセ、追加でござる」
再び現れたルロさん。すると酒場のスペースから声がかかる。
「そろそろ交代だよ〜」
どうやら兎獣人族の皆さんは二交代制にしたらしい。半数は給仕、残る半数は女給として接客するようだ。
「承知したでござる」
そう言ってルロさんは眼鏡を外し、前髪をかき上げた。
「…ッ!!?」
「どうしました?」
あ、あれ?ルロさん口調が変わったぞ。っていうか、ルロさん凄く美人!一気にキャラが変化する。
「い、いえ。お仕事頑張って下さい」
「ありがとうございます」
そう言ってルロさんが酒場に向かった。キャピキャピしている兎獣人族の中においてお姉さん系美人かあ…。
眼鏡を取ったら美少女キャラなんて昔に流行ったいた設定らしいけど…、目の前でやられるとヤバい。
無警戒でいたところにいきなり美人登場、効果は抜群だ!
屋台の行列はまだまだ続く、広場の屋台ってこんなに大変なんだ。人が後から後から続いていく。まだまだ頑張らないと。
それにしても屋台って儲かるんだなあ…。既に売り上げは日本円にして百万円は軽く超えている。これだけ人がいるのならあの川べりの連中も少しは売れているのだろう。
一方的に売り上げで勝てたかは分からないな…。
《次回予告》
ゲンタたちが驚異的な売り上げを上げる中でハンガスとブド・ライアーの屋台の売り上げやいかに?ブド・ライアー視点で今日一日の売り上げを総括する。
次回、『異世界産物記』第157話。『塩商人』ブド・ライアーの本気。
商業ギルド副組合長の本気がどれほどのものか…、君は奴の涙を見る…。
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