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第134話 その美味は、らめえぇぇ!?(前編)

「坊や、凄いじゃないのさ!今、猫獣人族(キャトレ)の間じゃあアンタの『あじのひもの』の話題で持ちきりだよ!」


 そんな声を上げているのは猫獣人族の冒険者ミケさん。毎朝のギルドでのパン販売の時に興奮したように言う。昨日外で売った干物が猫獣人族の皆さんに大流行しているのだろう。


「あの『さしみ』以外にもまだ美味いものがあるなんてなあ…」


 これはキジさんだったか、ミケさんの弟さんの一人だ。


「皆が次の辻売(つじうり)の日を待ってるよ、その時は教えておくれよ」


 そう言って彼らは思い思いのパンを選ぶ。ああ、やはりツナマヨを選ぶんですね、分かります。


 それにしても先程のミケさんが言っていた『次の辻売を待っている』と言っていた事だが、実は冒険者ギルドにも問い合わせが殺到しているそうだ。


「あまりにも売れ過ぎた…」


 僕はそう呟いたのみだったがギルドは大変だ。その問い合わせにいちいち回答しなければならない。これじゃ受付の三人が大変だ。

 それを解消する手段を考えないといけないな…。


 早朝のパン販売を完了させ、いつものマオンさんや受付嬢の三人との朝食をとるいつもの平穏な時間。ここ数日とても忙しかったのでなんだか貴重な感じがする。


 しかし、その平穏な時間は長くは続かなかった。


「に、兄ちゃんよぉ…」


 そこにはいつもの劇画調の迫力がある筈だが、今はすっかり情けない表情になってしまっているナジナさんだった。


「お、俺はどうしたら良いんだあァー!!」



「すまないね、ゲンタ君」


 ナジナさんの隣にいるウォズマさんが困った顔で状況を話し始めた。


 今朝、ナジナさん、ウォズマさんを指名しての依頼があったと言う。以前、巨大猪(ジャイアントボア)を狩猟した時にいち早く注文をしてきたお得意様中のお得意様であるネネトルネ商会から冷凍して保存してある巨大猪の肉に追加注文があったのだと言う。

 ちなみに僕がオマケに添えて渡した香辛料についても注文があり、胡椒とナツメグと塩についても問い合わせがありなんと金貨三枚(キンサン)(日本円で三十万円)で買いたいと問い合わせがあり僕は喜んで応じた。


 希少な高級肉に香辛料…、素早く安全に運ぶ為に先方(せんぽう)はミーンの町が誇る凄腕冒険者の二人に輸送の依頼があったのだそうだ。


「…で、どうしてナジナさんは行くのを躊躇(ためら)っているんですか?」


 (うら)めしそうな顔でナジナさんが僕を見た。


「に、兄ちゃんッ!そりゃあないぜぇ!この依頼は今から出ても二日は戻ってこれねえ!そしたら明日の朝のパンも買えねえんだ!俺は兄ちゃんのパンやメシか食えないぐらいなら、こんな依頼なんて…」


 ぶわっ!熱い涙がナジナさんの頬を伝う。


「そんな…、旦那ァ…?子供みてえな事いわねえで…」

「そうですよう。ちょっとの辛抱ですぅ…」


 マニィさんやフェミさんがなだめ、シルフィさんもその意見に頷いている。いいぞ、なんとかなだめてあげて下さいッ!!


「な、ならお前たちは我慢出来るのかッ!『あんぱん』を、『じゃむぱん』を!そして『ふるーつぜりー』をッ!」


「「「ッ!!?」」」


 受付嬢の三人が弾かれたように言葉を失う。三人の好物を的確に指摘したナジナさんの言葉に彼女たちは戸惑う。えっ、ちょっと三人ともどうしちゃったの?


「同じなんだよ、俺たちは…。俺たちはよう…もう兄ちゃん無しじゃいられねえ体になっちまったんだよ…」


「そ、そんな…オレたち…」

「でも、『じゃむぱん』無しの生活なんて…」

「ぶ、『ふどうぜりー』が食べられなくなったら…」


 三人が三人ともわなわなと震える。ミ、ミイラとりがミイラになってしまった。くっ!どうしたら良いんだ?もうこうなったら相棒のウォズマさんになんとか説得してもらうしか…。


 ちらり…、僕はウォズマさんに視線を送る。小さく頷くウォズマさん、その横顔はとても凛々しい。さすがのイケメンぶりである。


「だがな相棒、これは仕事だ。あまり皆を困らせては…」


 (さと)すようにナジナさんに語りかけるウォズマさん、頑張って下さい!あなたしかいません!


「…『ころっけぱん』」


「なっ!!?」


 ゆら〜り、ナジナさんゆっくり丸太椅子(スツール)から立ち上がる。


「知っている、知ってるんだぜぇ…相棒。『ころっけぱん』だ〜いすきだよなぁ、…相棒」


 悪い笑顔を浮かべてナジナさんは語りかける。


「長い付き合いだよなぁ…、俺たちは。一緒に何度も死線をくぐり抜けたもんなあ…。だから…お前の事は何でも分かるぜぇ…」


 そしてウォズマさんのすぐ横につく。


「我慢は良くねえぜぇ、相棒。明日も『ころっけぱん』…食いてえよなあ…?」


 …ぽん。暗黒面に誘うかのようにナジナさんがウォズマさんの肩に手を置いた。マズい!このままじゃウォズマさんまで染まってしまう。


「ナ、ナジナさんは美味しいものが食べられるなら良いんですよね?た、旅先でも食べられるような…」


 ナジナさんの目に少し光が宿る。


「あ、あるのか?兄ちゃん、そんな物が」


 ど、どうしよう。でも…押し切らなきゃ!ギルドがお得意さんを失ってしまう。


「僕に少し時間を下さい、ナジナさん」


 ハッタリもハッタリ。だが僕は言ってのけたのだった。

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