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第132話 実演販売(プレゼン)

 ゴロナーゴさんらを招いての大宴会の翌日…。

 早朝のパン販売を終えて、いったんマオンさん宅に戻る。


「おうっ!邪魔してるぜえ」


「おはようございます、ゴロナーゴさん」


 昨日の約束通り、ゴロナーゴさんと数人のお弟子さんたちがガントンさんらと共に作業をしている。今は煙突を設ける作業のようだ。


「高い所は俺たちの一人舞台よォ!」


 家の周囲(まわり)をぐるっと囲むようなものではなく、最低限の足場のみで高所へと上がる。中には足場さえ使わず軽業師(かるわざし)のごとくヒラリッと屋根に上がる人も中にはいる。ゴロナーゴさんだ。


「煙突が有れば物を燃やす効率はグンと上がるものじゃ。パンを焼くマオンには不可欠じゃろうて」


 ガントンさんは煉瓦(レンガ)を確認しながら猫獣人族の鳶職(とび)たちに渡していく。石を文字通り一度粉砕し練り上げ焼き固めたガントンさん特製の煉瓦、熱に強く炊事場まわりに使うのに適しているそうだ。


「煙突の中はとても熱くなるんだべ。湯気が通る事もある過酷な環境サ耐えるには生半可な煉瓦じゃガタがすぐに来ちまうだ。だからこの溶岩を粉にした物を混ぜて石と合わせりゃ熱に強い煉瓦になるだ」


 いわゆる耐熱レンガみたいなものだろうか。それを猫獣人族(キャトレ)の皆さんが何人かでバケツリレーならぬレンガリレーで『あらよっ』『どっこい』と上に…、そしてそれをゴロナーゴさんが手早く器用に積んでいく。


「ま、左官(さかん)真似事(まねごと)くらいなら俺にも出来らあな。だが、こりゃあ凄え煉瓦だ。俺ァ行った事なんざ無えが王城でもなきゃァこんな煉瓦なんざお目にかかれねえんじゃねえか?」


 ゴロナーゴさんが手に持つ鈍く黒色に輝く煉瓦、それは機械で綺麗に切断したのかと思う程の直方体。それを手作業で作るのも大変だがそれを寸分違わず量産しているのだ、ドワーフ族の技術の高さが垣間見(かいまみ)える。


「そういや、坊や。ウチの女房(やつ)と今日は何するってんだ?面白そうな事をなんか(たくら)んでんのか?」


 手を止めずにゴロナーゴさんが僕に問いかける。


「はい。冒険者ギルドの前で辻売(つじうり)を」


「売るのはやっばり干魚(ほしざかな)…じゃなかったな。『シもの』だったか?」


 ゴロナーゴさんはなぜか『ひ』の発音が苦手なようで『シ』になってしまうみたいだ、…江戸っ子か?


「ええ、(あじ)の干物です」


「ああ、ありゃア良いな!味が良いから『あじ』だっけか…。だが、大丈夫(でえじょうぶ)か?こう言っちゃなんだがアイツは辻売(つじうり)をした経験(こと)なんざ無えぞ?」


 僕は胸を張って応答(こた)える。


「大丈夫です。猫獣人族(キャトレ)の皆さんに干物の良ささえ分かってもらえれば…きっと!」


「だが、それをどう伝えるんでぇ?」


「言葉ではなかなか伝えられません。ですが大丈夫。我に秘策あり、です」



 昼下がり…。ここミーンの町の夕食の為の買い物タイムは日本などよりやや早い。

 異世界の夜は早い、なんたって電気が無いのだ。火を燃やして明るくする以外はなかなか照明の手段が無いのだ。しかも火を燃やすにも金が必要()る。油か、薪か、それにも金がかかるのだ。夕食…、文字通り夕方には食べてしまう。真っ暗になる前に食べ終えて後片付けもして後は(やす)むのだ。


