第125話 兎少女集団(バニーガールズ)と猫の親分(後編)
状況を整理してみよう。
ここは朝の冒険者ギルド。兎獣人の女性ミミさんの依頼『美味しいにんじんが食べたい』という依頼を受けたら、なんやかんやで二十人の兎獣人族の皆さんからの依頼となった。
無事に人参を確保して、満足してもらえる品質かどうか野菜スティックと牛酪甘煮を作り味見してもらった。すると大好評、特にグラッセはしばらく言葉を失うくらい気に入ってもらえた。
たが…、その後。ミミさんがいつの間にか僕の横に座っており、なんと僕に抱きついてきたのだ。
「ちょっ!?ちょ、待て。ちょ待て。ちょ待てよ!あっ…、すいません。ミミさん、どうしたんですか?」
むぎゅう…。ミミさんは僕の右側にいて、腕は僕の首に巻きつきその両足は僕の腰のあたりをガッチリ絡めとっている。
「しゅき…」
そう言いながらミミさんは僕の頬にスリスリとその頬を擦り付ける。
「ちょいちょいちょいちょいッ!?」
「ダメですぅ〜!」
マニィさんとフェミさんが慌てて受付から駆け寄ってくる。シルフィさんはそこまで取り乱してないが、やはりこちらに来る。
「何?」
ミミさんはスリスリはやめたものの抱きつく事はやめず、マニィさんたちに視線を向ける。
「ちょっと待ってくれや!他人の旦那に手ェ出すんじゃねえよ」
「旦那?」
ミミさんは一瞬僕に視線を向けた。
「ああ、そうさ!オレ達は旦那から手鏡をもらってるんだぜッ!」
そう言ってマニィさんは警察手帳か印籠か…、そんな物を出すような勢いでポケットから手鏡を取り出した。フェミさんも、その後ではシルフィさんが少し照れながら手鏡を取り出した。
「うわっ、すご…」
「綺麗…」
「ふむ…。これほどの物を…」
ミミさん以外のウサ耳ガールズは手鏡に視線が釘付け、ヒョイさんは顎髭に手をやり何事か呟いている。ここ異世界では男性が女性に手鏡を贈るという行為は結婚を申し込んだ事を意味する。
ただ僕の手鏡はかなり特別な品らしい。この世界では手鏡というと一般的には鉄、高級な物だと銅製でさらに張り込んで銀の鏡。ガラスの鏡なんて貴族か羽振りの良い商人ぐらいしか贈る事が出来ないという。
「なら、問題無い」
「え?」
「私も嫁になる。子供も産む」
「なっ、何言って…」
「手鏡は無くても良い、むしろそれこそ真実の愛」
そう言ってミミさんはスリスリを再開する。
「ふぉっふぉっふぉ!これはこれは…」
そんな事を言いながらヒョイさんはにこやかに笑っている。
「ヒョイおじさんは媒酌人…」
「ほほっ、そうなるとゲンタさんとはより縁が深まりますなあ」
「ちょ、ちょっと待って!ミミさんッ!」
「何?家族計画の相談?」
「い、いやいやッ!そうじゃなくて!」
「心配いらない。普通、人族と獣人族は子を成す事は出来ないけれど、兎獣人族には女しかいない代わりに人族の男と子を成せる」
「じゃあ、アタシもッ!」
「アタシもアタシもッ!」
他の子たちからも次々に手が上がる。
「これで兎獣人族の後継ぎの心配も無い。子孫繁栄」
まっすぐに僕を見つめるミミさん。その瞳を僕は見つめる。抱きしめてくるミミさんの体温が妙に熱い。
マンガやアニメでよくある表現だが、ベタ惚れ状態の人は瞳がハートマーク。金に目がくらんでいる人は¥(えん)マークや$(ドル)マークになる。さて、ミミさんはどうか?
