第13話 救いの女神はネコミミ少女!?
商人ギルドから乱暴な手段で追い出されてしまったゲンタと
マオンの前に一人の少女が声をかけてきた。
彼女は一体何者なのであろうか?
「どうしました?大丈夫ですか?」
そう声をかけてきた少女はマオンさんの様子を確かめると、すぐに何やらブツブツと言い始めた。すると。少女のその手が淡い光に包まれ始め、驚いた事にマオンさんの泥に汚れた場所と突き飛ばされて手の平に負った擦り傷がみるみるうちに綺麗になっていった。
ま、魔法と言うやつだろうか…。僕は正直驚いている。
やがて少女の手から光が消え、彼女はふうと小さく息をつく。
うっすら光る額の汗を指で拭う。肩のあたりで綺麗に切り揃えられた髪が小さく揺れた。マオンさんの様子を見ると先程までの苦痛に耐える様子は無くなり、僕は思わずホッとする。…本当に良かった。
「良かった…、マオンさん…」
僕はマオンさんを支えて立ち上がってもらった。続けて僕も立ち上がり、助けてくれた女の子に礼を言う。
「本当にありがとう。僕はゲンタ、こちらはマオンさん」
「儂からも改めて礼を言わせておくれ。擦りむいた手の傷も体の痛みもすっかり取れた、儂はパンの辻売マオン。ありがとうね、お嬢ちゃん」
そう言ってマオンさんはペコリと頭を下げた。
立ち上がって改めて少女を見てみるとやはり小さくほっそりとした体格で、日本の基準で考えると小学校高学年くらいの年格好に見える。
なんだか変わった服を着ていると思ったが…、なるほど、形を見れば日本でも時たま見かける事がある教会のシスターさんが着ている服に似ている。
しかし、その布地はなんの染色もされておらず、枯れた草花の色そのもの。また、町を歩いていても染色した服を着ている人は少ない。もしかしたらこの世界では、何らかの色を染めた布というのは中々に贅沢なものなのだろう。
「あ!ゲンタさんにも…」
どうやら立ち上がった事により、少女より僕の頭の位置が上に来た為に顎の辺りにできた傷が見えたのだろう。少女は手を伸ばし、僕に癒しの魔法をかける。
正直、マオンさんが心配で痛みを忘れていた。今さらながらに怪我をしている事を自覚し、痛みをアゴ周辺に覚えたが二、三十秒くらい経つと癒しの魔法で痛みは無くなっていた。
「ふええ…、今日は驚く事ばかりだよ。よくよく見ればゲンタの傷が治るだけじゃなく、顎や胸元の汚れまですっかり綺麗になって…、癒しの魔法は凄いんだね…」
「泥などが付いたままでは傷が悪化する事もありますので…、治癒魔法は傷をふさぐだけでなく、同時に泥なども取り除くようになっているんですよ」
凄いなあ…、僕は病院に行く程の大怪我をした事は無いけど、小学生の頃に擦り傷とかで保健室に行った事はある。水道水で傷口を洗い、消毒を行い必要であれば薬を塗る。即座に傷がふさがらないのは魔法と違うところだが、その工程はなんら変わらない。かかる時間の長さと必要な物品の有無、それが医療と魔法の違いに思えた。
□
「何か事情があるご様子…、ひとまずはここを離れましょう」
僕たちの様子と商人ギルドをチラッと見て少女は提案した。見た目の歳よりもずっとしっかりしているようだ。
「一本裏の通りに入ろう。少し行けば腰かけるに丁度良い大きな石がある。少し疲れたから、儂は少し座りたいところだよ」
少女とマオンさんが話している。この町の地理が分からない僕は二人についていくしか無い。
表通りから一本裏に入り、少し歩いた所に確かに大きな石があった。横長で座るには確かに都合が良い。三人並んで座る事が出来たので、そこで話をする事にした。
少女はミアリスと名乗った。聞けば教会で下働きをしているらしい。やはり癒しの力と言うのは聖職者が使う物なんだなあ。
それよりもこの異世界は魔法がある世界なんだ、マオンさんの家を火事に遭わせたのも火炎の魔法だったし…。
剣と魔法の世界…。
僕が生まれるよりも前の話だが、その世界を一躍広めた作品の一つが昭和の終わりか平成初期あたりに発売された小説だった。とある呪われた島が舞台になる有名な小説である。
そう言えば、何時間か前にエルフの女性を見たなあ。その呪われた島の物語に登場する登場人物みたいで…。うーん、それにしても美人だった。
僕がそんな事を回想していると、マオンさんがミアリスさんに商人組合内であった事を話していた。
「儂が少し煽った部分もあるがね…、あれだけ苦労知らずのバカ息子に小生意気な話をされたら、その鼻っ柱の一つも折ってやりたくなるじゃないか!」
「でも、パン一つで銀貨一枚とは大きく出ましたね」
「そんな事は無いよ、ミアリス。ゲンタのパンは凄いんだよ」
マオンさんがそう言って僕を持ち上げる。ミアリスさんは実感が湧かないようで、二人の会話の熱に差ができている。そこで僕はお礼も兼ねてパンを差し出した。
