第127話 色鮮やかな祝宴
夕刻…。
僕は荷車を引いてゴロナーゴさんのお宅に来た。祝宴の主菜を届ける為である。この計画には色々な人の力を借りた。
ゴントンさんをはじめとしたドワーフの皆さんにシルフィさんをはじめとしたエルフの皆さん…。そしていつも買い物に行くスーパーの店員さん…。その皆さんの力が無ければなし得ないものである。
ゴロナーゴさんの自宅、おそらく十人からのお弟子さんや職人さんが寝泊まりしているのだろう。普段はここで大勢が食事をしたりするのだろう。広間のようなものがあり、そこで祝宴をやるようだ。
新築祝いに結婚の祝い、二つ重なりめでたさ倍増。そんな席に出す祝膳という事だけではなく、僕を信じて銀貨を二十枚も持たせてくれたゴロナーゴさんの気持ちに応える為にもやり遂げたいと思った。
「無理だとは分かっちゃいるが、生の魚が食えたらなァ…」
猫獣人族の皆さんの食の好みを聞いていた時にふと漏らした一言…、僕はそれを叶えたいと思った。僕の考えを話したらギルドにたまたま所用があったのかゴントンさんには揺れにくく、一皿ごとに固定できるような荷車を、シルフィさんらエルフの皆さんには氷を作る魔法に加えてセフィラさんにはその力を余す所なく使える人型状態の氷の精霊を召喚し同行させてくれる約束を得た。
生の魚…、僕が用意したのはいわゆる刺身である。一人前1500円を二十人前…、ちょっと豪華な盛り合わせ。ギルドで輸送の協力を得た後の僕は日本へ急いで戻りスーパーへ。
鮮魚コーナーの方にお願いした所、午前の品出しや昼間の寿司を作り終わった所で午後三時には準備が終わるとの事だったので注文を即決した。
後は百円ショップで保冷剤を急いで買い、自宅冷凍庫へ。合わせて買った三百円コーナーのお皿を買い、自宅で皿洗いをした。
悪戦苦闘、保冷剤やスーパーの氷を仕込みながら代金を先払いした十個ずつ刺身のパックを持ち帰る。ひっくり返したりするのはもちろんあまり揺らさないように…。冷蔵庫に第一陣を入れ、すぐに第二陣を持って帰る。そしてそのまま異世界へ。
マオンさん宅ではゴントンさんが中に木枠を入れ、一皿ごとに格納出来る荷車を準備してくれていた。木枠を動かし任意の場所で固定する事で皿や容器の形に合わせて格納する事が出来る。これを数時間で作ってしまうんだからドワーフの方の技術と言うのは凄まじい。
そして自前の保冷剤だけでは頼りない、そんな気持ちからエルフの皆さんに頼んだ冷却の手段の魔法の力。氷の精霊もいてくれる。温度管理の心配も要らない。冷たく新鮮な状態で運ぶ事が出来た。
そして刺身のパックから皿に移し替えていき、ラップでホコリなどが入らないようにしていく。さあ、後はお客さんが来るのを待つだけである。
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「こ、こりゃあ…」
ゴロナーゴさんが目を丸くしている。その視線の先に刺身盛り合わせ。
「お、お客人。な、生の魚じゃねえかッ!それも今切りたてみたいなツヤッツヤだぜぇ…」
場には二十人の猫獣人族の皆さん。男女の一組…この方たちが今日の主役の新婚夫妻なのだろう。そして僕をゴロナーゴさんに仲介した事もあってかミケさんたち姉弟。そして驚いた事にミアリスさんも招かれていた。
「怪我した時にゃァ、嬢ちゃんの世話になるからなぁ…」
なるほど、ミアリスさんは治癒の魔法が使えるし薬草にも詳しい。おそらくはこの新築にもそんな形で関わる事があったのだろう。
「さあ、お客人!もう一つ頼まれちゃくんねえか!こんな見事な魚ァ、黙って食うのも芸が無え。話の種にでもその由来とか謳っていっちゃくんねえかい?」
まさかの依頼である。まあ、それで場が盛り上がるならそれも良いか。余興みたいなもの…、品物以外にもサービスを売るような気分で…。
「では…余興代わりに…。まずその皿の左上にあります赤い身をした魚は鮪と言いまして…」
僕はそれぞれの魚について見聞きした事がある話をしはじめたのだった。
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「めでたいから『たい』かあ…」
「出世魚とは結婚式におあつらえ向きの良い逸話じゃねえか」
「見ろよ、このピカピカの魚を!こんなの港町でも食えるかどうか…」
