第154話 汚物は下水に流すもの(前編)
「テメェらよォ…、誰に許可得てここで商売してンだよォ!」
突如現れたチンピラども、屋台のそばでまくし立てる。
「商業ギルドに許可得て店を開いてるんで。文句なら商業ギルドへどうぞ」
僕の返答にチンピラどもはいきり立つ。
「ンな事言ってんじゃねえよ!」
「さっさと店をたためッ言ってんだよ!テメェ馬鹿か!?」
コイツよりはアタマ悪くないと思うんだけどね…。
「たたむだけじゃねェ!金も置いてけや、コラァ!」
「そーすりゃ、命だけは助けてやるからよォ!」
「ま、俺たち優しーからよォ、多少痛めつけるくらいで我慢してやンぜ?」
何が店をたためだ、金よこせだ。痛めつける?ふざけるな、ただの物盗りじゃないか。
マニィさんは既にたい焼きを焼く手を止め、千枚通しを置いた。やる気のようだ。だが、チンピラの数は多い。
「なんだったらココに並んでる奴からも金集めても良いンだぜ。金はある方が良いからよォ!」
そう言って並んでいる人たちに視線を向ける、これが恐れていた事だ。確かにマニィさんやシルフィさんがいれば太刀打ち出来るだろう。だが、一度に相手に出来る数には限りがある。
フリーに動けるチンピラが周りのお客さんに危害を加えるかも知れない。
「まあ、小銭はどーでも良いンだけどよォ。先に前金もらってるからよォ。だが、コイツらにゃ今日の売り上げがあるモンなあ、それを俺たちが有意義に使ってやるからさっさとよこしやがれ!」
前金?
…って事はコイツら偶然やって来たのではなく、何者かから言われて来たんだ。ハンガスか….ブド・ライアーか…。あるいはその両方か…。
資本主義においては金は第二の血液だ。無くなれば生存が厳しくなる。手持ちが多ければ大損失を出しても耐えられる、人体で言えば大怪我してもまだ体内に血液が必要量残っていれば生きながらえる事が出来るようなものだ。
その人の経済的耐久力…とでも言ったところか。
「嫌だ、と言ったら?」
チンピラはいきり立った!
「逆らってンじゃねえ!!」
「テメェは言われた通りにすりゃ良いんだ!」
「面倒だ、もうぶっ殺して盗っちまおうぜ!」
「最初からそうすりゃ良かったんだよォ!」
ふざけるな!この売り上げはみんなで働いて得たものだ!お客さんが来てくれたから得る事が出来たんだ!
僕は戦った事はない。ロクにケンカの経験も無い。
だからと言って『はい、そうですか」なんて言うつもりは無い。
「お前らにやるものは何一つ無いッ!」
僕は言い放つ。
「今すぐあの世に送ってやンぜぇ!」
僕は思わず身構える。その時!
「だったら俺がこの喧嘩買ってやるぜ!」
「ゴ、ゴロナーゴさん!?」
□
「ンだァ?テメェ…?おっさんが出てくるトコじゃねえんだよ。殺しちまうぞォ!!?」
あと数センチで触れ合うくらいの距離で睨み合うチンピラとゴロナーゴさんの二人。
「殺してから言え、バカタレが」
「ッ!?クソがあっ!」
チンピラはゴロナーゴさんの胸ぐらを掴み殴りかかろうと反対の手を振りかぶる。
「がべっ!!?」
だが次の瞬間に間抜けな声を上げていたのはチンピラの方だった。
ゴロナーゴさんがチンピラの鼻っ柱に自らの額を打ちつけた、いわゆる頭突きだ。
鼻が潰れたせいか、あるいは流れ出る鼻血のせいか、フガフガと言葉にならない声を上げ一撃で戦意喪失したようだ。
グイッ、そんなチンピラの胸ぐらを掴み返しゴロナーゴさんが低い声で
「テメェ、さっきなん言ってたかな。いけねえ、いけねえ、最近物忘れひどくてよォ…。思い出さねえとなあ….確か…」
さらに一撃、顔面に拳がめり込んだ。
「殺しちまうぞォ…、だったか?」