 ざわざわ、想像していたよりも人が集まっている。冒険者ギルドの前の道、ギルドに向かって右側には塩の自動販売機。左に僕ら辻売。


「行こうかね、ゲンタ」


 良い頃合いと見たのかそろそろやろうかとマオンさんが声をかけてきた。


「はい、マオンさん」


 今回、マオンさんは裏方と言うかサポートに回る。僕はすう〜と大きく息を吸い少し大きめに声を出す。


「お集まりの皆さん、あと通りすがりでご用とお急ぎでない方は是非見て行って下さい!」


 集まる群衆のほとんどは猫獣人族(キャトレ)の皆さんらしい。オタエさんが口コミで呼んで来てくれたのだ。


「さて、今日は魚を売りたいと思いま〜す!皆さん、魚は好きですかー!」


 好き!好きー!と声が返ってきた、最前列の脇の方にオタエさんたち数人の鳶職の方々の奥さんたちがいるのだが、そこからの声と群衆からのいくつかの声。

 オタエさんたちは仕込(ヤラセ)である、こういうのは何も声が返ってこなければ盛り下がってしまう。だから声を上げてもらったのだ。


「僕が本日お持ちしたのは、こちら!アジの干物です!」


 そう言って僕は干物を一枚手に取って掲げて見せた。大きい…、見た事ない…など群衆から漏れ出た声を聞き留める。そうか、やはりアジ見慣れないのか。


「このアジの干物、アジと言うのは僕の故郷で味が良いからアジって名前が付きましてね、その魚を干した物がこの干物!干魚(ほしざかな)ほど硬くはなく焼いてやればすぐに食べられます。ほら、あんな風に!」


 示した先にはマオンさん。百円ショップで買ってきた『祭』と書かれた団扇(うちわ)でパタパタと七輪を(あお)いで火勢を強める。今日は炭火で干物を焼く、辻売を始める少し前から焼き始めた干物は身の上に浮いた(あぶら)が沸騰するように弾ける。ここまで来れば炭火の熱だけでなく身から出た(あぶら)がその身を焼くのだ。

 その脂がポタリ…ジュウ〜と炭火に落ちて音を立てる。薄く煙が上がる、おお…誰かが上げた小さな声、鼻を動かす人もいる。猫獣人族の人は鼻が()くのだろうか。興味を引けているようだ。


「では、このへんで誰かに食べていただきましょう。そうですねえ…ではこちらの奥様と…、もう一人はこちら!そう、あなたです!


 僕が呼んだのは向かって右側のオタエさん、そしてもう一人は反対側にいたおばちゃん。アタシかい?と自分を指差すおばちゃんを(うなが)す。


「さあ、どうぞこちらへ」


 そう言ってギルド内から借りてきたテーブルと丸太椅子(スツール)に着いてもらう。


「すいません、こちらの奥さん。お名前は?」

「オタエだよ」

「オタエさん、魚はお好きですか?」

「アタシゃ猫獣人族(キャトレ)だよ。頭ン中は魚、魚、魚だよ!」


「では、もうお一人の奥さん。お名前は?」

「アタシはタマオ」

「タマオさんはいかがです?お魚は?」

「そりゃ好きだよ…、だけど中々買えなくてね」

「買えない?そりゃまたどうして?」

「高いんだよ、ねえオタエちゃん」


 どうやら二人は知り合いのようだ。


「タマオちゃんの言う通りさ。この町では横の川で()れる魚以外は海辺の町から来るんだけど遠いからねぇ…高いんだ。だけど猫獣人族のアタシらは魚が無いとどうにも力が湧いてこなくてね。だから高くても買うんだがどうにもねえ」


 観衆からも『そうだよ、高いんだよ』、『美味い魚が食べたい』といった声が上がる。

 ここから僕は切り込む。


「売られている干魚(ほしざかな)では我慢出来ないと?」


 二人は首肯(うなず)いた。


「魚には違いないんだよ、でもねえ…」

「ただのカチカチで魚の形してるってくらいのモンさ」


 観衆からも『悪いモンだとニオイが臭くってなあ』『干し方が悪いから内臓(ワタ)のニオイが染み付いてるんだよ』『硬いから煮て食うしか無いし…』と口々に不満点が上がった。

 と、なればその不満点…問題点と言い換えよう。猫獣人族の皆さんが感じている事を解消する問題解決(ソリューション)型の実演販売(プレゼン)をすれば良いんだ。


「今回、僕がご用意させて頂いた干物は嫌なニオイはせず、極端な話頭から尻尾まで食べられます。まあ、尻尾とかは残して良いですが」


「アタシら猫獣人族(キャトレ)だよォ!噛み砕けない太い骨ならいざ知らず、小骨程度はバリバリいくさ!」

「そうだよ、頭から尻尾まで余すトコ無く頂くよォ!」


 観衆も『そうだァ!』と気勢を上げる。


「なら…この焼いたアジの干物。一匹まるっと食べて頂いて、その味や感触を…」


 ここでグッ…と溜める。


「ここにいる皆々(みなみなさま)にィ、お伝え頂いても良いですかァ!?どうですかァ、お客さ〜ん!?」


 ここで僕はマイクパフォーマンスをするプロレスラーのように見守る観衆に話を振る。さっきからマオンさんはわざとらしい程に団扇(うちわ)をパタパタ、魚を焼く煙を立てる。それはもう一つの仕込みの為。


