第133話 『塩商人』ブド・ライアーは一手遅い
ブド・ライアーは商都生まれの塩商人である。
二十五年余り前にこのミーンの町に現れ、常に塩不足のこの町でどこからか塩を運び込み巨万の富を築いた男だ。今ではこの町の商業組合の副組合長の座に就任っている。
その男が今、窮し始めている。いつものように昼も近くなった頃合いに昨日の商会の売り上げをはじめとした様々な報告を受けている。
ブド・ライアーは数字には強い、その売り上げの数字を聞き商会を動かす経費を加味して複合的に考える。面白い結論にはたどり着かない。
売り上げの柱たる塩が売れぬのだ、こんな事は今までになかった。南に伸びる『塩の街道』…海の方へと伸びる旅人や物流の要であるが、そこから来る以外に塩は無い。
例外として稀に岩塩が手に入る事はあるが、それでも量は極めて少量。とても町衆を満たす程ではない。
ブド・ライアーが現れる前から塩を扱う商人はいた。しかし、質は悪いとは言えブド・ライアーがもたらす塩はそれよりも安かった。
ゆえに町衆はブド・ライアーの塩を買うようになる。たちまち元からいた塩商人は追い散らされるか、傘下に組み込まれるかの二択だった。それは『砂混じりの塩』とさえ言われる低品質の塩がこの町の標準となり、ブド・ライアーの立場を盤石とする第一歩だった。
「塩が売れねえよなー、こないだの広場の出店もクソみてーな売り上げだしよー。一日やって銀貨一枚(日本円にして一万円)ってよー、何人も人をやってこれじゃ駄賃にもならねー」
四十代半ばを過ぎた男が口にするにしては品が無さ過ぎる言葉、ここはブド・ライアー商会の主人の部屋だ。不機嫌な様子を隠さずに報告を上げる部下に浮かんでくる言葉をぶつける。
「んで?他に何か報告あんの?」
「南より干魚が入ってきました。それも大量に」
「そりゃ久々に良い報告じゃねーか!でも、なんで大量なんだよ?漁法変わった訳じゃねーのによー」
「それが…旦那様、以前嵐のような大雨が降った日を覚えておられますか?」
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部下の報告では嵐のような大雨があった日、ゲンタがこの町に来た日の事でもある。あの大雨…いわゆるゲリラ豪雨の事だが、多少の時間差はあるがミーンの周辺だけではなく海辺のあたりでも降ったらしい。
すると雨水は大量に川を駆け下り、海に流れ込む。一瞬にして海水の塩分濃度が変わるのだ。
日本の海辺にある海水を引き込んでいる水族館ではその取水口を海岸近くではなく、海岸から離れた場所に設置する。これはこういったゲリラ豪雨の時などに大量の雨水が海に流れ込むと沿岸の海水塩分濃度が一時的に極端に下がり、そのまま取水すると海水魚に大きな影響を及ぼす。それを防ぐ為に取水口を遠くに設けるのだ。
ブド・ライアーが扱う塩を生産するのは塩田の下働きをした若かりし日にいた漁村であった。船乗りたちが忌み嫌う難破した船の残骸が流れ込む入り江、そこにゲリラ豪雨のせいで沖合に逃げたかったが逃げられなかった魚が入り江に迷い込んだのだ。
そして雨がやみ増え過ぎた水が引いた時、浅い水たまりのような場所が残った。そこには大量の魚が打ち上げられていた。労せず手に入ったその魚…、それを干した。ほとんどが小魚や雑魚の類であったが…それがミーンに届いたのだ。
「あのクソ雨もちったあ役に立ったじゃねーか!元はタダ同然のコイツがここじゃあ高い金に化けるんだ!最近は塩ほどじゃねーけど品薄で魚の値も上がってたからな…、猫獣人族の奴とか泣いて喜ぶんじゃねーの?金握り締めて並んで買ってさあ」
ゲラゲラとブド・ライアーは笑いながら『猫獣人族馬鹿だからさー、魚と聞いたら我慢出来ねーもんな』と曰いながらたちまち機嫌が良くなった。
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その頃、ミーンの町では…。
「あら、オトミちゃん!昨日の魚…もう『ひもの』食べた?」
「食べたわよぉ〜、オタエちゃん!ウチの亭主も子供も大喜びで食べてたわよお〜」
「あの坊やってお兄ちゃんの魚、アレ食べてからウチは他の魚なんざ食えねえってウチの亭主も気に入っちゃって!」
「ゴロナーゴの親分さんが!?やっぱりあの魚は凄いんだねえ」
「そう言えばウチの亭主が言ってたの!あの『あじのひもの』っていう魚以外にもまだ他にも種類があるんですって!」
「ええっ、本当なの?奥さん」
「あらまぁ、オタマちゃん!そうなのよお!なんでもね『いわしのまるぼし』って魚らしいのよ!」
「へえ!聞いた事のない魚だねえ!」
「これを食りながら飲む酒は格別だ!なんて嬉しそうに言ってたわあ」
「え、やっぱりその魚も…?」
「あの坊やってお兄ちゃんが開いてくれた宴会で出たらしいのよ!」
「やっぱりねえ…、でもあのゴロナーゴの親分さんが気に入る魚って事はきっと相当なものよねえ…」
「もう他の店の魚じゃ満足出来ねえなんて言ってたわよぉ!」
「そりゃ凄いわね!」
「他にも『しおさば』っていうのもあるらしくて…」
「ええっ!?まだ他にも?」
「ちょっと奥さん、それより聞きました?あの新婚さん、昨日あの魚を食べた旦那さんが凄く元気になっちゃって一晩中…」
噂好きなおばちゃんたちの井戸端会議によりゲンタの魚の評判はうなぎ登り。反対に『下手すりゃ生臭い魚をつかまされる』というブド・ライアー商会の魚は次第に見向きもされなくなっていった。
《次回予告》
冒険者ギルド前での魚の辻売を大成功させたゲンタ。翌日、ある人物から切実(!?)な悩みを打ち明けられる。その悩みを解決しないと依頼が果たせないと言う。そこでゲンタが取り出したのは日本でも人気のあの商品であった。
次回『異世界産物記』第134話、『その美味は、らめえぇぇ!?』。ご期待下さい。
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