倒れた男はもはや声も出ない。
「じゃあ…、俺もやって良いよなァ…?そうじゃねえと…不公平だもんなあ…」
「ゆ、ゆるじ…」
「あーん?聞こえねえなあ。ハッキリしゃべれや。さっきまでみたいによォ…」
そう言いながらゴロナーゴさんは靴の爪先を倒れたチンピラの口の中にねじ込む。
「親分もキツいお仕置きが好きだねえ。それじゃ、しゃべりたくてもしゃべれないでしょうに」
いつの間にかゴロナーゴさんと同じ猫獣人族であるミケさんが近くに立っていた。
「まあな…。おい、クソガキ。俺は猫獣人族でな…」
ぐいいっ!どうやら爪先に体重をよりかけたようだ。苦しそうな声が漏れる。
「知ってるか?猫ってな、じっくりといたぶってからネズミ殺すんだぜ…」
悪い笑顔を浮かべながらゴロナーゴさんが凄む。
地面で仰向けのチンピラは声も出せずらイヤイヤと首を振る事しか出来ない。
「なるほど、死にたくねえか…。じゃあワビ入れるか?」
首肯くチンピラ。
「よし!なら後は口だけ動きゃワビは出来るな。感謝しろよ、今から口以外を徹底的に潰してやンぜ」
ゴロナーゴさんが低い声でそう言うとチンピラは絶望的な顔をしてパタリと倒れた。あまりの恐怖に気を失ったらしい。
「根性無しが…」
心底つまらないといった顔で男の口から靴先を外し、唾液まみれになった靴を男の着ている服で拭い始めるゴロナーゴさん。
周りから歓声が上がった。
一方、ゴロナーゴさんの強さに度肝を抜かれていたチンピラたちだが、一人が我に返った。
「よくもジーンを!!」
仲間がやられた事に怒りを覚えたか、チンピラがゴロナーゴさんに迫る。なんか、こんな場面見た事あるな…。もしかしてコイツの名前はデニムだろうか?
あと思ったんだけど、ジーンとデニムってジーンズから適当に着想を得た名前だろうか?
ばちんっ!物凄い強烈なビンタがデニム(仮)を直撃。その一発でデニム(仮)はみっともなく地面を転がる。
「デ、デニム!!」
仲間のチンピラたちが奴の名を呼んだ。やはりデニム(確定)だったか…。
「う、うぐぐぐ…。おい、奴は一人だ全員でかかればなんとかなる。やれえっ!」
立ち上がりながら叫ぶデニム。残りのチンピラたちがゴロナーゴさんに迫る。
「親分ッ!」「親分ッ!」
ゴロナーゴさんの弟子たちが飛び出してくる。
「ワシらも混ぜてもらおうか、兄弟」
ガントンさんらがゴロナーゴさんの近くに来ていた。
「先程、ゲンタさんを殺して金を盗ると言いましたね?」
シルフィさんが立ち上がったデニムの背後に回っていた。シルフィさんの手元がキラリと光る。なんか必殺の仕事をする人にこんな人いたな…。祖父と時代劇の再放送で見た事ある。トランペットの音が今にも聞こえできそうだ。
「ぐうっ!!…な、なんだ。体が動けねえ…」
「これですよ」
シルフィさんがデニムの首から何かを抜く。金色に光る、スパゲティーを物凄く細くしたようなもの。
「ああ〜、アイツ終わったな」
「久々に見るよぉ。シルフィさんの激おこ」
「ダンナ、愛されてるねえ…。姉御は本当に大切なモンに何かあったらマジギレするから」
「うん。あの人、死ぬより後悔するよ」
何それ?怖い。
「私の髪に精霊の力を宿らせたもの」
シルフィさんの髪だったんだ…。それがあんな針みたいにピンとするなんて。…あれ?待てよ?
メルジーナさんが言ってたよな。どんな種族の人でも女性の髪はとても大切だって…。一本とは言え…髪を…。
「それがなんだってんだ!そんなモンで人が死ぬか!」
「あなたはもう…」
シルフィさんの手が素早く動く。
「終了んでいる」
「な、なにおォ!…ぐっ!があはっ!」
デニムが突然苦しみ出した。