第131話 閑話 義兄弟(きょうだい)、義姉妹(しまい)
「これよりィ、義兄弟結縁の儀をォ、取りィ行わさせて頂きます!」
正座した僕が芝居がかったように声を張り、全員に声が届くようにする。なぜか僕はガントンさんたち三人が義兄弟となる事の音頭を取る事になっていた。
おかしいな。最初は魚の干物や猪肉を皆さんがセルフで焼いて一杯やるような僕にとっては宴会中は何にもしない気楽なものになる筈だった。それがなぜこんな事に…。
「まずゥ、義兄弟になられる御三方の名を高らかにィ発します。石工ガントン殿、木工ゴントン殿、鳶職ゴロナーゴ殿!」
僕は二月、三月の大学の授業の無い時期に自宅アパートで大人しくしていた。正体不明の謎の新型肺炎。ニュースで見た限りだが重症化すれば命の危険もある。有名な大御所コメディアンの方も亡くなった。
おそらくは良い病院でスタッフ体制も手厚い治療を受けていたのではなかろうか。年齢とかはあるだろうが、元気だった筈だ。それでも亡くなってしまう、恐ろしい毒性があるのだろう。
僕ら若い世代は亡くなったり、重症化したりするリスクは小さいと言われる。しかし、発症していなくてもウィルスは体に潜んでいるかも知れない。
そうなると実家に帰るという選択肢は選びにくい。僕が運び屋になってしまうかも知れないんだ。だから今は帰れない。
「御三方にィ申し上げます。元来、兄弟と言うものはァ血を分けて生まれ出でてくるものでェ、ございます。しかし縁は異なもの、味なもの。巡り会う者の中には、血より濃い縁にて結ばれる事もォ少なからずございます」
暇つぶしのゲーム、動画サイトの閲覧。外に出るのはバイトと、食料品などの必需品の買い出しのみ。そんな毎日の中でたまたま見つけた動画サイトの視聴した内容を真似しながら音頭を取る。一升瓶から大きなコップに日本酒を注いで、そこから3つの杯に酒を分けて注いだ。
「同じ血を分ける代わりにィ、一つの器からァ酒を分けてお飲みいただきますゥ!」
3つの杯は三人の前に置かれた。
「そのォ御杯をォ、飲みィ干されますと同時にィあなた方は義兄弟となられますゥ。既にィ十二分のお覚悟があるとは存じますがァ、今一度ォそのお覚悟をォ再確認されまして、決意ァ定まりましたならば、そのォ杯を一気に飲み干しィ懐中深くお納め願いまず、どうぞッ!!」
三人が杯を取り、互いを見やる。
「いざっ!」
「応ッ!」
「ああ!」
ぐっ!三人が一気に飲み干した。その杯を添えた紙に包み懐にしまう。
「これにて御三方はァ、義兄弟でェございます。職人の道は一生の修行と聞きィ及びますゥ、苦しい時も手を取り合いィどうか末長くこの縁が続いていく事を願いますゥ!本日は誠におめでとうさんでした!」
そう言って締めくくり、頭を下げる。パチパチ、誰だろうか手を叩き始める。するとそれは皆が叩くものへと変わり万来の拍手となる。
「うおおおっ、師匠!!」
「親分ッ!」
誰かが声を上げ始めた。その声に三人は手を上げて応じる。三人とも上機嫌だ。
「いや〜、良かったぜぇ!見た事も無え型なんだが心にズンと来やがるぜ!」
「ワシもそう思っていたところだ!」
「酒で縁を結ぶっちゅうのも良いべ!」
良かった、出たトコ勝負のぶっつけ本番だったが上手くいったようだ。
「なあ、この縁をもっと深める為にもっと飲もうぜ!」
「おおっ!それは良い考えだべ!」
「となると…、なあ坊やよ…物は相談じゃが」
「ははは。もっと酒が欲しいんですね、分かります」
そう言って僕は立ち上がり、納屋にストックしてあった4リットルサイズの焼酎とウイスキーを一本ずつ持ってくる。とても重い。
「これで打ち止めですけどね」
「やはり坊やはワシを喜ばせる天才じゃあッ!これだけあれば!」
「おほっ!坊や秘蔵の琥珀酒だべ!」
「う、琥珀酒だと!そんなものまで…」
「ただの琥珀酒じゃないべ!坊やの琥珀酒は上物も上物、最高の逸品なんだべ!」
あまり高価なものではないが、どうやら日本で買って来ている酒はとても上質らしい。そのへんはガントンさんらドワーフの皆さんが誰もが口にしていた。
「まったく、底知れねえ…。だが面白い男と出会ったモンだぜぇ」
「ほれ、猫獣人族の兄弟!坊やの琥珀酒じゃ」
「おうっ!…ング、ング。…ぷはぁッ!!なんてぇ美味さだ…」
「さあ、俺たちの固めの杯だべ!」
三人の棟梁たちは上手くやっていくだろう…、そんな風に思うとなんだか嬉しい。そんな風に思っているとマニィさんとフェミさんがやってきた。
「な、なぁ…ダンナ」
「どうしたんですか、マニィさん」
「私たちにもさっきのをやってくれませんかぁ?」
義兄弟…、いや義姉妹か。フェミさんから聞いた二人の話を思い出す。姉妹同然に育った二人、そんな二人が僕に…。もちろん異論はない。
「分かりました、やりましょう!」
そんな僕の袖をくいっと引いた人がいる。
「シルフィさん…」
「わ、私も…」
「分かりました。シルフィさんは誰と…?」
誰と義兄弟になるのだろう?
「わ、私は義兄弟とかではなくて…」
「えっ?」
「ゲ、ゲンタさんと…。い、いえっ。なんでもありませんッ」
そう言ってシルフィさんは恥ずかしそうにササッと僕から離れた。
宴はまだ盛り上がりを見せていた。
《次回予告》
ミーンの町には人族だけでなくドワーフにエルフ、そして様々な獣人族がいる。今回、猫獣人族と知遇を得たゲンタは彼らが欲する魚を売る事にした。しかし、干魚が主流のミーンの魚事情、果たしてよそ者のゲンタの見慣れない魚…。果たしてミーンの町衆に受け入れられるのか?
次回『異世界産物記』第132話、『実演販売』。ご期待下さい。
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