第14話 販売ではなく納品を。もう一つのギルド。
こんな可愛い子が妹だったら良いだろうな…。
嬉しそうにジャムパンを食べるネコミミ少女(シッポ付き)ミアリスさんを見ながらしみじみと思う。
彼女によると亜人化は成長すればある程度は自由にコントロール出来るという。亜人化すると、その動物の特性が体に宿り彼女の場合は聴力が非常に敏感になったり、バランス感覚や身体能力が向上し多少の高い所からなら飛び降りても安全に着地できるという。
しかし一方で、本能的に炎に対しての恐怖が強くなり、身体的には火傷をしやすくなるという。また、人間の状態の時より視力が弱まり嗅覚は増すとの事。良い事ばかりではない、有利不利は表裏一体のようだ。
そのミアリスさんが口を開く。
「そう言えば、お二人は商人組合のせいでパンを売るのは難しくなっていますよね、これからどうするか…、もう決めているんですか?」
そう、目下の問題はパンの販路だ。
いくら日本で買ってきたパンが美味しく、マオンさんとミアリスさんが大絶賛したとしても売る場所がないのではどうしようもない。商人組合で売れないのは勿論の事、町中でも例のハンガスが目を光らせているに違いない。
辻売(道に立って売る人、行商人)をする事に資格は不要だが実際にパンを売ろうとしたら邪魔や嫌がらせをされるかも知れない、ギリアムのような悪漢が絡んできたら防ぐ手段が僕たちには無い。
そもそも商人の活動を保護すべき組合が商人の活動を妨害するのが大間違いなのだ。そして何より…、あの恨みは忘れない。僕がやられた恨みもあるけど、ハンガスとギリアム、マオンさんをあそこまで痛めつけた事、必ず後悔させてやる。
だけど、まずは稼がなくてはならない。パンを売る、しかしその方法が浮かばない。それで僕たち二人は途方に暮れていたのだ。
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そうこうしているうちにミアリスさんはパンを食べ終わった。今は耳も尻尾も引っ込み、どこからどう見ても普通の女の子。
「今の『じゃむぱん』に入っていたのが…、ジャムなんですね。エルフの里でしか作れないという…」
なんだか御伽話でしか登場しないような、伝説級のアイテムを見たかのようにミアリスさんが呟く。
実はそれ半額セール(税抜44円)で買った物なんです…なんて言える訳はなく、僕は苦笑いをする。
「ああ、凄いだろう、ゲンタのパンは!だけど売る相手がいないんじゃねえ…」
マオンさんの応じる声にミアリスさんは少し考えて…、そして徐にこう言った。
「商人として物を売ると、商人組合が邪魔をするんですよね?なら、商人として売らなければどうでしょう?」
ん?売らない?そしたらどうやって稼ぐんだ?なんだかなぞなぞのような事を言われている気がする。まるで一休さんが橋を渡ろうとしたら立札に『このはし わたるべからず」とあったように。結局、一休さんは『はし』を橋ではなく端と書かれているという事にして真ん中を渡って行った訳だが…。
「それは…、どういう意味だい?」
マオンさんが少女に尋ねた。
「町中で売ったら商人組合が邪魔をする。それなら商人ギルドが邪魔出来ない所で、そして販売とならなければ邪魔できないのではないしょうか?」
どういう事だろう?商人ギルドが口出し出来ない所…?まさか闇取引とかのヤバいルートじゃないよね…。
「私が思いついたのは、冒険者ギルドへの納品です」
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ミアリスさんが提案してきたのは、冒険者ギルドへの納品。
「マオンさん、ゲンタさんはおそらく商人ギルドに復帰するのは難しいと思います。それに戻りたくはありませんよね?」
僕もマオンさんもうなずく。もっとも僕は所属した事ないけど。
「私は少しですが治癒の魔法が使えます。なので、怪我をした冒険者の方を治療した事があります。
その怪我した人に応急の治療をしたのですが、完治した訳ではありませんでした。そこでその人は怪我が治りきるまでは無理せず、討伐や狩猟などの危険な物を避け採取した物を納品して暮らすと言っていました。
そこで、町中でパンを売ると邪魔されるなら冒険者ギルドに納品すると言うのはどうでしょう?」
その言にむむむとマオンさんが唸っている。
「た、確かに冒険者ギルドに商人ギルドが口を出す事は普通に考えれば無いじゃろうが…。薬草だ、鉱石だって言うなら納品するのを聞いた事はあるけどさ、パンを納品したなんて話を儂は聞いた事がないよ…」
「ですが、今のままでは町でパンを売れませんよね?ここは冒険者ギルドに売り込みに行くべきだと思います。交渉して…、このパンの価値を分かる人なら耳を傾けてくれるのではないでしょうか?」
「なるほどのう…。冒険者か…。儂がパンを売っている昼間じゃ町の外に出ているだろうからね、これは思い付かんわい」
「そして、売り込みの時は必ず一口食べさせるべきです。パンの中に何かが入っている物なんて聞いた事ありませんし。しかもその中身がジャムですよ、それも混ぜ物なんか入ってないあんなに甘い、素敵なジャム…」
ミアリスさんがうっとりと目を細める。ジャムパンをだいぶ気に入ったようだ。
しかし、この世界では色々と日本とはギャップがある。知らない事がまだまだ多い。パンに中身が入っている事にマオンさんもミアリスさんも驚いていた。
菓子パンを焼くためには何か工夫なり技術が必要かも知れない。あるいは味を付けるための調味料などがなかなかに手に入らないのだろうか…。見聞きするにこの世界の生産体制は基本的に手作業のようだ。となるとその生産量はかなり少ないのかも知れない。
それだけではない、運ぶのだって大変だ。日本のようにトラックで配送されてくる訳ではない。全て人力だ。去年履修した学科の一つ日本商業史で戦国時代の逸話にふれた事があった。当時はいたる所に関所があり、当然通る度に通行料を取られる、すると荷を運んでいる商人は価格にそれを転嫁する。関所は無いかも知れないが人力で町から町へと運べばそれだけ日数もかかるのだ。割高になる、価格的な面で入手しにくい事も考えられる。
また日本でも人や物品が安定して移動、流通するようになるのは、江戸時代を過ぎてからだ。それに布を染める染料になる藍等の商品作物はそれなりに世の中が安定してから流通し出した。
まずは食べるものや生活必需品を調達し、贅沢品はその後という事だろう。なぜならこの町のほとんどの人は染色した服を着ていない。例外もあるだろうが、おそらく手工業なんかもそんなには発達していないように思える。
ジャムパンだけじゃない、他の調理パンなんかもきっと贅沢品なんじゃないだろうか。しかし、次に相手とするのは冒険者ギルド。羽振りの良い大商人を相手にするよりは価格を下げなければならないだろうな。一体いくらにすべきだろう?
いや、それよりもまずは冒険者ギルドが納品を受け付けてくれるかどうか…、僕たちの提案を採用してくれなければ始まらない。
「気合いを入れていかないと…」
僕はそう思ったのだった。
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