第136話 呼び覚ませ獣性!らめえぇぇ!?の話、おかわり!(前編)
「いやー、兄ちゃん凄えぜ!この『らめえぇぇ!?ん』はよぉ」
翌日の夕方、依頼から戻ってきたナジナさんは上機嫌でそう言った。出遅れたが野営時にこの鶏ラーメンを食べご満悦、翌朝は残ったスープを温めなおして石とも揶揄される固いパンを浸して食べたのだという。
「味気無え携帯食料がすぐさま御馳走だ!まったく信じられねえぜ!」
僕はと言えば自動販売機に塩の補充に。そしてガントンさんたちに作ってもらった掲示板をギルド内外にそれぞれ一個ずつ設置して良いかの許可を得る為である。
と言うのもギルドでは猫獣人族の皆さんから『あじのひもの』は次にいつ販売するのかと問い合わせが殺到していて、そのたびに受付嬢の三人が対応しなければならなくなる。
そこで考えついたのが掲示板。百円ショップ内の300円コーナーにあった大きなコルクボード、これを買ってきた。これにおなじみレポート用紙に太字のマジックでお知らせ事を書いて貼り出せば良いのではないかと考えたのだ。
もちろんこのままじゃ強度的な…、建物外で使う物なら耐久性があった方が良い。それをガントンさんに相談したら、ゴントンさんと共にチョチョイのチョイで作ってしまった。
まったくドワーフ族の技術というのは凄まじい。
無事に許可も下り、冒険者ギルド内外に看板を設置した。早速、
『ほんじつのあじのひもののはんばいはありません(本日のアジの干物の販売はありません)』
と書いたレポート用紙を外の看板に貼り付ける。
これで問い合わせが減ってくれれば狙い通りである。
一仕事終えて中に戻ると、鶏ラーメン五袋入りパック二つをギルド内に保管しておいてもらう。何か急な購入希望があっても、在庫があれば対応出来る。
「私たちも買って良いですかぁ」
そう言ってフェミさんがやってきた。後ろには他の二人もいる。そうか、そろそろ冒険者ギルドも今日の営業は終了か。
「もちろんですよ」
五袋入りのパックを開けて3袋を売り、彼女たちの器にホムラとセラの能力でお湯を注いだ。
「俺たちも食べて行くか」
ナジナさんがいそいそと背負い袋から昨日売ったラーメンの残り一つを出した。ウォズマさんも付き合うようなので同じくお湯を注いだ。
鶏と醤油の良い香りが立ち始める。
マオンさんも小腹が空いたようなので夕食といこう。僕も一緒に済ませようと考え開けた五食パックの残り二つを器に出した所で声がかかった。
「少し、良いか?」
振り向くといやや色黒のワイルド系な男性。二十台半ばにさしかかるくらいだろうか、毛先を荒々しく刈った肩に届きそうな黒髪。
「俺は犬獣人族の狩猟士、ラメンマ…」
これが朴訥な口ぶりで語る凄腕の狩猟士、ラメンマさんの名を知るきっかけだったのだ。
□
「ゲンタです、よろしくお願いします」
ラメンマさんは弓を主に使う狩猟士なのだそうだ。
狩猟士とは文字通り牙獣などを狩猟してくるのを生業とする人の事だそうだ。普通の冒険者も牙獣や魔獣を狩っていたりするが、狩猟士はその技術に特化している人を総称する。
その最大の特徴は無傷に近い状態で仕留めるというもの。剥製にすると特にその差は歴然。いくら名人と呼ばれるような職人でもやはり縫い合わせたりはするものだ。その出来の良い剥製ですら自然な状態からは少し差異が出てしまう。
しかし、狩猟士が狩猟した牙獣は極端な話で言えば無傷のようにしか見えない。その毛皮を良い職人が扱えばそれこそ生きているような…、今にも動き出しそうな剥製になる。
中でも語り草になっている偉業、たった一矢で眼球を射抜きそこから鏃を脳まで突き抜けさせ剣爪牙熊を狩った『ラメンマの一矢』の話は弓を扱う者なら誰でも知っている有名な逸話だそうだ。
「俺も、それ、食いたい…。売ってくれ…。卵鳥のニオイ…、余すところなく感じる…。忘れかけた獣性、久々に取り戻したい…」
まっすぐな瞳でこちらを見つめる。狩猟士の目、とても鋭い。しかし、正直者がするような澄んだ瞳。
「分かりました、席にどうぞ」
そう言って僕は座っていた丸太椅子を勧める。ラメンマさんは先割れスプーンを取り出し食べ始めた。
「美味い…。丸々一匹の、贅沢な味…、肉…、骨…、全て啜るような…」
表情こそ変えず淡々と、しかし饒舌に語っているところを見ると上機嫌なのかも知れない。
「これは…何て料理だ?」
「これは『らめえぇぇ!?ん』って言うんだぜ!」
ナジナさんが得意げに言う。
「これが…、『らめえぇぇ!?ん』…。美味い…」
ああ、こうして誤解した人がまた一人…。まあ、あえて僕も止めないんだけれど…。
さて、僕はと言えば鶏ラーメンが在庫以外は無くなってしまった。お湯を注ぐだけで食べられるコレはとっておいた方が良いな。
そこで僕は他に買っていたラーメンを取り出す。コレは鍋で煮て食べるタイプのものだ。
「え、任せてくれって?」
鍋を借りてインスタントラーメンを煮炊きしようとしたらホムラとセラが僕にそんなアピールをする。どうするんだろう…そんな事を思いながら頷くとセラが水の玉を空中に浮かべた、それをホムラが一瞬にして沸騰させる。
「ここに麺を入れろって?…う、うん、分かった」
まるで無重力状態の宇宙船の中のようにゆらゆらと沸騰するお湯が乾麺を飲み込み揺れている。そこにスープを上から入れる。
なんだか変な感覚だが鍋をつかわずインスタントラーメンが出来上がった。
「じゃあ、僕も食べようかな…」
そう言うとセラがどんぶりにお湯の玉を移動させアツアツのラーメンが完成した。水の玉の時には発生していなかった湯気が一気に立ち上る。
「なんか旦那を見てると精霊の力の使い方が分からなくなってくるな」
「うん」
何やらマニィさんとフェミさんがそんな事を言っている。
席に着き、精霊たちにクッキーを出す。そしていざ食べようとした時…
「待ってくれ」
そんな声が響いた。