第135話 その美味は、らめえぇぇ!?(後編)
「Oh、なんてこったい!」
僕は思わず独り言。ここは見慣れたアパートの一室、住み慣れた自分の部屋である。ナジナさんの暗黒面が皆を侵食しそうなのでこれをなんとかしなければならない。理性を呼び起こすのだ、そう理性の力を信じるのだ…。
「だけどなあ…」
立ちはだかる二つの壁。手軽に旅先でも食べられる美味しいもの…、そんなのあるか…?そして…。
ザーッ!ゴゥゴゥ!
今日は大気の状態が不安定で関東地方は強い風を伴う激しい雨。昼過ぎには弱まると天気予報では言っていたが、少なくとも今は豪雨の最中。不可能ではないが、この状態では出かけるのは危険がある。
それに買えたにしても、帰宅するまでに僕も商品もずぶ濡れになってしまう。どうしたものが…、時間をかけたくはない。
「どうしたら良いんだ…」
部屋から出るのも難しい、この状況。今ある物で何とかするには…、冷蔵庫を開けた。ダメだ、冷蔵庫に入れなきゃいけない物なんて。腐りやすいから入れているんだ。
常温で保存出来て…、そのまま食べられる物…。かんぱんみたいな物があれば良いが生憎とそんなものはない。せめて調理場みたいな物が無くても食べられる物はないか、ウロウロ、キョロキョロと僕は部屋の中を見回し何かないかと思案する。
すぐに食べられて、美味しいもの…。
「あっ!」
これだッ!僕は目に留まった物を引っ掴み、食器棚に向かう。
「待っててね、皆さん!」
僕はリュックにそれを放り込み、冒険者ギルドに急いだ。
□
「お待たせしましたッ!」
僕はギルド裏口からいつものように戻る。
「に、兄ちゃんッ!そ、それでここじゃなくても食える美味いモンはあったのかッ!?」
ニッ!僕は笑ってみせる。
「まずは食べてみて下さい。それからご意見を伺いましょう」
そう言って駆け寄ってきたナジナさんを丸太椅子に座るように促し、僕はテーブルに戻る。今はお客さんがいないので受付嬢の三人もこちらにやってきた。
ビリっ、パッケージを破りテーブルに置いていた百円ショップで買った食器…どんぶりに中身の鶏ラーメンを入れた。
「に、兄ちゃん…。え、えらく硬そうだけどよ…、こ…これはこのまま食べるのか?」
みんなも同じような疑問を持っていたのか、ナジナさんと同じような視線を向けてくる。
「いいえ」
僕はそう応答え、火精霊ホムラと水精霊セラに出てきてもらう。
「ホムラ、セラ、熱湯をお願い。この食べ物は…、こうやって食べるんですッ!」
どんぶりにお湯が注がれる。すかさず鶏の旨味と醤油の香ばしいニオイが立ち上る。
「こ、これはァッ!?」
ナジナさんが立ち上がる。
「熱湯を入れたら一瞬にして美味そうなモンが現れたァッ!」
ナジナさん、ノリ良すぎ。グルメ漫画を題材にしたアニメとかでもなければ見れないような反応だ。そして僕はどんぶりにフタをする。
「こうやってしばらく待ちます」
そう言って僕はギルド内にある酒場のスペースから食器をいくつか拝借する。木製の6個のスープ皿、インスタントラーメンを取り分ける為である。
「そろそろ良いですかね…」
ラーメンを取り分けて食べてもらう。
「こいつは『やきそば』みたいだぜぇ…」
ナジナさんが呟く。
「ええ。同じ麺…えーと小麦の粉を水を加えて練ったものですね、これを使った料理で…。あっ、お熱いうちにどうぞ。違う味付けでスープが多め…そんな食べ物です」
「す、すげえ!卵鳥の味がするぜ。だ、だがよう、肉は入ってねえのに…、だがすげえぜ!」
「これは美味い…。湯を注ぐだけでこんなにも…」
「石のパンとかでも、これに浸せば美味そうだぜ!」
「ああ、そうだな!こりゃ良いぜ!」
中々に評判が良いようだ、すっかりナジナさんの瞳には光が宿っている。言っていた卵鳥…いわゆる鶏の事だ。卵を産む鳥だから卵鳥、このラーメンにはチキンエキスが使われているから肉は見えねど味はするという状態になる。