ニンジンマークである。
完全にニンジンに目がくらんでいる。
「あ、あのですね、ミミさん」
「何?」
「結婚したら夫婦の時間は大事ですよね?」
「…(こくり)」
抱きついたままミミさんは首肯く。
「そうなると僕はひとつ懸念があります。この後、ミミさんは人参を持ち帰って食べますよね?」
「食べりゅ」
「しかし、そうなると僕はこれ以上奥さんが増えると家族の時間が増えるし、仕入れとかに影響が出るかも知れません。そうなると人参が手に入らなくなるかも…」
「むう…」
よし、ガッチリと僕を拘束する手足の力が弱まっていく。もう少しだ。
「ね、だから今はとりあえず結婚とかは…」
「分かった…。今はその話はしない」
「ミミさん…」
「でも、いずれは…」
「は、はは…」
そう言ってミミさんは体を離した。
「ふう…、とりあえず何とかなったか…」
マニィさんが一安心といったような感じで呟く。しかし、ミミさんは
「でも、脈無しじゃない」
「「えっ?」」
マニィさんやフェミさんが驚いている。
「体は嫌がってなかった」
「ちょっ、ちょっとぉ!?」
また一つ爆弾が投下されたようだ。
□
なんやかんやあったけど依頼自体は無事に完了した。日本で一袋三本入り198円で買った人参四十袋を一袋あたり銀片一枚で販売した。これで四万円の売り上げ、3万円以上儲かった。
逆にヒョイさんは『これほどの人参をこの値段で…』と驚いていたが、こちらは十分稼がせてもらったし値をつり上げるようなマネをしなくても良い。
「では、ゲンタさん、またそのうち…」
「また来る…」
「またねぇ〜」
「バイバーイ!」
そんな元気な声を残し、ヒョイさんとミミさん、そして兎獣人族の子たちは三台の馬車に別れて乗り帰路についていく。それを僕たちが見送る。
まるでちょっとした嵐のような時間、まだ午前九時くらいだが一日中身を粉にして働いたような疲労感がある。とりあえず冒険者ギルド内に戻り丸太椅子に腰掛け緑茶を飲んで一休みしていた。
「坊や、昨日の今日ですまないが…」
その声に振り向くと、昨日の朝に鰹節を売ったミケさんら四人の姿があった。
「ミケさん、どうしたんですか?」
「ああ…。すまないが坊や…、顔貸して欲しいんだよ」
□
「つい今しがたですが…、ゲンタさんに新しい依頼がありました」
シルフィさんが冒険者ギルド内の受付で状況を説明してくれた。
依頼者はゴロナーゴさん。猫獣人族の鳶職の棟梁だという。依頼の内容については会ってから話すというのだが…。
「依頼内容が分からない…というのがなんだか怖いですね…」
僕は正直な感想を述べた。
「ギルドとしましてもこういった事はなかなか無く、依頼を受けるかどうかゲンタさんに全てお任せしますが…」
シルフィさんの言葉に僕は悩む。ミケさんたちからは受けてくれよといった視線を感じる。
「ゲンタ、少し良いかい?」
そんな時にマオンさんが僕に話しかけた。
「話を聞くだけでも行ってみちゃくれないかい?」
「えっ?もしかしてマオンさんのお知り合いの方ですか?」
「いや、知り合いではないんだけどね…」
マオンさんの話によると、ゴロナーゴさんをはじめとしてこちらの鳶職の皆さんは建築にたずさわるだけではなく、いざ町で火災が起これば真っ先に駆けつけてくれるのだそうだ。
マオンさんも火事で家を失ったが、周りに延焼させる事なく済み納屋とは言え身を置く場所が残ったのは彼らのおかげなのだそうだ。
「そうでしたか…」
そうとなれば話は別だ。マオンさんの恩人でもあり、あの初めてマオンさんと出会ったあの時…急なゲリラ豪雨から身を避ける事が出来たのはあの納屋があったからだ…。
あの中で話してパンを売る話になり…。あの納屋が無ければ今みたいに色々な人と知り合う事も、パンを売ってお金を得る事もなかった。全てはあそこから始まったんだ…。
「僕、行きます!」
「おおっ!」「坊やッ!」「本当かい?」
