第152話 似て非なるもの
完売御礼。
現在、屋台を閉めてみんなで休憩をしている。
「ああ、疲れたぜぇ…」
屋台の後ろのスペースにブルーシートを敷き、ゴロンと横になったマニィさんが開口一番率直な感想を声にする。
「もう、マニィちゃん。ここ町の中だよぉ」
年頃の女の子が町中で横になるなんて…といった感じにマニィさんを、たしなめるフェミさん。
「でも、無理からぬ事ですよね」
日の出頃の…早朝から働いているんだ。疲れもする。それにこれから甘味を販売するし、夜は焼きそばだ。体力があった方が良いに決まっている。
「女王の刻(午後三時頃)より少し前くらいに再開しましょう。それまでは休みましょう、仮眠を取るのも良いかも知れません」
「よし、じゃあオレは寝るぜ」
「なら…」
そう言ってシルフィさんが何やら魔法を使ったようだ。するとマニィさんの体の上に大きな葉っぱのようなものが現れた。
「おっ!暖かい!こりゃ良いぜ!」
気持ち良さそうでマニィさんが喜んでいる。
「ホントだよ、こりゃ凄い!」
見れば寝転んだマオンさんの上にも葉っぱが出現している。
「この敷き物の上に寝転ぶと現れる毛布のようなものです。植物の精霊の力を借りています」
シルフィさんがこの状況の説明してくれた。
「うーん…、これなら下衣でも大丈夫…かなぁ」
フェミさんも横になるか悩んでいる。
「昔はよくこうやって二人で並んで寝たもんだよな…フェミ。ほら…ここに来いよ」
ポンポンと自分の隣のスペースを手で叩きながらフェミさんを誘う。
「うん…。マニィちゃん…」
なんでしょう、このマニィさんのイケメンっぷり。凄くナチュラルにフェミさんを横に寝かせて…。声もイケボだし…、ズルイよ。
でも、凄く尊い光景。女の子二人が寄り添って寝てる。写メ撮りたい…。
あっ、そんな事より僕も焼きそば食べて少し休もう。そう思った時、屋台の陰からこちらを見る瞳、座っている僕より少し目線が高いくらい。アリスちゃんと同じくらいの女の子だ。
僕の焼きそばを見ているようだ。彼女の近くを見るが家族と思しき人はいない。身なりは悪くないから普通の町の子なんだろう。
だとすると…、買いたかったけど売り切れたって事なのだろうか?
「…よし」
僕は立ち上がり、屋台の方に歩いて行った。
「一緒に半分ずつ食べるかい?」
その小さな子はコクコクと頷いた。
□
女の子と食べた昼食、その後は僕も仮眠する事にした。さすがに今日は長丁場、少しでも体力はあった方が良い。
屋台や売り上げ金などはシルフィさんが見ていてくれると言う。彼女ほど腕の立つ人はそうそういないから最高の用心棒だろう。
シルフィさんに見張りを任せ僕も横になる。シルフィさんの葉っぱの毛布は温かく、僕はすぐに眠った。
「そろそろです、ゲンタさん」
体を軽く揺すられ、声を掛けられる。
「あ…、はい…んうッ!」
僕は横向きに寝ていたようで、目を開けた直後の光景に動揺する。シルフィさんが…、シルフィさんが僕に寄り添うように寝そべり体を優しく揺すってくれていたのだ!
なんですか、なんですか、この添い寝サービス!お金出しますから明日もまた…じゃないッ!絶世の美人が起きたらそこにいるとか、なんというご褒美タイムでしょうか!
