第12話 計画失敗!?商人ギルド内急転直下!
<前回のあらすじ>
商人組合の会員資格の一季(三ヶ月)継続に向かったマオンと元太。そこに組合長が現れる。
彼は言う、今月より更新料は銀貨三枚から金貨一枚になったと。
三倍以上の値上がりに言葉を失う老婆。
その窮地に元太は思わず進み出たのだった。
僕は後ろに控えていた場所からマオンさんの横に進み出る。二人の話し合いに加わり、事態を好転させる為だ。背中のリュックを前に回して中身を取り出そうと片手を背負い紐から抜こうとする。
しかし、その僕の手をマオンさんの手が制した。
「んう、どぉうしました?お若い若者』
チラリと僕の方に目を走らせた組合長が問うてくる。組合長、『お若い』と『ヤングマン』で意味かぶってるよとツッコミたくなるがグッと堪える。
そうした僕の手をマオンさんがギュッと握る。少し硬くゴツゴツと、そしてカサついた手の平。それだけ長年苦労して生きてきた事が分かる手の平。だけど何より温かく、不思議と落ち着く事ができた。
「いや、なんでもない。この子は儂を心配するあまり、思わず横に出て来たのだろうよ」
マオンさんがふう…と息を吐きながら回答える。
「成程、家族愛!感動ですなあ。ところでぇ〜、更新はどうしますかぁ〜?」
「更新料を貸し付けで賄う事はできんかねえ?」
それを聞いて組合長の声が低くなり、間延びが消える。
「新規加入なら認められる事もあるがねぇ…、更新では…。払うのを見越して商売をするべきと私は常々(つねづね)考えているのだよ」
その通りさね….、とばかりにマオンさんが頷いている。ならばなぜ貸し付けでと…、マオンさんは問うたのだろう?
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やはり貸し付けでは更新料を賄う事はできず、組合所属の資格は今日一日をもって終了する事となった。
火事に遭った事でパンを焼く竃や家屋を失ってしまった事を考慮しても、更新とパン焼き竃両方の借金は認められない、それが組合長の回答だった。
「更新と竃の修繕の両方に借金となれば、ましてや修繕するにしても一日二日で出来る物ではない。その間はどう稼ぐ?貸し付けは利子も伴う」
一つ一つの言葉が重く響く。
「御婦人、貴女には言うまでも無いと思うが…、私達、商人にとって金は血であり、糧であり、武器である。だが、時に金は自分に牙を剥くこともある」
「……」
「金が無ければ無いで世を恨み、有れば有ったで嫉妬され身を刺される。兎角、思うに行かぬのが金というもの…」
そこに、ギルド入口から若いが仕立ての良い服を来た男がやってきて組合長に話しかける。
「組合長、御領主様の元へ向かう準備が整いました」
「ふむ…。出掛ける前にこうして話せて良かったかも知れん。あまり長だなんだと祭り上げられてばかりではこうして生きた話を聞く事は往々にして少ない」
さっきとは打って変わったように組合長は真面目な口ぶりになりカウンターを出る。間延びした言葉が凛としたものになった様に身にまとう雰囲気がまるで隙の無い物に変わる。
「それでは失礼しますよ。御婦人、そして若者よ。良い機会だハンガス、この後の話を引き継げ。…じゃあ、行ってくる」
そんな言葉を残して組合長は外へと出て行った。
□
組合長がこの場を離れた時、止まっていた時が再び動き出したような気がした。
ハンガスと呼ばれた男がカウンターに歩いてくる。元々いた気弱そうな受付の男性はまだ席に戻れない。今度もまた別の男がその席の主になり彼は席に戻れず、手持ち無沙汰にしているのが印象的だ。
だが、実力はあるのだろう、引き継ぎを命じられた男に要点を伝え再び後ろに控える。
それから話を引き継いだハンガスは椅子に座るなり、
「それで…、まだ何か話が?」
面倒くさいなという態度を隠そうともせず言い放った。
「「え?」」
思わず同時に出る僕とマオンさんの声。
「二つ同時の貸し付けは無理。ならば、ギルド組合員の更新料を借りれば竃の費用が、竃の修繕費を借りれば更新料が、足りなくなるのでしょう?どっちを取っても詰みですよ。詰み」
ハイ、お終いとばかりに手をひらひらと振っている。
「だいたい、辻売りのパンでしょう?そんなに金になる訳ないじゃない。一個白銅二枚で売るとして日にいくつ売れるってのよ?お婆さん」
