第155話 汚物は下水に流すもの(後編)
チンピラたちへの、ざまあ回です。
「あなたはもう…、終了んでいる」
シルフィさんの珍しく低い声が響く。
「な、なにおォ!…ぐっ、があはっ!」
突如苦しみだすデニム。しかし、シルフィさんが自分の髪の毛一本でしたなんらかの力で身動きが取れないので、立ち上がった姿勢のまま何やら呻き声を上げている。
「自分の胸を見なさい。それは死に相応しいものに刺さる光の矢…」
デニムは動かない体の代わりに視線だけを下に動かし自分の胸元を見た。
「な、何じゃア、こりゃ?何じゃア、こりゃあ?」
「それは貴方の心臓の中心を貫通している。下手に抜こうとすれば、心臓から血が溢れ出し胸すら張り裂けて即座に死を迎える事になる…」
「な、何を馬鹿な!このクソ女がッ…、うぐうぅぅ…、はあっ、はあっ」
「無闇に興奮しない事ね…。下手をすればそれだけで死に至る…」
荒い呼吸をして恨めしそうにシルフィさんを睨みつけるデニム。だが、それさえも心臓に負担をかけるのだろう、再びデニムは呻き声を上げる。
やがてデニムは卑屈な笑顔を浮かべ、シルフィさんに話しかけた。
「な、なあ。たまたまだったんだ。たまたまアンタらの屋台の景気が良いみたいでよう…で、出来心なんだ。反省している。だ、だからコレを抜いちゃくんねーか?これからは真っ当に働くからよう…」
絶対にウソだ、前金をもらって人数を集めて襲撃して来たんだ。たまたまの出来心では決してない!
「良いでしょう…。ただ、忘れない事ですね。この光の精霊力は私が死ぬまで続く…。エルフ族の寿命はおよそ800年から1000年、あなたの一生の時間では終わらない罰の時間…」
「あ、ああ…。約束する、約束するから早くコレを抜いてくれよッ!俺は心を入れ替えたからよう!」
シルフィさんは頷く。まさか、こんなヤツの戒めを解くのか…。コイツは改心なんかしちゃいない、今回みたいに金を受け取って誰かを襲撃したり金を脅し取ったりしているに違いない!ダメだッ!
「シルフィさんッ!絶対ダ…」
絶対ダメだ…そう言おうとした時、シルフィさんがこちらを見て頷く。分かっているとばかりに。
そうだ、シルフィさんは聡明な人だ。僕でさえ考えつく事に思い至らない訳がない!きっと、何か考えがあるんだ…。
「動いてはいけませんよ。わずかでも手元が狂えばそれまで。ただ、コレを抜けば心臓からはこの髪が抜け、体はまたすぐ動くようになる」
「な、何?体がすぐ動くようになるのか?」
「ええ、コレを抜けばすぐにね」
にやあ…、デニムが口元に薄ら笑いを浮かべるのが見えた。絶対、コイツは反省していない。何かやるつもりだ!まずい、シルフィさん!
だが、僕の心配をよそにシルフィさんは神速とも言える神業で髪の毛をデニムから抜いてしまった。
シルフィさんの手元は先程のように光り輝いてはいない。きっと光精霊の力が髪にもう宿ってはいないのだろつ。
「今からでも改心するのですね、まだ間に合うから…」
そう言ってシルフィさんはデニムに背を向けた。その瞬間、デニムの顔が悪意に満ちたものになる!
「体が動きゃこっちのもんだ!」
どこかに隠し持っていたんだろう、デニムはナイフを抜きシルフィさんに斬りかかる。
「テメェが死にゃあこれが解けンだろ!?だったら寿命まで待つ事ァ無え!今ここでブチ殺しゃよォ!!」
「シルフィさんッ!!」
他に合わない、そう分かっていでも僕は駆け出した!
□
「うぐッ!うがあああッ!」
ナイフで斬りかかったデニムであったが、次の瞬間には苦悶の表情を浮かべ地面を転げ回る。
「言ったはずよ…。今からでも改心しろと…」
えっ!?嘘?
走り出した僕は勢い止まらずシルフィさんに突っ込んでしまっていた。ぶつかってしまったが、それでも弾き飛ばしたりしないようにする。何と言うか…向かい合うように抱きしめる形になってしまった。
「きゃっ…」
シルフィさんの戸惑う声、僕はと言えばそんな彼女から視線を逸らす事が出来ない。き、綺麗だ…。
「「「あああああ〜ッ!!!」」」
マニィさんとフェミさん、遠くからメルジーナさんの声が聞こえる!