 それは闇精霊(シャルディエ)のカグヤの存在である。


 以前の広場での屋台の時、彼女はドブ川のニオイを封じ込めた。逆に集まった人たちの中に煙のニオイを閉じ込められないかと尋ねたら…にこ。出来るよ…と言わんばかりに微笑んだ。そういった訳で彼女の力を借り、外からの余計なニオイは遮断(シャットアウト)!代わりに魚を焼くあの独特なニオイを外に漏らさぬよう閉じ込めている。


「なんて自信だ!貴重な魚を試食なんて言ってただで振る舞うなんて!」

「か、代われるモンならアタシが代わりたいわ!」

「このニオイッ!嗅いでるだけで美味いたって分かっちまうよォ!」

「ぐ、ぐううっ!オ、オタエ、俺と代わってくれぇ!」


 盛り上がる観衆、なんだかゴロナーゴさんの声がしたような気もしたがまあ良い、続けよう。


「マオンさんッ!」

「あいよッ、出来てるよォッ!」


 ナイスタイミング、オタエさんとタマオさんの二人の前に焼きたてアジの干物が到着。観衆がごくり…と(つば)を飲む。


「さあっ!冒険者ギルドの新人商人、坊やことゲンタ自慢の逸品だァッ!とくとご賞味あれィ!!」


 最後の方はもうヤケクソ。なんか猫獣人族の人たちは江戸っ子…、それも下町風な感じがしたから威勢良く振る舞った。


「分かったよォ!お前さんの自慢の魚、しっかと味わってやろうじゃ、ないのさっ!」


 同調するようにオタエさんがノってきた!そして二人が魚を口にした!



 結論から言おう。

 スーパーにある在庫全部下さいと言って買ってきた500尾余りのアジの干物…完売。おまけにもっと欲しいとリクエストが来る始末。


 次からは銀片一枚(ペンイチ)ですよと言ったのだが、それでも良いと皆さん言ってくれた。

 一方でスーパーの担当者からも感謝された。実は陳列されている干物は二尾パックは148円、三尾パックは198円。それぞれを店でパッキングしていると言う。それを僕ば45リットルゴミ袋にパッキングしなくていいからアジを入れて下さいと頼んだところ二つ返事で引き受けてくれた。それを買い込み持ち帰るのに原付で何往復かしていたのだ。


 アジの干物は今週は個数制限無しで特売すると言っていた。また日をおいて買いに行こうと心に決めて僕たちは冒険者ギルドを後にする。


「あ!?」


「どうしたんだい、ゲンタ?」


 立ち止まった僕にマオンさんが不思議そうな顔をした。


「ど、どうしましょう、マオンさん。アジを全部売っちゃったから、今日の仕事終わりにゴロナーゴさんたちに一杯やってもらうための魚が無くなってしまいました!」


 その後、僕は急いで日本に戻りアジの代わりに買った塩サバやイワシの丸干しで急場を凌いだ。昨日とは違うそれぞれ独特な風味を持つ魚を用意した僕にゴロナーゴさんはいたく感服したようで『神様、精霊様、ゲンタ様』と冗談めかして笑っていたが、いつしかそれが猫獣人族(キャトレ)の間で浸透してしまい僕は猫獣人族(キャトレ)の皆さんから神認定される事になってしまった。


 後に…、と言うか数日後には猫獣人族(キャトレ)の皆さんは僕をこう呼ぶようになった、ゲンタ(しん)と。


《次回予告》


 塩が売れない、そんな目下の悩みを抱える『塩商人』ブド・ライアー。しかし、そんな窮するブド・ライアーに朗報が届く。塩と並んで高単価で売れる商品が今回大量に到着したのである。

 これぞ汲時雨(きゅうじう)(恵みの雨の事)、久々ノ良い知らせにブド・ライアーはほくそ笑む。さあ、反撃開始であると。


 次回『異世界産物記』第133話、『塩商人』ブド・ライアーは一手遅い。こんな『ざまあ展開』はいかがですか?



《皆さまにお願い》


 面白かった、続きが気になる…などありましたら是非評価、乾燥をお送り下さい、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] どんどん購入する量が増えてきて、もう運搬が大変ですな。 序盤にアイテムボックススキルをゲットさせて、でかいとつまらないから1㎥(1m×1m×1m)の立方体レベルのアイテムボックスを使えるよ…
[一言] ゲンタシンという切り傷用の軟膏薬があります。w
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