「…日に五十って所さ」
「五十個か、辻売りにしちゃあ売れているな。しかし…だ。それでも日に銀貨一枚(日本円で一万円)がやっとだ。材料だなんだで金は飛ぶ、儲けはいくらだあ?白銅三十(日本円で三千円)…を切るくらいか、ん?それに雨の日、強風の日は辻売(道端に立って売る人)では商売にならんだろう、毎日出来るものじゃあない」
薄く目を瞑り、ハンガスはやれやれとばかりに首を左右に振る。一ヶ月のうち、二十日より数日多いくらいなら月収は七万円くらいになるだろう…。主食は売り物と一緒に焼いていたと言っていたから食費はパン以外が必要だとして…、今マオンさんは銀貨を三枚は持っていた。
おそらくその倍くらいは手持ちにあったのではなかろうか。それにパンを焼くなら小麦の粉を仕入れなきゃならない。そのお金は残すとして…、うーん、更新料と手持ちの全財産が同じくらいか…、これは厳しそうだ。
「まったく、親父にも困ったもんだ。結論は見えてるだろうが。何を引き継げってんだ?もう無理ですよって引導渡してやれってかあ?」
だんだんと言葉使いと品が悪くなっていくハンガスが周囲のギルド職員を見渡しながら笑っている。
だが、今…、
「親父…?」
「ん?ああ、そうだ。組合長は俺の親父さ」
□
「俺の結論から言うとよぉ〜.、引き際だと思うぜぇ?店仕舞いだよ、店仕舞い。み、せ、じ、ま、い」
ハンガスが突き出したアゴを左右に振りながら、一文字ずつ店仕舞いとやたらと強調してくる。
「家や土地があるなら売って、余生静かに暮らすってのもアリだと思うぜぇ?婆さんその歳だ。
新たに借金こさえて無理する事ねえ、楽隠居って訳には行かなくても、悪かねえ人生のアガリだと俺は思うぜぇ、なんならウチに売るってんでも良いぜ?」
ハンガスの物言いに少しムカつくが、一つの考え方でもあるとも思う。
「それか、ウチで下働きでもするか?ウチは小麦の卸からパン焼きまで全部やってるしよお」
「…下働き?」
僕の問いかけにハンガスはニマァと笑う。
「そう、下働きだ。パン焼きのな。行くトコ無いってんなら、ウチで雇ってやっても良いぜぇ。なんたって俺は商会主だ、俺の一存で決めてヤンよ」
「商会主?お父さんが商会主じゃないの?」
僕が疑問を口にすると、
「ゲンタ、組合の幹部になるとね、自分の商会をえこ贔屓しないように商会主をやめるものなんだよ」
え?でも、こうやって息子が商会主になるなら贔屓するんじゃ…
「組合で決まった施策で動く金は、幹部の店には来ねえよ。こちとら会費と別に運上もしこたま払ってんのによぉ〜、取られるモンだけ取られて、来るモノが来ねえってよォ!
ホントに意味の無えクソだよな、クソ!」(運上…ここでは売り上げに応じてギルドに支払う上納金。ちなみに辻売りなど売り上げが少ないと払う必要はない)
また僕の疑問に思った事が顔に出ていたのか、ハンガスが疑問に回答えた。
「…まぁ、何するか決めるのは幹部側だけどよ」
良いのだろうか、組合長の息子がこんな事言って。あと、受付を引き継いだんだからこの人もギルド組合員って事か…。二重の意味でまずい気がする。
「…で、どうすんだ?」
マオンさんは考え、そしてこう返した。
「借り入れは無理のようだからね…、儂は更新をやめておくよ。組合に入ってなくても町で物を売ってはならないって決まりはないから、野良商人って言われてもパンを売っていくよ」
そうかよ…と、ハンガスが呟く。何か気に入らないようにも見える。
「ところで、まだ今日一日はまだ儂も会員さね。組合内で販売をさせておくれよ」
マオンさんはこれが本命と言わんばかりに切り出した。
「あぁ?販売だ?金もかかるんだぜ、ここで販売ってだけでな」
「それで良いよ、パンを売らせて欲しいんだ。この子のパンはそりゃあ凄いんだよ!一個で銀貨一枚の価値はある!」
ざわっ!
途端に組合内がざわつく。ヒソヒソと何か話すような声もする。
「本気で言ってるのか、婆さんよ」
「本気さ、銀一でも安いくらさ」
言い放ったマオンさん、それを受けてハンガスは…、かはっ、くくく…はははっ、笑い声を漏らす。
笑いに口元を歪めたハンガス、しかし次の瞬間!!
だんっ!!!とカウンターを激しく叩く!