そして相変わらずデニムは地面を転げ回っている。
「コホン…、安心して下さいゲンタさん。髪こそ抜きましたが、光精霊の力はこの者の心臓に残っています。この者が邪な心を抱くたびに苦痛が襲うでしょう。たとえ出来心でも青銅貨の一枚でも盗もうものならより激しい痛みが伴う。それがこの者への罰となります」
さすがシルフィさん、既に手は打っていたんだ…。とりあえずゆっくりと彼女から体を離す、個人的には凄く名残惜しい。
「よおーし、野郎ども…この馬鹿共をいっちょ懲らしめてやンぞ!善良な町の衆に迷惑だけかけなけりゃ…、構う事ァ無え叩ンじまえ!!」
ドワーフと猫獣人族の有志連合がチンピラたちに襲いかかる。
「おらぁ、行列に並ぶ皆々様が退屈なんかしねえように派手にやれよォ!ただし、屋台には当てんなよォ!」
「いくぞ弟よ!」
「応ッ!兄貴ィ!」
ドワーフの兄弟が畳二枚分くらいの巨大看板を二人がかりで持ち上げ、チンピラの一人に振り下ろした!たちまちノックダウン、観衆がわあッと盛り上がる。
意外と女性たちはこういうのが好きみたいで応援している。特に兎獣人族のみんなはノリノリだ。
「ぬうっ!あれぞまさしく『通符拉屯』」
「知っているのか!?バイデン!!」
冒険者ギルドで見かけた事のある、髪を剃り上げ口ヒゲをたくわえた人が何やら解説している。おかしいな、日本でも見た事があるような記憶がある。
「だ、駄目だ、俺たちだけでも逃げるぞ!」
「ええいっ!邪魔だ、どけっ!」
最後方にいた二人のチンピラが逃げ始める。
「どこに行くのかな〜?」
「逃す訳にはいかないよ」
ナジナさんとウォズマさんが逃げる二人に立ち塞がった。さっそくナジナさんが一人にアイアンクローをキメている。そしてそのまま持ち上げた、周りから歓声が上がった。
「へッ!あの二つ名付きの冒険者たちと並んで喧嘩出来るなんて今日は最高だぜ!」
ゴロナーゴさんはご満悦だ。みんな腕に覚えがある人たちばかりなのでチンピラたちはあっさりと鎮圧された。
「ケッ!この町の汚物どもが!」
ゴロナーゴさんが呟いた言葉を聞いてナジナさんが何かを思いついたようだ。
「町の汚物か…、そりゃ良いな!!
「ん?どうした、『大剣』の?」
「こうしようぜ…」
ナジナさんがゴロナーゴさんに何やら耳打ちする。
「そりゃあ、良いぜ!この町が少しは綺麗になるぜ!」
「よし、ガントン、ゴントン、あと手の空いてるヤツらは手伝ってくれ!」
そう言ってナジナさんはチンピラのうちの二人をそれぞれの手に掴み上げた。ガントンさんらも同じように、あとの四人は喧嘩に参加した人が協力して担ぎ上げて広場の外れの方に連れて行った。
「お、俺たちをどうする気だ!?」
チンピラがまくし立てる。
「あ、お前らは町の汚物だろ?で、この町では汚物をどうしてる?そうだ…下水で流すよなあ?」
「そういうこった。この広場の外れにはい〜い臭いのする川が流れてるよなあ!あれ、下水って言うんだぜ!」
「よ、よせ!やめろ!!もうしねえ、この通りだ!」
「そんなモン誰が信じるか!」
「よーし、俺からやるぜー」
ナジナさんがポーンと遠くに、放物線を描くように一人のチンピラを投げる。
「次はワシじゃ!」
ガントンさんはナジナさんに比べると上背が足りないのを遠心力で補うべくジャイアントスイングで投げ放した。
ポンポンと投げ込まれるチンピラたち。そのたびに上がる大歓声。
町で普段から疎まれるような事をしていたのだろうな。汚物が流れる下水に放り込まれ同情の声は上がらない。
ふわり…、僕の目の前に水精霊セラが何か言いたげに僕を見つめ浮遊する。僕は頷く。
「セラ、何か考えがあるんだね?分かった、思う通りにやって!」
頷くとセラは一瞬姿を消し、次の瞬間にはセラとさらには同じ水精霊たちが現れた。友達を呼びに行っていたのか…。そして彼女たちがドブ川に向かって飛んでいく。
「ナジナさん、セラたちが何かするようです!」
「分かったあ!」
そう言って最後のチンピラを投げ込む。
そして、セラたち水精霊は両手を高くかかげるとそれを振り下ろした。
次の瞬間、凄まじい汚物まみれの濁流がチンピラたちを押し流していく。これは…アレだ!まさに水洗トイレで汚物を一気に押し流すようなそんな感覚。あっと言う間にチンピラという町の汚物は視界から消えた。おそらく、暗渠(地面の下を流れる川の事)を利用した地下の下水道に流されて行ったのだろう。
「ありがとう、セラ!水精霊のみんなもありがとうね。もし良かったらたい焼きを食べでいって、甘いお菓子だよ。セラと同じようにお酒が好きだったら夜に出せるから。ぜひ食べていって」
セラが水精霊の友達に何かを伝えている。すると、みんなが残ってくれるようだ。「みんなもおやつにしようね」
そう言って僕はサクヤたち、他の精霊たちも呼んだ。こうして僕らの屋台は窮地から脱したのだった。しかし…カグヤだけがいない。どこかに行ったのだろうか?
