第130話 大宴会とターニングポイント
夕刻…。
ゴロナーゴさんら鳶職の皆さん、そして奥さんがいる人はその奥さんも連れてマオンさん宅に集まる。せっかくなら家族で来てもらった方が良い。
ずっとというの事ではないが、マオンさん宅の建築工事をするのに『金は要らねえ』と言ってまで引き受けようとしたゴロナーゴさんだ。今さら僕が『手間賃を支払いますよ』と言ったところで受け取らないだろう。なら、違う形で恩を返せないか…そう思ったからである。
それと、やはり家計の財布を握っているのは奥さんだ。やはり奥さんを味方につけておきたいというのもある。
「すまねえな、厄介になるぜぇ」
ゴロナーゴさんが自分の所の職人さんたちを連れ現れた。昨日の新婚さんをはじめとして二十人ばかりが集まる。
「お待ちしてました。ゴロナーゴさん」
出迎えた面々の中に一つの再会があった。
「おや、招いてくれたのは塩売りのお兄ちゃんだったのかい」
「あ、あなたはあの時の…」
「ん、なんだ?ウチの女房と知り合いかい?」
「え、ええ」
その人は僕が冒険者ギルド内で塩を売り始めた時に、『私たちにも売ってくおくれよ』と乗り込んできたおばちゃんだった。なんとその女性はゴロナーゴさんの奥さんで、名前はオタエさん。ゴロナーゴさんと同じく猫獣人族だそうだ。
日本人的な感覚だと名前の前に丁寧に扱う意味の『お』を付けた『お妙』さんと呼びそうなものだが、ここは異世界ちょっと違う。『オタエ』で一つの名前なんだそうだ。発音的にも『お妙』と呼ぶよりは『オタ恵』と呼ぶような感じだ。
「なるほどなァ…。あの塩の…。これで合点がいったぜぇ。坊やが最近、町で噂の凄腕塩商人サマたァ…恐れいったぜ。だが、あれだけの見事な魚を用意出来るってのも肯けるってモンだぜぇ」
感慨深げにゴロナーゴさんが頷いている。
「さあ、とにかく入っておくれよ親分さん。飾り気もない所だけどゲンタがお酒を用意しているよ」
「皆さん、どうぞ中へ!まずは一杯!」
そう言って僕はゴロナーゴさん一行を敷地の中に招く。
「良い誘いだぜぇ。何も言わねぇ、まずは酒…。何よりの出迎え…、ありがたいなァ…。来て良かったと思うぜ」
「まったく…。お前さんはお酒と聞くとすぐそれなんだから…」
呆れ顔でオタエさんが呟いている。とは言え酒と聞いて喜んでいるのはゴロナーゴさんだけではなく、彼が『若え衆』と呼んでいる自宅に寝泊まりしている人たちもまた嬉しそうだ。酒好きな人が多いのかも知れない。
そんな酒好きな人たちを待たせるのも芸が無い。話は飲みながらいくらでも出来る。同じか、それ以上に酒好きなガントンさんらドワーフの皆さんも早く飲みたいだろう。
挨拶もそこそこに席に着いてもらう事にした。
□
光精霊サクヤが照らす数字の『0』の形、いわゆる楕円形にぐるりと一同が座って飲み会をする。今日はあまり下準備という程のことはしていない。というのも…、
「う、美味い!こんな干魚は初めてだ!」
「馬鹿野郎!こりゃあ、坊やの兄ちゃんが言ってた『ひもの』ってヤツだろう!」
楕円形の中心にはいわゆるバーベキューコンロの背を低くしたもの。レジャーシートの上にあぐらをかいて座り、手を伸ばして焼く魚の干物が身に脂を浮かせ良い香りを放つ。大量に買い込んだセールで三枚198円の鯵の干物、それが猫獣人族の皆さんに大好評。それにつられて酒量も増える。
「魚がこんなに美味いとは…」
「この辛口の酒にピッタリだべ!」
ガントンさんゴントンさんの兄弟が驚きの声を上げる一方で、
「こんな猪肉…、食った事が無え。甘辛いこいつも…、柔らかな塩のこいつも…」
ゴロナーゴさんが肉を焼いたものに舌鼓を打ちながらグビリと酒を飲む。
「そしてこの酒…。水みてえに見えてところがどっこい、スッと胸に切り込んできやがる。強さも良い、気に行ったぜ!」
「それは『しょうちゅう』と言う坊や秘伝の酒じゃ」
「肉の味付けも坊やがやったんだべ」
酒好きのゴロナーゴさんは日本酒以外も気に入ったようで焼酎片手に、ガントンさんらは干物に日本酒を飲りながら何やら語らっている。その声はだんだんと大きくなり、豪快で野太い笑い声が混じる割合が増えていく。
職人としても、男としても互いに認め合ったのだろう。すっかり意気投合し、談笑している。それはドワーフの皆さんも猫獣人族の皆さんも同じようで、宴席の中央…焼き網の上に手を伸ばし違う種族ながら互いに乾杯をする者たちもいる。
「オイオイ、ひでえぜ!俺も呼んでくれよ」
どこからか宴会の噂を聞きつけたのかナジナさんが俺も入れてくれよとやってきた。
「オレたちは止めたんだけどね…」
苦笑いをするのはウォズマさん。その後には受付嬢の三人もいる。
