第126話 商人が売るもの
先程、軽く跳ねるようにして着地。その時に足を肩幅程に広げ、少しばかり腰を落とす。ベッタリと地に着いた足に着地した時の刺激が残る。不格好だがこれで良い、足裏に残る感触…自分自身の足が地に着いているのが分かる。
さっきまでゴロナーゴさんの迫力に気圧され、すくみ上がっていた僕の身体…少しは落ち着いた気がする。今度は僕が話す番だ。
「お控えなすって!」
右手を前に出し、第一声。小さい頃、祖父と平日の夕方よく見ていた時代劇の再放送、水戸あたりから旅立った御老人の一行が諸国を漫遊するアレだ。そのワンシーンであるよくお風呂に入っていた人が地元の親分に挨拶する場面をマネしてみる。
「手前生国と發します所は小さな島国、東の果てのそのまた先の…海に浮かんだ小島にござんすッ。縁あり人あり、流れ流れてこの町で、パン売りゲンタと称します、昨今駆け出しの小僧っ子にござんす!」
…挨拶としてはどうかと思うが、いきなりやったにしては上出来かな。これは上手い下手じゃない、いわばハッタリ。こういうのは勢いだ。商人が最初に売るのは品物ではない、自分だ。僕という人間の中身を売るのだ。一見限りの商売でないのなら特にそうだ、
ましてや今回は何を売るのか、いくらで買うか、どのくらいの量なのか提示されていない。おそらく僕の器量を測り、依頼をするかどうか…、あるいは軽く扱うのか重く扱うのか決めるのだろう。
それにしても腰を落とすって大事だ、それだけで身体が落ち着く、声も出る。さあ、どうだ?
するとゴロナーゴさんは立ち上がり、同じように挨拶を返してきた。
「こらァ…ご丁寧な挨拶いたみいる。俺はゴロナーゴ、ここミーンで鳶職の棟梁ァ張っている。猫獣人族に生まれて早四十年、酒と喧嘩が大好きな無骨者たァ俺の事でぇ」
そして言い終わっても中腰のままジッと僕を見つめている。ズン、とばかりに感情を沈めた物凄い真顔。だが僕も目を逸らさない、ここまで来れば睨めっこ、引いたら負けよ、アップップとばかりに僕も視線を逸らさない。
お互い中腰で見つめ合うというような、傍から見ればおかしな光景だが誰も口を開かない。周り全員がドン引きしてシーンとしたような空間、どこからかジジ…と微かな音がした。
「く、くくく…。くははは、ふわあっはっは!!」
再びビリビリとしたような振動が肌を刺す、ゴロナーゴさんが先程までのぞき込むような姿勢の真剣な真顔から破顔一笑とばかりに笑う。
「こいつは驚えたッ!!見た事も無えような型だが、俺にしっかり仁義を切ってきてるじゃねえかっ!!面白え、実に面白え!!おうっ、若えのッ…いや、御客人ッ、そして婆さん何も無え所だがまあ座ってくんな!!」
そう言ってゴロナーゴさんは僕らに座る事を勧めたのだった。
□
「んで…、実はよ」
煙管のような細身のパイプをひと吸いし、ぷかあっとばかりに煙を吐いてからゴロナーゴさんは話し始めた。
「ガキの頃から可愛がっているウチの職人の中にな、所帯を持った奴がいてな…。そいつがこの度、家も建てた。親分、家を一つ建てて下さいってよ…、二人して貯めた金を俺の前に持って来てな…」
そしてふぅ…と吐息を一つ。
「だがよ、よっぽど必死だったんだろうな。家は建ったが結婚式は挙げてなくてなァ…。だからよ結婚式なんて気の利いたモンは出来ねえが、代わりに呑んで食って騒げるような場を設けてやりたくてよォ。どうだい、御客人?なんかいっちょ気の利いたモンを用意出来ねえかい?」
うーむ、なるほど…。そういう事か…。
こりゃあ確かに人を選ぶ依頼かも知れない。めでたい席に出せるもの、それを僕に任せるという事か…。
「ちなみにその宴は何人くらい参加されて、いつやるんですか?」
「今日の夜に二十人ばかし集まって…と思ってたんだが、これぞ…って主菜が用意出来なくてなあ…。そしたら、あの『かつおぶし』を用意した昨日の広場で黒山の人集りをこさえた凄腕の商人が冒険者ギルドにいるって言うじゃねえか、だからそれを見込んで…なあ?もちろん今日の今日でやってくれって訳じゃねえ。日を改めてもらって構わねえ!」
「集まるのは猫獣人族の方だけですか?」
「ああ、そうだ。みんなこの建築に関係した者か、所帯持った二人かだな」
主菜か…、その席に出せるような…。
「分かりました。この依頼、お引き受けいたしましょう」
「なっ!?俺はまだ何も言っちゃいねえ!報酬の額も聞かねえのかッ?」
「はい、親分さんの事です。その辺の事は悪いようにはされないと思いまして…」
「分かった。おいっ!」
そう言ってゴロナーゴさんは控えていたうちの一人を呼んだ。
「銀貨二十枚だ、これでなんとか一つ頼む」
銀貨二十枚…、日本円で二十万円だ!これは…やるしかない!