□
「クソッ!アイツら…絶対許さねえ!」
「冒険者ギルドのヤツだけじゃねえ!町のヤツらもだ」
「誰だろうと構わねえ、ぶっ殺しちまおうぜ!」
胸に光精霊の戒めを受けたデニム以外が流された先の地下下水道で悪態をついている。
「だが、一番はあの屋台をやってたアイツだ!アイツさえ素直に言う事聞いてりゃよう!」
「ああ、まずはアイツだ!見つけ次第血祭りに上げて金を踏んだくるぞ!」
「おおっ!やってやるぜ!だが、まずはここから出ねえとな、真っ暗でかなわん!」
真っ暗な下水道、時折差し込む頼りないわずかな光はこの下水道の本流に流れを合流させる為の細いドブからのもの。それを頼りに水面の動きから下流へと歩を進める。
そして少し大きな光源があるのを見つける。外の様子が見えればここがどの辺か分かるし、もし人が通れるような大きさの穴にでもなっていればそこから地上に出る事が出来るかも知れない。
「お、おい!手を貸せ。一人じゃムリだが、押し上げれば出られるかも知れねえ!」
先行した一人が大声で後続を呼ぶ。
「おおっ!確かに何とかなるかも知れねえ!」
「なら、こんな臭え場所からオサラバだ!」
「あの野郎、ソッコーで復讐してやンぜ!」
息巻いた彼らだがそれを実行する事は出来なかった。
「よし、俺を担ぎ上げろ!」
仲間に担ぎ上げられた男が地表に向け手を伸ばしたその時、異変が起こった。
光が差し込むスペースに突然一人の少女が現れる。
「うおおっ!!?」
バシャンッ!!上になっていた男は驚いてバランスを崩し落下する。
「こ、こいつ、なんだ!?ちびっこいナリしやがって!」
「せ、精霊ってヤツか!こりゃあ良い、捕まえりゃ高く売れるんじゃねえのか」
「かまう事無え!やっちまうぞ!」
現れた精霊、カグヤを取り囲む。中には刃物を抜いた者もいた。
次の瞬間、カグヤは『にこ…』と静かに笑う。
「こいつ、笑ってやがるぜ!」
「自分がどういう状態か理解出来ねえんじゃねえの?」
そう、確かに理解をしていなかった。理解していなかったチンピラたち…。
カグヤの体が一瞬闇を纏う。それは次の瞬間にはカグヤの体を離れチンピラたちの両目を塞ぐ。『盲目の闇』、カグヤの力の一端である闇をチンピラたちの両目に与えたのだ。
「な、なんだ、目が…、目が見えねえ!」
そこにいる全員が視力を失った。何処に向かっているかも分からない地下下水道、立って歩ける場所だけとは限らないし一本道でもない。助けてくれる通行人もいない。否、入ってこようとする者もいない。
何も出来なくなったチンピラたちを確認するとカグヤは姿を消した。その後、チンピラたちを見た者は誰もいない。そしてその事を思い出す者も誰もいなかったのである。
□
一方、僕はと言えばたい焼きを焼いている。…が、新たな窮地を迎えていた。
「あ、姉御ぉ〜、ズルいぜ。ズルいぜ!」
「うん、あの時のシルフィさん、女の顔してましたぁ!」
「旦那様!私というものがありながら…!」
屋台のスタッフ側スペースで色々と言われている僕とシルフィさん。しかし、何と言われようとも甘味を売っている時の彼女は僕の横を離れようとはしなかった。
「一夫多妻…」
「なぜミミさんまで…」
ミミさんが僕の背後に回り込んでいる。屋台の隅では可愛いらしく頬を膨らませたアリスちゃん。ものすごく機嫌が悪そう…。
どうしてこうなった?
そこにカグヤが目の前に現れる。『にこ…』、月のような静かな微笑み。
「おかえり、カグヤ。たい焼き、出来てるよ」
そう言うと、彼女は自分の唇のあたりをツーッと指でなぞった。『食べさせて』の合図だ、出来立てのたい焼きを少し千切って彼女の口元へ…。目を閉じてたい焼きを口にするカグヤ、かすかに指先に彼女の唇が触れた。
ぺちん!近づいてきたアリスちゃんが僕の太ももを叩く。
「私にも!」
うーん、アリスちゃんて最初人見知りするタイプじゃなかったっけ?どうしてこうなったんだろう。とりあえずたい焼きをまた少し千切ってアリスちゃんに。ぱくっ!うーむ、可愛い。美少女というのはやはりなにかとトクだねえ。
あ、粒あんがあと2キロしかない。
「すいません、たい焼きはあと四十人様分で完売です!」
お客さんに声をかけた。
「みんな、もうひとふんばりお願いします」
「あいよ!」
マオンさんの声が響いた。他のスタッフは、ダン君とギュリちゃんを除いて何やらおかしい。忙しかったもんなあ…。
ちょっと休憩は長めに取ろう…。