ミケさんたち姉弟が思わず…といった感じで声を上げる。
「マオンさんの恩人です、僕からも是非お礼を言いたい。喜んで行ってきます」
「アタシらが案内するよ!」
「分かりました、よろしくお願いします」
ミケさんに道案内をお願いする。
「ゲンタ…、ありがとうね」
「いえ、僕が行きたくなったんです。マオンさんも一緒にどうです?」
「わ、儂も良いのかい?」
「せっかくの機会です、僕がゴロナーゴさんのお役に立てるかは分かりませんが…お礼を申し上げるだけでも…。それに僕たちはずっと助け合ってきたじゃないですか、一緒に行きましょう。マオンさん」
「よし!じゃあ婆さんも行くよ。あんまりトロトロしてると向こうから来ちまうかも知れないからね」
ミケさんを先頭に僕らは冒険者ギルドを後にした。
□
商業区の一角に周りの家より一回り大きい家があった。ここがゴロナーゴさんの家らしい。ミケさんの話によると鳶の職人たちもここで寝起きをし、仕事に出かけるのだと言う。
そのへんはガントンさんら一行とあまり変わらないようだ。棟梁の下、弟子たちも一緒に暮らし働く。それはこの町の鳶職の方も同じらしい。
入り口でミケさんたちと別れ、僕たち二人が中に通される。
「お着きになりましたッ!」
僕たち二人が到着したのを主人に伝えているのだろう、張りのある声が響く。僕たちが案内された部屋に着くと部屋の奥には貫禄のある中年の男性がいた。豪華なソファーに腰掛ける…おそらくこの人がゴロナーゴさんなんだろう。
周りには鳶職のお弟子さんや職人さんたちが数人ずつ左右に別れ綺麗に並んで立っている。
猫獣人族との事だが、やはり彼らもまたミアリスさん同様にネコミミを露出している訳ではなく見た目は普通の人族そのもの。ミアリスさんは興奮した時にネコミミがぴょこっと出てきていたが、普段は人族と見た目は変わらない。
おそらく、こちらの男性もそうしているのだろう。ネコミミが露出てくる…というか、その獣人族の身体的特徴が露わになるとその人はその獣の特性が備わるという。ミアリスさんも薬草の採取の為に町の外に出た時は、ネコミミを出しているという。聴力が格段に向上し、危険のある森の中での気配察知に役立つのだそうだ。
さて、そのゴロナーゴさんだが…、服の袖口や襟元からチラリチラリと見える物がある。刺青だ…、もちろん日本的なものではないのだが…。もしかして、ゴロナーゴさんは日本でいうその筋で言うところの『親分』とか『組長』とかっで立場なんじゃなかろうか?
「おう、いつぞやの婆さん!その後は大丈夫か?それから若えの、呼び立てちまって悪いな!」
あけすけで肚の中を包み隠さず外に出すようなよく通る大きな声、だが同時に威風堂々とした覇気みたいなものを感じる。まるで獅子が吼えるがごとくビリビリするような威圧感が肌を刺す。
巨大い…、圧倒的な人としての器の差。僕みたいな若造はその声だけですくみ上がってしまう。僕は酸欠の魚のように口をパクパクさせて酸素を求め、水面から顔を出そうともがくように体が上ずり地に足が着かない。
快活な声のゴロナーゴさんだがその眼光は鋭い。朗らかな雰囲気だがその視線は僕を離さない。僕の靴の先から頭頂の髪の先まで値踏みするかのように眺めている。
「…ッ!?」
これはもしかして…、そういう事か!?なら僕がする事は…。
たんっ!
僕は背伸びの延長くらいの…、1センチか2センチくらいの高さを跳ねる。そして足を肩幅くらいに広げ着地する。
ほう…。小さくそんな声を漏らし、座ったままの姿勢だがゴロナーゴさんが少し身を前に乗り出した。
ここから…、ここからだ…。
《次回予告》
相対したゲンタとゴロナーゴ。商人として…、そして男として…ゲンタは意を決して口を開いた。
次回、『異世界産物記』第126話。『商人が売るもの』。お楽しみに!
《皆さまにお願い》
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