「ミアリスさん、改めて先程はありがとうございました。もし良かったらこのパンをどうぞ、お口に合えば良いけど…」
リュックから取り出したジャムパンを包むビニールの包装を開けミアリスさんに手渡した。
「柔らかい…、ふっくらしていて…。それに何でしょう…?良い匂いがします。それもすごく…、すごく甘い匂い…」
ぱくっ、ミアリスさんがジャムパンに口をつける。可愛い女の子は何をしても可愛い。ジャムパンを食べ始めただけなのにその姿は小動物のようでとても可愛い。
仮に今、彼女が手に持つ物が出刃包丁だとしても、きっと可愛いものは可愛いのだろう。それは不変の定義。いくら剣と魔法の世界と言えども可愛いは正義なのだろう。
そして端から食べ始めて何口か食べたところで、いちごジャムの部分に到達したらしく、『〜〜ッ!?』声にならない声のようなものを上げミアリスさんが凄い勢いで立ち上がった…。
□
ミアリスさんはその立ち上がった体をプルプルさせている。おそらく甘さの不意打ちに驚いたのだろう。やはりその姿はとても可愛い。
さらに一口、ミアリスさんはジャムパンを食べ進める。真ん中に食べ進めるに従ってジャムの層は厚くなる、さらに強い甘みが口の中に広がったのだろう、ミアリスさんはよりハッキリと体を震わせた。
『ぴょこっ♪』
彼女の頭の…髪の一部が盛り上がり耳のようになった。
「んんっ!?」
僕は驚いて思わず声をあげた。
その間もミアリスさんがパン食べ進めるたびに髪が耳の形へとハッキリとしていき、そしてピコピコと活発に動く。よく見ればしっぽまでぴょこんと出ている。
可愛い上にネコミミの女の子?シッポ付きだと…!?ま、間違いない…。フル装備じゃないか…!
「お嬢ちゃんは、猫の力をお持ちかい?」
僕が初めて見たリアルネコミミ少女に感動していると、マオンさんがミアリスさんにそんな質問をしていた。ミアリスさんはハッとした表情で頭を触り、耳が出ている事を確認するとシュンとした表情になった。
「また…やっちゃった…」
□
ミアリスさんに落ち込んだ理由を聞いてみると、ジャムパンの美味しさについ興奮してしまい、彼女は人と見た目は変わらないけど動物(猫)の特性をも併せ持つ猫亜人…この世界では猫獣人族という種族らしい。そして嬉しい事などがあった時にその猫獣人族の身体的特徴の耳と尻尾が表面化してしまったのだという。
それ自体は悪い事ではないのだが、癒しの魔法を使う者に何より求められるのは、常に心を落ち着かせ、冷静である事なのだそうだ。
確かにお医者さんがアタフタしてたり、あまりに感情的になっていたら命を預ける患者側からすれば不安になる。そういった訳でミアリスさんはジャムパンの美味しさに思わず興奮して獣人(?)の証たる耳や尻尾が露わになった事に強く落ち込んでしまったのだそうだ。
しかし、そんな彼女にマオンさんが優しく語りかける。
「元気をお出し。恥ずかしながら儂もこのジャムパンを食べて心がウキウキしたんじゃよ。こんな甘くて美味しい物を食べて心が弾まない方がおかしい」
「でも…、ミアは…」
「良いかい、ミアリス…。これは自然の事なんじゃ。無理に嬉しいという心をしまう事なんかない。笑いたい時には笑う、幸せなのにお澄まし顔なんかしていてもつまらないだろう?」
自分の事を『私』と言っていた彼女だが、いつの間に『ミア』と呼び方が変わっている。その小柄な体つきとも相まってマオンはそんな彼女に優しく接する。
「それにさっき儂が言ったろう。ゲンタのパンは凄いと。銀貨一枚(日本円にして一万円に相当)と商業ギルドに持ちかけただけの価値はあるだろう?」
ミアリスはコクンとうなずく。
それを見てマオンさんはウンウンとうなずきながら、ミアリスさんの頭を撫でてやる。さながら孫娘を可愛がる優しいお婆さんのようだ。
「ミアリスさん、僕もマオンさんと同じ気持ちだよ。このパンをミアリスさんが美味しい美味しいってニコニコしながら食べてくれたら僕も嬉しい。確かに冷静でいる事は大切な事だと思う。でも、いつもそうしてたらきっと疲れてしまうよ」
だからね…、僕はなるべく微笑みながら言葉を続ける。
「今だけでも…、ありのままでいて欲しい。ジャムパン、美味しい?」
僕の問いに彼女は笑顔で首肯いた。
私事ですが…
偶然、高校の頃に好きだった人と久々に再会しました。
今ではお互い違う道に進み、それなりに時間が過ぎているのですが、頭の中はどうしても時間がその時に戻ってしまう。
ほんの数分の立ち話みたいな物でしたが思い出す事も多く、そう言えばこんな風に最寄駅でもなんでもない駅前でバッタリ会った事もあったなあと。
高校の時はつまらない三年間だと思っていましたが、
今思うと大切に思える思い出の一つや二つあるもんだと
非リア充な自分の当時がそんなに悪いモンじゃなかったのかなと思いました。