また石のパンと比喩される硬いパンの食べる為にスープを利用しようと考えるあたり、さすがに現役の冒険者。保存に適した水気の少ないパンを美味しく食べられる…ナジナさんとウォズマさんはそのあたりに注目したのだろう。
マオンさんや受付嬢の三人も美味しいと言っている。とくにシルフィさんはエルフだ、あまり脂っこい肉は苦手だ。だけど唯一鶏肉…いや卵鳥の肉か…それを好む。しかも実際に肉は入っておらず、風味だけは楽しめる、これはエルフの皆さんにも売れるかも知れないな。
それに、もしかしたらいろいろな麺料理も売れるかも知れない。このあたりはじっくりと考えていこう。
「どうですか?これなら泊まりがけの依頼でもなんとかなりませんか?」
「ああ、ああ!これならッ!これなら野営も楽しみだぜ!そ、そうだ!ウォズマ、行くぜ!少し出遅れたが気にするなッ!俺は気にしないィ〜ッ!!」
「まったく、相棒が行きたくないと駄々をこねたからだろうに…」
「こ、細かい事は良いじゃないかッ!おかげで野営にだって楽しみが見つかったじゃないかッ!」
ははははっ!と笑って誤魔化すナジナさん。やれやれと肩をすくめるウォズマさん。
「まあ相棒の台詞じゃないが出遅れているのは事実だ。取り急ぎ出発の準備をしよう」
そう言って準備に入る。この鶏ラーメンは一つ白銅貨五枚で売る事にした。五袋入りパックのうち一つを試食に充てたから残りは四袋。二袋ずつを彼らに販売した。
ナジナさんはいそいそとその鶏ラーメンを背負い袋に大事そうにしまい込みながら僕に尋ねてきた。
「そういや兄ちゃん、この食べ物…つうか料理、何て名前なんだ?」
「ああ、言ってませんでしたね。これはラーメンです」
「ら、『らめえぇぇ!?ん』だと?聞いた事が無い名前だぜ…」
い、いやラーメンなんですけど…。
「『らめえぇぇ!?ん』、不思議な名前だぜ…」
「ゲンタは遠くから来た子だからね…。異国から来た食べ物かも知れないよぉ」
マニィさんの感想にマオンさんが自身の解釈を述べる。それよりこれは異国どころか異世界の食べ物なんですけどね…って今さらか。
「でも、『らめえぇぇ!?ん』が美味しいのは事実ですぅ」
「不思議な味、『らめえぇぇ!?ん』…。それを知るゲンタさん。ますます底知れない方ですね」
フェミさんとシルフィさんまでもが『らめえぇぇ!?ん』と連呼している。もはやこれは修正しない方が良いかも知れない。ナジナさんの聞き間違いから始まった呼び方だが、それをこんなにも女性陣が連呼するなんて…これはこれで良いのかも。ナジナさん、ありがとう!
そうだ、日本でだって石鹸が初めて海外から入ってきた時だって外国の人の「石鹸』の発音を『シャボン』と聞き間違えてそれが国内に広まったのだった。
今でも石鹸水を吹いて泡を飛ばすシャボン玉…、そんな所にもその誤解の名残がある。これもまあ一つの文化かな、『不倫は文化』とか言わないだけまだマシかも。やってる事は褒められた物ではないけど。
こうして新たな食文化『らめえぇぇ!?ん』が異世界に伝来した。日本では令和二年、ここ異世界では王国暦1020年4月中頃の事である。
《次回予告》
『らめえぇぇ!?ん』…。いわゆるラーメンはナジナ、ウォズマだけの販売にとどまらなかった。さらなる顧客が潜在していたのである。しかしそれは今回出していた物とは少し違っていて…。
そしてその頃、あのギリアムはゲンタたちに復讐を誓い冒険者ギルドにたどり着いていたのだった。
次回『異世界産物記』第136話。『呼び覚ませ獣性!らめえぇぇ!?の話、おかわり!』。ご期待下さい。
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