それぞれの魚について知っているエピソードや説明をした、猫獣人族の皆さんは初めて見る魚に興味深々のようだ。
「ふむう…。この『しょうゆ』だったか…。確かにこりゃあ良く魚に合うぜえ…。塩振って食うのたあ違う風情だぜえ…」
ゴロナーゴさんはマグロを醤油にチョンと付けて一口、感心したように唸っている。箸ではなくフォークで刺して食べているのには違和感を覚えるが…。
あっ、そうだ!忘れてたよ…。
「すいません、魚の盛り付けにかまけて忘れていました。これは僕からの贈物…、祝酒です。僕の故郷の酒です、魚にはよく合うと思うのですが…」
そう言って僕は刺身を二十人前作ってもらっている間に買った日本酒の一升瓶を
「へっ、祝酒たぁよォ…。何から何まで憎い男だぜぇ…。それに故郷の酒と言ったか…、って事ァ…海越え山越えの異国の酒かァ…」
酒好きを公言しているだけあってゴロナーゴさんが嬉しそうに目を細める。持って来たのは五本ほど、結婚の席に偶数は良くないって聞いた事がある。その数は2で割り切れてしまうから。せっかく一緒になった二人が二つに割れて別れる…離婚を想像させるからだ。
当然、今日の主役は新婚の二人だからまずは二人に一升瓶を渡す。それから受け取った一升瓶を新婚の旦那さんはゴロナーゴさんに手渡した。そしてその酒瓶から新婚の二人のコップに注いでいく。このあたりは上下関係みたいなものなんだろう。
グッ…、新婚の二人が日本酒を一気に呷る。パチパチパチ、一同から一斉に拍手が起こる、いきなりで驚いたが僕もそれに倣う。
それから酒瓶をめいめいに分け、それぞれにやってもらう。
「かあ〜ッ!こりゃあたまらねえ!辛いッ、口内焼けるみてえな切れ味だぜ!だがよう…」
そう言いながらゴロナーゴさんは刺身を一口食べて…、また酒を一口。
「甘い魚の身…『さしみ』っつったか?これ食ってからこの酒を飲ると堪えらンねえッ!魚は絶品、酒も絶品!こりゃあたまらんぜぇ!」
他に参加している人たちも同じような反応をしているから好評なんだろう。もっとも未成年のミアリスさんは酒は呑んでなかったが…。
「聞いた話通り…、いやッ聞いた以上だ!俺の面子を十二分に立ててくれた!客人、お前さん何か困った事があったら遠慮なく言ってくんなッ!不肖このゴロナーゴ、この礼は必ずさせてもらうぜ!」
すっかり上機嫌のゴロナーゴさんは力強くそう言ってくれた。
「そう言っていただいてもらえてホッとしました。それとこれは…」
そう言って僕は、部屋の端に置いていた袋ゴソゴソやって僕はあるものを取り出す。
「お、なんでぇそれは?食い物じゃあねえようだが…」
これは万が一、刺身が不評だった時に用意していた缶詰。
「これはツナという食べ物が入っている物で…」
「つなッ!?」
それまで静かだったミアリスさんが大きな声を上げた。既にネコミミが頭から出ている。興奮しているのかも知れない。
「おぅ?嬢ちゃん、知ってるのかい?」
「はい、親分さん。ゲンタさん、『つな』って『つなさんど』の『つな』ですよね?」
その問いに僕は首肯く。
「凄いんですよ、親分さん!『まよ』で味付けした魚の身で挟んだパン料理なんです!私、一口食べただけで耳が出ちゃいました」
「ほう…」
ゴロナーゴさんは身を乗り出し興味深そうにしている。
二十パック以上買っておいたので一つ開けてみようか…。
「こうやって開けましてね…」
アウトドア用の紙皿にツナを出した。一パック3個入りなので3つとも出して3カ所に分けた。
「最低限の味付けだけしてあります。ちょっと味見程度の量ですがつまんでみて下さい」
「おほっ…、こ、こりゃあ…」
「す、凄えぜ!」
「これもまた美味え!」
これまた大好評だ。
「これを皆さんにお贈りします。まあ…お土産みたいなもので」
「何から何まで…、大したモンだ」
皆さんも頷いている。良かった、大成功のようだ。
「そういや、客人。この白いのはなんだ?」
あっ、これ説明忘れてた。
「あ、それはイカというもので…」
その瞬間、僕はどきりとする。
猫ってイカ食べさせちゃダメじゃなかったっけ?確か腰を抜かすとか…。ま、まずいッ!
「まあ、とりあえず食ってみるか」
「あっ、ちょっと待ってくださ…」
ぱくっ、言いかけた僕をよそにゴロナーゴさんは食べてしまった。他の皆さんも続いている。だ、大丈夫か?
「あ、あががが…」
最初に食べたゴロナーゴさんがピクピクしながら体をダランとさせ始めた。ま、まずい、どうしよう?