第129話 棟梁たちは分かり合う
異世界の朝は早い…。
まだ薄暗い夜明け頃、町は動き始めている。なんせ明るい昼間の時間は限られているのだ。その為、限りある明るい時間帯に人々は仕事をこなす。
早起きは三文の得という言葉があるが、むしろ早起きしないのは損である。暗くなった後に明るく照らす為に火を焚くなりしても燃料の油や薪を消費う。
逆に少し早起きするだけでそれを避けられる、使わない金は利益に勝るのだ。利益を得るのは確かに大事、しかしその利益を得るには何か労力や手間を要するものだ。また、例えば卵を売って利益を得るとして全て売れれば良いが、中には割れたりする事もあるだろう。損失である、ただ早起きするだけでそれを避けられるなら工夫も何もない。ちょっとした努力や心がけで済む話だ。
今朝も僕とマオンさんはパン販売をしに行く為、冒険者ギルドに向かうところだった。冒険者たちの朝も早いから町の中だけでなく外の森に出かけて狩りをしたり、他の町や村に向かう者もいるのだ。
ドワーフの皆さんが作ってくれた木製の畳三分の一ほどの底面積に十センチほどの高さの蓋無しの箱型容器。そこにパンを並べて段重ねにしていく。それを荷車に次々に載せていく。こうすればギルドに着いたらその段重ねにした容器をそのまま販売コーナーにしたテーブルに乗せれば良い。
最初の頃はリュックや袋にパンを入れて運んでいたが、それだとギルドで並べ直さねばならない。この方法なら輸送の為であると共に、陳列の為の方法にもなる。
積み終えて出発しようとすると、マオンさん宅の前に数人の人影、それは見知った顔ぶれだった。
「驚えた…。こいつは…」
そこにいたのはゴロナーゴさん。この町の鳶の棟梁だ。
「あっ!ゴロナーゴさん!」
「おう、坊やか!!」
□
ゴロナーゴさんは僕とマオンさんに昨日会った事で火事の後のマオンさんの様子が気になったそうで、仕事に向かう道すがらここの様子を見に来たのだそうだ。
また、マオンさんにとってゴロナーゴさんは恩人、火事の時に彼女を助け消火活動をしてくれたそうだ。ただ消火活動と言っても水をかけて消すようなものではなく、家屋を引き倒して火事をその場だけのものにするのが目的だ。別に消火器や消防車がある訳ではない。文字通り飛び火をさせない事、延焼をさせない事が第一なのである。
ただそのおかげでマオンさんの命は助かり、納屋だけは残った。僕とマオンさんが出会い、急な豪雨を避けたあの納屋が。
「それにしてもよォ…、こいつは見事なモンだぜぇ…」
ゴロナーゴさんは新しく建った家を眺めしみじみと呟く。一階部分が完成し、今ではそこでマオンさんは寝泊まりをしている。壁を隔てそちらではガントンさんらドワーフの皆さんの寝泊まり場所になっている。
そのガントンさんたちの寝泊まり場所のドアが開き、彼らが出てきた。彼らドワーフの職人の朝も早い。
「おう、坊やにマオン。ギルドに出向くのか。…ん?」
ガントンさんが僕ら以外にも人がいる事に気がついたようだ。簡単に僕が仲介しお互いを紹介する。
「なるほどなァ…、これで合点がいったぜぇ…。短けえ間にこんな立派なモンが建ってよォ…。見たトコ、まだ上に建物を伸ばすようだが…。金は要らねえ、俺もこんな仕事に一枚噛めればなァ…」
ゴロナーゴさんがしみじみと言う。
「ふむ…。ワシは構わんぞ」
「な、何ッ!?」
ガントンさんの言葉にゴロナーゴさんは驚く。よく見ればゴントンさんは頷いている。
「俺が加わっても良いってのかい?こんだけの腕前だ、他所の力量も分からねえようなのと手を組むってのかい?」
「手を見れば分かる」
「んだ」
ガントンさんの言葉にゴントンさんも再び頷く。
「お主の手は無骨者の手じゃ。まっすぐ仕事に向き合い熟してきた…マメの上にマメが出来た荒れに荒れた手…」
ゴロナーゴさんは自分の手の平を思い出したように見つめる。
「だが、それが良い」
「んだ!」
「その荒れが良い!その荒れこそが長年仕事に向き合った男だけが持つ掌よ!」
ぐっ!ゴロナーゴさんは思わずと言った感じで手を握りしめている。そんなゴロナーゴさんにゴントンさんは声をかける。
「それより、お前さんはどうなんだべ?俺たちの腕前じゃ不足を感じたりはしないんだべか?」
そんな問いにゴロナーゴさんはニヤリと笑った。
「これだけの建物を見せられちゃあよォ…。お前さんたちのウテは疑いようがねえ!何より声高に物語ってらあ!」
《ナレーション》
棟梁たちは分かり合ったのだ。
能書きなんざいらない。
多くを語らずとも互いの力量が見てとれる。
その手が…、建物が…優れているのを物語る。
無言の男の会話であった。
(花の○次〜雲のかなたに〜風に)
「ふむ…。お主とはじっくりと語り合ってみたいものじゃな」
腕組みをしながらガントンさんが言う。
「なら、どうですか?今夜」
「む?」
「飲むんですよ、ガントンさん。宴会です。ただ話すのも芸が無いでしょう」
おおっ!ドワーフの皆さんが声を上げた。返事を聞くまでもない。
「ふくくくっ!何も言わずにまず酒か!こいつは面白え!」
ゴロナーゴさんにも異存は無いようだ。話は決まった。
「では、今夜!」
話はここまで、僕とマオンさんにしても、他の皆さんも仕事がある。続きは後でも良い。
「気をつけて行ってくるんじゃぞ」
そんなガントンさんの声に送られて僕たちはギルドに向かった。