「お前さんらは、『大剣』に『双刃』か!それに…、間違いねえ『光速』…」
さすが二つ名持ちの有名人なんだなあ、、ゴロナーゴさんが驚きを口にした。せっかく来た人たちを追い返すのも冷たい気がする。
「分かりました、皆さん。酒の席に飛び入りは付き物です。さあ、中へ!」
「さすがに兄ちゃん。話が分かるぜ!」
いそいそとナジナさんが輪に加わり四人が後に続く。
「へへっ、面白え!器量もなかなかデケぇじゃねえか」
ゴロナーゴさんが呟く。宴は熱を帯び始めた。
□
「ウチの主人はすっかり出来上がっちまったねえ…」
オタエさんをはじめとしては奥さん方とマオンさん、そして僕は盛り上がる彼らを眺めながら談笑する。
ナジナさんのコミュニケーション能力はここでも抜群の冴えを見せ、早くも輪に溶け込んでいる。ウォズマさんはそんなナジナさんの横に付き、こちらも輪に加わっている。受付の三人はこちら、女性陣に加わっている。
「魚ってこんなに美味しかったんだねえ」
「あっ、オレも思った」
「私もですぅ」
しみじみと呟いたマオンさん、それにマニィさんとフェミさんが続く。
「これは本当に凄い魚だよ。だけど…」
オタエさんがなんだか歯切れが悪い。
「どうしたんです?オタエさん」
「ん…、いやね。こんな見事な魚、他の猫獣人族のみんなにも食べさせてやりたいと思ってね」
「他の皆さんに…」
「ああ、この町では外の川で魚が少し漁れるけどそんなのはすぐに高値がついちまう。だから干魚しかないんだけどね。でも、こんなに上物じゃないんだよ」
「そうだよ聞いておくれよ!なんの魚だか分からない雑魚の干魚が安くても銀片一枚するんだよ」
「そうそう!しかもこんなに味も良くないし!」
「ちゃんと干してないのかねえ。ハズレの干魚を掴まされたらニオイがひどいんだよ!」
奥様方は口々にこの町で買える魚について文句を言う。無理もない、山あいの町だ。冷蔵設備も輸送体制も日本ほどではないこの異世界、やはり魚は割高になるのだろう。
「アンタも魚買う時はしっかり目利きするんだよ。そうじゃないと亭主に不味い魚食わせて仕事行かす事になるんだからね」
先輩主婦の皆さんが早速新婚の奥さんにアドバイスをしていた。そんな皆さんに僕は尋ねる。
「だとすると…、この魚を売りに出したら猫獣人族の皆さんは買ってくれるでしょうか?」
奥さん方か一斉にこちらを向いた。
「そりゃ買うよ!すぐに買う!」
「値段にもよるけど、町の相場と同じ銀片一枚くらいなら…」
「あんな何の魚か分からないような干魚と一緒にしちゃ、お兄ちゃんがかわいそうだよ。もう少し値が張っても…」
うーむ、それなら…。
「分かりました。毎日は無理ですが時々は売りましょうか…。シルフィさん、ギルド前で辻売をしたいのですが…」
「ゲンタさん、魚を売るのですか?」
「はい。やってみようと思います」
「す、凄え…。パンや塩だけじゃなくて…」
「『やきそば』だけでも凄いのに…」
「そんな事ないですよ。僕は出来る事をやるだけです。それに商人です、品物を欲している人に売るのが仕事です。もちろん稼がせていただきますが…」
「じゃあ、お兄ちゃんが魚を売るのかい?」
「はい。ところでこの町には猫獣人族の方はどのくらいいらっしゃるのですか?」
「ざっと百五十人ってトコだね」
よし…、ならいけるか…。
「ではオタエさん、一つ頼まれてくれませんか?」
僕は思いついた方法を成功させる為にオタエさんに相談する。
「そんな事で良いのかい?お安いご用だよ!」
「では、明日…。よろしくお願いします」
よし、帰ったらすぐに仕入れに行こう!
そんな事を考えた時、野太い声が響いた。
「どうにもお主とは他人という感じがせぬのう!」
「俺もそう思ってたところだぜぇ」
「なら、義兄弟にでもなるべ!」
「おお!そりゃ良い考えじゃあ!」
棟梁たち三人が何やらすっかり意気投合。
「幸いここにゃあ互いの弟子たちもいるし、二つ名持ちだっている。見届け人にゃあ申し分無え!」
「ようし!それなら早速…」
「応っ!」
「まあ、待て。こういうモンは段取りってのが大事だ。そこで俺たちを取り持つ役を坊やに任せてみちゃあどうだ?コイツぁ、なかなかどうして見事な仁義を切ってきやがる。適任者だと思うぜぇ」
「ふうむ、ワシに異存はない」
「俺もだべ!」
その返事を聞いてゴロナーゴさんはこちらにグルリと向きを変え、
「聞いた通りだぜ、坊や。ここは一つ、俺たちを取り持っちゃくれねえかい?」
うーん、嫌とは言えない雰囲気だ。
「分かりました。僕で良ければ…」
そう言って僕は杯を三枚用意して三人の方に向かう。そしてこの夜、ガントンさんら三人の義兄弟が生まれるのだがそれはまた別の話。
宴はうねりのような盛り上がりを見せるのだった。