第147話 ゲンタ、始まる前から猫獣人族を腰砕けにしてしまう
地球人的な感覚で言えばあと三十分程で出店の営業開始だ。
気の速いお客さんが広場の周りから中の様子をうかがっている。誰もが川べりのあたりに視線を向けている。
今回の広場での催し物は基本的に期間中の出店場所変更はない。
ゆえに前回の出店場所がそのまま今回も適用される。だから焼きそば目当ての人たちはあの川べりを見ているのだ。まあ、それは仕方のない事。だが今回はそれをせいぜい利用させてもらおう。
「おう、坊や。ここだったか!」
そこにガントンさんらドワーフの一行と、ゴロナーゴさん率いる猫獣人族の職人さんたちがやってきた。
本来、一般の来場は時間にならないと不可なのだが、関係者は別だ。ガントンさんらは追加の機材や材料も運んでくれているから入ってこれたのだろう。
「場所が変わったんだな、どうしたんでぇ?」
僕が経緯を話すとゴロナーゴさんは憤る。
「セコいマネしやがって!野郎、男の風上にもおけねえ!股の間にゃ小石でもぶら下げてンじゃねえのか、玉無しが!!」
「それはそうと坊や…。仕上がった鋳物、持って来たぞい。しかし、これをどうやって使うんじゃ?ワシには想像もつかんわい」
「これは二刻くらい後に使うつもりです。でも、まずは前回好評だった焼きそばを作りますよ。みなさんには特製のヤツを作りますから…、さあさあまずは乾いた喉をこれで…」
そう言って4リットルの焼酎と、巨大やかんに入った緑茶を渡す。
「ひょーッ!!坊やは俺たちの好みを先刻御承知だぜ!あ、そうだ。それとコレは…まだ使わねえのかい?おめえさんとマオンの力作だろう?」
ああ、それは…と僕は前置きして返答する。
「実は最初から使おうと思っていたんですが、あのブド・ライアーとかが喧嘩を売ってきたので予定を変える事にしました。一泡吹かせてから、喧嘩口上代わりにブチ上げたいと思いましてね」
「ほう…喧嘩だって!?」
腕まくりしながらゴロナーゴさんが身を乗り出す。
「いや、これは商人同士の戦いです。どちらの方が優れた商人か…腕比べみたいな物です」
「斬った張ったじゃねえのかい?」
「そうなりますね」
僕は焼きそばを焼き始める。
「あれ?ゲンタ、それはこないだのと香りが違うね」
「はい、マオンさん。これは塩焼きそばです」
「ほう…、塩?」
「あの『しおこうじ』みたいなモンだべか?」
ドワーフの兄弟も興味を持ったようだ。
「麹は入ってはいないんですがね、これには海産物が合うと思いましてね。ゴロナーゴさん、期待して下さい」
「なるほど、俺たち向きってやつかい」
僕が頷くとゴロナーゴさんは嬉しそうにしていた。
「よっし、ドワーフの兄弟!いっちょ酒盛りといくか!坊やの酒だけじゃ足りねえかと思って俺も少しは持ってきた。派手にやろうぜい」
「応っ!」
ガントンさん、ゴロナーゴさん、二人をはじめとしてみんな酒好きである。敷き物の準備をしてそれぞれが座り酒を酌み交わし始めた。酒好きな水精霊セラがナチュラルにその輪に加わる。
「さて、こんなもんかなあ」
塩焼きそば、18袋分をマオンさんと手分けして焼いた。やはり鉄板が広いと色々出来る。そのほとんどを酒盛りしている皆さんの所に持っていってもらう。
大皿や、金属製のボールに持ってトングを添える。あとは人数分の紙皿。
「すいませんが、それぞれで取り分けながらお召し上がりください」
「おおっ!美味そうなニオイだぜえ!」
さあ、海鮮塩焼きそばの評判やいかに?
□
「うぐぐぐ…」
「ぐはあ…」
「お前ら、ノビてんじゃねえ…。あががが…」
「キャ、猫獣人族の!気をしっかり持つんじゃ!」
猫獣人族の皆さんは見事にノビていた。生の刺身の時ほどではなかったが、腰砕け状態である。そんなゴロナーゴさんにガントンさんが声をかけている。
「ぐっ…、坊や。お前さん、俺たちに何を…」
「えーと、塩味のシーフードミックスを入れて…。最後はかつおぶしをかけて」
「な、なんだ、その『しーふーどみっくす』と言うのは?」
「エビ、イカ、タコの切り身です」
「エビ…は、川海老のエビか?」
「あ、はい。海にいるエビですけど。イカは…、あの白いヤツです」
「あの『いか』か!?で、『たこ』と言うのは?」
ありゃ、タコはあまり知られてないんだ…。なんて説明したら良いかな、英単語だと…オクトパスとかデビルフィッシュとか言うんだっけ?
「えっと…、八本足で…オクトパスって言ったりしますかね?」
「な、なんだとォォッ!!?」
腰を抜かしていたゴロナーゴさんが立ち上がった。
次回、『悪魔殺しの男』、お楽しみに!