第151話 『売れない人たち』 ブド・ライアー と ハンガス
売れない。一皿のスープも、たった一個の黒パンも。
塩屋のブド・ライアーとパン屋のハンガスは昼過ぎに連れだって広場の中央部を見に行った。そこには黒山の人だかり、誰も寄り付かない自分たちの川べりのスペースとは大違いだ。
「ど、どうなってやがるんだ!?冒険者ギルドなんて獲った肉をそのまま焼いて食うような連中だろッ!?それがなんで!」
「お、俺の店は塩も、こないだよりはマシな野菜を入れたスープにしてんだぞ!なぜだ、なぜ売れねーんだ!」
簡単である。全てが悪いのだ。
食べ物を扱うには悪過ぎる環境。悪臭漂うドブ川べり、水面には時にゴミや汚物が流れていくのが目につく。誰もそんな所には行きたくない。
そして何より売っている食べ物が美味しそうに感じない。
ハンガスの扱うパンはいつも店に並べている物だ。小麦を使った高級な…いわゆる白パン、焼きたての時なら香りが周囲に広がるが、すでに冷めてしまっていて余程近くに鼻を寄せて嗅がなければ香りなど感じもしない。
ましてやそれは高級品、持ってきた商品はほとんど黒パン。固くて酸っぱい食べ慣れた庶民のパンである。
一方のブド・ライアー。何の肉だか覚えていないが、そんな肉の切れっ端と多少マシなクズ野菜を入れた塩味のスープである。
普段の町中で売られている薄い塩水みたいなスープと比べれば、同程度よりは塩味が強い分マシと言えるくらいの物である。スープというより「先程の具材の茹でたもの、煮汁付き』というのが正確かも知れない。
競争相手…、ゲンタの屋台で販売されている焼きそばはそれとは正反対である。闇精霊たちの障壁により悪臭は全てシャットアウト、さらには焼きそばのニオイが障壁によりこちら側にこもる。そのニオイが居並ぶ町衆をさらに夢中にさせる。
また、光精霊たちの力で周囲は清潔そのものだ。なんせドブ川を一瞬にして清流へと変えてしまう程だ、広場は居心地の良いまさに快適な空間。誰もが気持ち良く焼きそばを楽しむ。
さらにはここ異世界では見た事もない色鮮やかな人参にキャベツ、そして甘辛いソースに肉と麺。それをゲンタたちが手際良く炒めていく。
熱い鉄板で音を立て香りを振りまくソースの存在。ニオイを嗅ぐだけで人々をさらなる空腹…、飢餓と言っても良い状態にする。喉から…いや胃袋から手が出る程に切望し、やっとありついた焼きそばの美味さ…。まさに人々は狂喜した。
□
環境も味や香りと言った品質も大違い。
ゆえに焼きそば目当てに来ていた町衆はそんなものには見向きもしない。
その証拠にゲンタの準備した幟旗が掲げられた瞬間、人々はそちらに向かって大移動を始める。ゲルマン民族大移動ならぬミーン町衆大移動である。
その後は人っ子一人近づかない。カグヤの能力で悪臭だけが遮られる闇の障壁が出来た。これは臭いだけを遮断し、他のものは遮らない。
逆に言えばドブ川の周りだけに悪臭がとどまる。時が経てば経つほどに臭いが濃厚となり耐え難い環境になっていく。
「クソがっ!?調子コきやがって!!」
歯ぎしりしながらハンガスがどこかに向かおうとする。
「お、おいっ!どこ行くんだッ!!」
「ヤツらんトコを荒らすンだよォ!!そうすりゃ客も散るだろうがッ!ついでにあンだけ客が来たんだ、金もあンだろうしよォ!迷惑料として踏んだくってやるぜ!」
「バ、バカな!相手は冒険者ギルドだぞ!勝てる訳が…」
「あーん?ビビんじゃねーよ、ビビんじゃ!!別に冒険者があんな売れるモン作れる訳ねーだろ!大方、料理人でも雇って屋台してンだろーよ!なら、そいつから踏んだくりゃ良いンだよ!腕っぷしの強え連中を連れてくりゃイチコロだろ!!」
とにかく俺は行く、そう言い残してハンガスはどこぞに駆けていく。
その場に残ったブド・ライアーがふと広場中央を見ると、『やきそば』と書かれた幟旗がするすると巻き上げられていくではないか!
「そ、そうか。ヤツら、材料を売り尽くしたんだなッ!よし、これで流れはこちらに戻せる、風向きが変われば悪臭も消えるだろう。ここから取り返しゃ良いんだ!」
ブド・ライアーは勝負はこれからだとばかりにニヤリと笑い、悪臭で士気の上がらぬ従業員たちを奮起させようと躍起になる。
だが、ブド・ライアーは知らない。
まだまだこんなものは始まりに過ぎない事を。
ゲンタの焼きそばの販売終了はあくまで一時的なもの。今は夜に向けての準備と仲間たちと交代で休憩する為のものだ。
しかし、その休憩中にすら莫大な利益を得てしまう事を…。
ハンガスは知らない。
悪仲間を集めての襲撃が散々な結果を生む事を…。
今はまだ知らない。
《次回予告》
焼きそばの販売が終了し(昼の部)、一安心していたブド・ライアー。しかし、ゲンタは次の手を打っていた。それはシルフィたち受付嬢も、兎獣人族たちも…町の女性たちをも…ついでその後に何回も買いに来るナジナも一瞬で虜にした。
「こっ、これは…!?」その時、ゴロナーゴは戸惑いをおぼえていた…。
次回、『異世界産物記』第152話。『似て非なるもの』。ご期待下さい。
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