でも、こんな美人に間近で見つめられるのは気恥ずかしい。すぐに『すいませんッ』と言って反対側にぐるんと向きを変える。すると…。
「来ちゃった…」
こちら側にはミミさんがいたのだった…。なんだろう、僕の貞操が危ない。
□
「さて、午後から販売する甘味ですが…」
僕が説明を始めると、『ずざっ!』シルフィさんをはじめとするスタッフ女性陣、ミミさんをはじめとする兎獣人族の皆さんに女人魚族のメルジーナさん、なぜか最後方にいるナジナさん(一人だけ背が高すぎて凄く目立っている)が目前に迫る。ちょっと怖い。
きゅっ。不意に手を握られる。見るとこちらを見上げるアリスちゃん。彼女もまた熱い目で僕を見ている。甘味とはここまで女子を狂わせるものなのか…、一部で男性がいるけど。
「まあ、口で説明するより実際に見ていただきましょう。まずは鉄板を外し、この金型に換えます。次に材料の準備です」
そう言って焼きそばを焼いていた鉄板を外し、両端に取っ手の付いた金型を置いていく。それを三列、設置は終わった。
僕は30リットルサイズの大きな注ぎ口付きのバケツを用意する、もちろん新品のものだ。これに薄力粉二キロと片栗粉を200グラムを合わせた。
「セラ、この入れ物ひとつ分の水をお願い」
2リットルのペットボトルを見せる水精霊とセラはバケツに水を注いだ。そしてセラはバケツの上でクルリとターン、渦を巻き水がかき回される。薄力粉のダマもなく、良い感じに泡が立つ。粉だけでなく空気も若干混じったような状態だ。
それを片手鍋にヤカンの注ぎ口を付けたようなガントンさんらドワーフの皆さん特製の器具に入れて焼き台に向かう。
「これ、平らじゃないね。どうして?」
アリスちゃんが背伸びしながら鉄板を見て言った。
「これはね、焼き上がると魚の形になるんだよ」
火精霊のホムラは準備万端整えて待ち構えている。焼き板は既にホムラによって適温に保たれている。これは何回か試し焼きをしてみて掴んだ温度だった。
薄く…本当にごく薄く油を引いた金型に薄力粉を溶いたタネを縦一列分だけ流し込む、入れ過ぎないようにだいたい七分目くらいの気持ちで。金型のへこんだところにたまったタネを取っ手を軽く持ち上げて金型にまんべんなく行き渡らせる。
この金型は手前に付いた取っ手を使って本の様に開いたり閉じたりが出来るようになっている。それを使ってタネをなるべく薄くパリッと仕上げる。
千枚通しで軽く生地を突いて持ち上げ焼き板に貼り付いていない事を確認し、粒あんを取り出す。1キロ198円、これをこれまたドワーフ入魂の専用器具で50グラムの直方体になるように切る。見た目的には羊羹だ。
それを焼き固まった生地の上に乗せた。
「な、なあ、ダンナ!それ、『あんぱん』の中身だよな?』
マニィさんの言葉に『はい』と頷きながら、僕は既に焼いている隣の列にタネを注ぐ。そして左側にも型にタネを行き渡らせる。
薄皮に仕上げようとしてるのでこちら側も固まり始めた。左側の縦一列も千枚通しでタネが張り付いていない事を確認したら両側を軽く上げて閉じかけの本の様にする。そして、『パタン』。両側の取っ手を合わせ本を閉じるようにする。そして左側を下にして最後にじっくり左側に熱を通す。
最後に両側を軽く持ち上げてから閉じたのは、水平状態からだと薄皮の生地がヒラヒラと飛んで行ってしまう事があったからだ。そしてまた空いた右側の列にタネを流し込む。
「うわあ、本当に魚だぁ!」
アリスちゃんが背伸びして焼き上がった甘味を見ている。
「はい、アリスちゃん」
そう言って僕は最初の一つをいつもパン販売の包み紙にしている肉まんを入れる時によく見かけるあの包み紙にくるんで彼女に渡した。
「良いの?」
僕はもちろんと頷く。
「ゲンタ、私が一番?」
「そうだよ、アリスちゃんが一番だよ」
さすがに最年少の子を後回しには出来ない。
「えへへ…」
アリスちゃんは僕の太ももに抱きつきながら嬉しそうにしている。
「ちょ、アリスちゃん、これじゃ次が焼けないよ」
「良いの〜!」
仕方ない、このまま焼くか…。
「皆さん、少し待ってて下さいね。今は説明しながらだったんで、一列分の七個しか焼いてないけどこれが三倍のペースで出来ますから」
兎獣人族の皆さんを中心に『はーい』と声が上がった。
二つ目を紙皿に乗せて精霊たちに渡すと彼女たちは四人で喜んで食べ出した。
「ゲンタは私が一番♪私が一番♪」
その間もアリスちゃんは凄く上機嫌でくっついたままだ。
「なあ、フェミ」
「なあに、マニィちゃん?」
「やっぱりダンナってさ…」
「うん、天然の『たらしさん』だよね」
「えっ?僕が…何でしょう?」
「い、いや、なんでもねえぜ!」
「それよりぃ、ゲンタさん、これは何て料理なんですかぁ?」
あっ、名前をまだ言ってなかったね。
「これはたい焼きです」
「あーん、私たちも早く食べたい〜」
「おねがぁい!」
「わ、私も!」
「あんなに甘い香りを出されては私も辛抱たまりませんわぁ!」
押し寄せる人波、ナジナさんまで来てる。いやむしろ助けて下さい。ナジナさんならこの人数でもブロック出来ると思うんです。
そんな事を思いながらとりあえず僕はたい焼きを焼くのだった。
□
後に猫獣人族の鳶職棟梁ゴロナーゴは振り返る。
あの『たいやき』、坊やの持ってきた生の魚料理『さしみ』に入っていた『たい』と言う魚の形を模して作った甘味らしい。
これがまたなかなか良い形した魚でよォ、ハッキリ言って俺ァ甘いモンなんて女子供の食いモンだと思ってた。
だが、しかしよォ。しぶーい、緑茶を飲みながら食うとよォ…コレが馬鹿みてーに合いやがる。アレだったら俺も今後は甘味って奴を食ってみて良いかなって思ったぜ。
おっ、一休みは終わりか。ならもうひとふんばりするとしようか。