「それでは…、予定通り今夜お伺いいたします」
「今夜だとッ!もう半日も無えと言うのに…」
僕の腕時計は午前十時過ぎ、急げば…大丈夫!
「一度決めた宴の日時を違えては、親分さんの面子にも関わりましょう。詳しい開始の時刻をお伺いしても…?」
そう言って僕はより詳しい話を聴取するのだった。
□
「良いんですかい、親分?初めて会ったばかりの男にあんな大金を…」
ゲンタと名乗った青年とマオンという老婆が立ち去った後の部屋で、並んでいたうちの一人がゴロナーゴに尋ねる。
「あらあ、自分で言った事は必ずやる男の顔だ。それによ…」
ぷかあ…、再び紫煙をくゆらせる。
「あの男…、俺の咆哮混じりの声にも怯まず仁義切ってきやがった。あらあ中々どうして出来るモンじゃねえ…」
咆哮…魔法などがあるこの異世界だがそれ以外にも影響を及ぼす技能が存在する。咆哮もその一つで、猫獣人族の近縁種である獅子獣族の多くが持っている事で知られる。
一言で言えばライオンが上げる威嚇の為の咆哮のようなものである。これを聞いた者は萎縮しすくみ上がる威圧感のようなものを伴う声となる。
ミーンの町の猫獣人族たちの顔役とも言えるゴロナーゴはその咆哮の技能をいつの頃からか持っていた。だが別にその技能だけで同族たちの首領になった訳ではない、そうなるだけの器量や力量を備えていた。
「しかし、具体的にどんなモンを持って来るか…」
「俺たちの好みとかを軽く聞いただけで…」
部下たちは不確かな夜の主菜を思い不安を口にする。親分の名で開く宴会だ、つまらないものが宴席に並べば折角の祝いの席が台無しだ。別にそれだけでゴロナーゴの評判が地に落ちる訳では無いが、ケチの付き始めくらいにはなるだろう。
「まだァ…、分からねえのかい…?」
しかし、ゴロナーゴは否定する。
「俺たちがよ…、やりとりしたのは金と主菜じゃねえんだよ」
えっ?とばかりに部下たちは親分の次の言葉を待つ。
「俺たちがやり取りしたのは自分の器量そのものよォ…。つまらねえモノを持ってくりゃ…、あの坊やっての男の器量が知れらァ。と、同時に俺もそんなモンしか持って来れねえような奴を頼りにするような器量って事だ」
ゴロナーゴは再び煙管状の喫煙具をひと吸い、ジジ…煙草が焼ける音が妙に大きく響く。ふう〜、大きな息と共に煙を吐き出した。
「逆に俺が出した金が少なければケチな男だと思われるだろうよ。金と同じでケチな器量しか持ってねえ…、小せえ男だってなあ…」
こーん、こーん。喫煙具を下向きにして煙草の燃えカスを灰皿にあけ、ゴロナーゴは喫煙を終える。
「分かったかい?分かったら宴席の支度をやってきな。手抜かりなんざあっちゃなんねえぞ!」
「へいっ!!」
部下たちが散っていく。
「さて…、俺は…猫らしくしておくか…。果報は寝て待てってな…」
春の陽射しうららかに、ゴロナーゴは一つ大きな欠伸をした。