「吐かしてんじゃねえぞ!ババア!何処の世界に辻売のパンに銀一出す馬鹿がいるってんだ!アンタはそこそこパン焼き上手なのは知っている。横の若いの…、妙な服だが他国帰りか…、よしんばそいつが他国を回って修行したにしても…だ、タカは知れてる。
ここは商業ギルドだ!他の街や国からだって産物や情報は入ってくるんだ!だが、そんなモンは一切無え!銀一出すようなモノなんてよう、そんなモノは無えって言ってんだよ!この俺が!!」
まさに豹変、牙を剥くような雰囲気でその顔に憤怒を撒き散らす。
「寝言言ってんじゃねえぞ、ババア!今すぐ永眠りたいって言うなら道案内しても良いけどよぉ!ああん!?」
町のチンピラ丸出しで、マオンさんに暴言を吐くハンガスにたまらす僕は前に出る。しかし、僕はこんな荒事の経験はない。
「クソがっ、ダニがもう一匹湧いてきたのかよっ!ギリアム、こいつらをつまみ出せ!」
「な、何をしたと言うんじゃ!儂は場所を借りようと…」
振り返ると、いつの間にか僕らの後ろには人相の悪い男がいて僕は簡単に後ろ手に腕を捻じ上げられてしまった。
同様にマオンさんも取り押さえられている。
「なあ、このままコイツらを表に叩き出せば良いんですかい?」
ギリアムと言う男がハンガスにお伺いを立てた。
「そうだな…、いや、待て。表は目立つ。裏口だ。裏口からつまみ出せ。二度とここに来ようと思わぬ程に丁重に、な」
「ふ、ふざけるんじゃないよ、場所を借りて物売りしたいと言っただけじゃないか!何をいくらで売るかは商人の裁量才覚の勝手じゃないかっ!?アンタのトコが小麦を高値で卸すようにっ!」
取り押さえられてもマオンさんが気丈に叫ぶ。
「野良の物売りに堕ちる婆だと思って哀れんでやれば調子に乗りやがって!二度とギルドに顔見せるんじゃねえ!
竃も無え、家も無え、そんな野良犬ババアにどんなパンが焼ける!大方、何日も前の硬いパンをかき集めて持って来るぐらいしか手は無えじゃねえか!手前ら、自由に商売出来るなんて思うなよ!この後の事は一切関知はしねえが、町売りなんぞしてみろ組合がそれを許さねえと覚悟しておけ!」
それだけ言うとハンガスが出ていけとばかりに手を横に払う。それを受けてギリアムが僕らを裏口に向けて歩かせようとした。
「ギリアム、命令変更だ!そこからだ、その目障りどもを今すぐに叩き出せ!今すぐだ!」
指差した先は目の前の、僕たちが入ってきた正面の入り口。激昂したハンガスは、一秒でも早くここから僕たちを叩き出し、そして追い出される様子を確認したいようだ。
大柄なギリアムによって難なく入り口まで腕を捻り上げられそのまま入り口まで連れて来られる僕たち。ギリアムは僕たちの腕を捻り上げながらそのままぐいっと足で押して扉を開ける。
活気ある町の通りの賑わい、そんな音や声が聞こえて来た。
「へへっ、おサラバって奴だ。ババアの方はこの世じゃもう会う事も無えかもな!」
どんっ!!とばかりに僕たちは通りに突き飛ばされ、僕は体の前面をしたたかに地面に打ち付けた。ベシャッと効果音が出るような投げ出され方、思わずイタタタと声が出るが、大きな怪我はない。
マオンさんは?そう思って彼女の方を振り向くと彼女は横倒しの材木のように地面に転がっており、こちら側には背中を向けている為に詳しい様子が分からない。
後ろでギルドの戸の閉まる音がしたが、そんな物は関係ない。
「マオンさんっ!!」
這うようにマオンさんの元に寄り、正面に回った。悔しさと苦痛に満ちた顔でマオンさんが呻いている。
そっと彼女を抱き起こし、背中を支え目立つ部分の泥を払う。
その間、彼女は苦痛に耐える呻き声を漏らし、ゲンタ、ゲンタと僕を呼ぶ声を弱々しく上げる。
「…すまなかったねえ、ゲンタ。痛い目に遭わせて…。お前さんのパン、売る場所を作れなかったよ…」
瞳に涙さえ浮かべてマオンさんが謝罪する。火事に遭った後、僕の前では気丈に振る舞っていた彼女がいたく傷付き気を落としている。
彼女が最初に話した言葉は、自分の痛みでもギルドへの恨みでもなく、僕を気づかい謝罪するものだった。
「僕は大丈夫ですっ!マオンさんの方こそ…」
それ以上は言葉を出せなかった。言葉にならない。マオンさんの小さな体をそっと抱きしめる。こんなに優しいマオンさんを酷い目に遭わせやがって….!
何があってもアイツらを許すものか!機会さえあればきっといつか…。
僕が黒い気持ちに燃えながらマオンさんを支えていると、
「どうしました?大丈夫ですか?」
見れば簡素で変わった服を来た小学生くらいの女の子が心配そうな顔で僕たちをのぞき込んでいた。
自分で書いててなんですが…、
ハンガスとギリアム、こいつらには必ず落とし前をつけさせます。
次回は癒し回。ネコミミ少女現る!?
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