第124話 兎少女集団(バニーガールズ)と猫の親分(前編)
今回登場する兎獣人族の名称『パニガーレ』は、イタリアのとある地名を由来としております。また、バイク好きな方ならイタリアのバイクメーカー、ドゥカティの車両の名称でもある事からピン(ティン)と来る方もいるかと思います。
バニーガールに似たような名称でもあった為、採用してみました。
翌日…。
きゃっ、きゃっ。きゃいきゃい。若い…、少女たち特有の騒がしさが冒険者ギルド内に響く。パン販売の時間が終わり冒険者たちはあらかた出発しており、残っているのは今日を休息日としている者くらいだ。
その残っていた冒険者たちも驚いている。無理もない。普段の冒険者ギルドではありえない黄色い声の騒がしさ。『一体何事だ?』とばかりに様子を窺っている。
右を見てもバニーさん、左を見てもバニーさん。正面は言わずもがな、二十人ほどの兎少女集団。その集団が冒険者ギルド内の一角に集まっている。
パニガーレ…、兎の獣人族の事をそう呼称するそうで、皆さん美人、美少女揃い。髪の長さや髪型に大小の差こそあるものの長い両耳と青と灰色が混じった髪色は共通のようだ。
「いやはや…、すみませんな。朝から大勢で押しかけ、騒がしくしてしまって」
そう言っているのはミーンの町の名士であるヒョイオ・ヒョイさん。ミーンの町の商業区で酒場や劇場、社交場やカジノも営んでいる。そのヒョイオ・ヒョイさんだが、なんとミミさんたち兎獣人の働いている酒場や劇場のオーナーという言葉もあり所謂雇用主だそうだ。
「おはようございます、ヒョイさん」
僕はヒョイさんに挨拶をしながら出迎える。そのヒョイさんの横からぴょこっと見知った顔が現れる。
「…来た」
そう言って進み出たのは昨日僕に人参を入手して欲しいと依頼してきたミミさん。中学校あるいは高校の女子生徒たちのような賑やかさの集団に対して、やはり彼女だけは昨日と同じような口数と表情の変化が少ない様子である。
「お待ちしていました、ミミさん。人参、用意できましたよ」
「あたし、レミ!」
「あたしはルル!」
ミミさんの近くにいた何人かの兎獣人族の女性たちが明るく元気に名を名乗る。聞いた限りではどうやら彼女たちの名前はカタカナとかひらがなで言えば二文字で著す事が出来るもののようだ。
「みなさん、ようこそ。まずは人参の味をみて下さい」
そう言って僕は試食用に人参の野菜スティックを作り始めたのだった。
□
ミミさんの『美味しいにんじんが食べたい』という依頼、当初はミミさん個人のものであった。それなので僕はいつものように値引きシールが貼られる時間帯を狙って仕入れに行くのだが、その時に人参も一緒に仕入れてくれば良いかなと考えていた。
ところが昼過ぎ、マオンさん宅のガントンさんらドワーフの皆さんがいよいよパンを焼く専用の竃を作るに当たってどのような間取りにするか等を話し合っていたらシルフィさんから連絡が来た。いつぞやの風精霊の力を行使しての声を遠い所に伝える魔法である。
『先程の依頼内容に変更がありました。ミミ様お一人ではなく、二十名様からの大規模なものとなりました。つきましてはその事をご相談したく…』
竃の設置などについての話し合いにはあくまで僕は第三者、実際に使うのはマオンさんであり建築するのはガントンさんたち。せいぜい僕が関与したのは煙突を作ってみてはどうかと提案したぐらい、それにほとんど話し合いも終わっていた。
ギルドに急ぐと出迎えたのはシルフィさん。
「実は矢鳩が届きまして…」
矢鳩…、以前ミアリスさんが薬草を納品した時にギルドの裏口から飛ばしていた…僕らの世界で言ういわゆる伝書鳩の事だ。
差出人はヒョイオ・ヒョイさん。今朝引き受けた依頼について、自身が経営する酒場などの兎獣人の皆さんがミミさんが冒険者ギルドで依頼した内容を聞き、『私も食べたい』『私も!』『私も!」という事になり二十人全員での依頼とさせてもらいたいとの事。ついては大変とは思いますが二十人分の用意をお願い出来ないだろうか、出来るのであればいつ頃の納品になるかをお伝え下さい…、というのが懇切丁寧に書かれていた。
「ゲンタさん、この依頼を受けられますか?」
「はい。ヒョイさんにはお世話になってますし…」
「分かりました、では納期はいつ頃になさいますか?」
「明日の朝、ミミさんと約束した時間で大丈夫ですよ」
「えっ!?」
「明日の朝で大丈夫ですよ。それに一度約束したミミさんとの納期が遅れてはきっとガッカリさせてしまうでしょうし…」
「わ、分かりました。ヒョイ様にはそのように返書を認めます」
いつも冷静なシルフィさんだが、僕の返事に少し驚いたようだ。
「オレ、もう旦那が何しても驚かねえ」
「ゲンタさんだもんねぇ…」
マニィさんとフェミさんは何だか達観したような表情をしていた。
□
さて、そんなやりとりがあった事もあり今に至る。マオンさんと共に人参を切り野菜スティックを作る。
「あ、皮とかむかなくて良いよー!」
「うんうん、町で普段売ってるヤツは厚めにむかなきゃだけどぉ」
「そうそう!皮のトコ、泥臭いしエグいんだよねー!」
「でもその『にんじん』ならそのままイケそー!」
二十人の兎少女集団から元気な声がかかる。程なくして野菜スティックは出来上がり、紙コップに数本ずつ入れ皆さんに取っていってもらう。
ぽりっ、ぽりぽり…。先程までの賑やかさは何処へやら。人参を齧る音だけが響く。さあ、どうだ…?受け入れられるのか?
「ふおおっ!」
「あ…、甘〜い!」
「臭みがなーい!良い香りぃ〜!」
次々に好評の声が上がる。あ、良かった。これなら売れそうだ。
「ふぉほほほ、これはこれは…。鮮やかな色合いに相応しい鮮烈な甘み!だがそこには野菜独特の…」
ヒョイさんは食べながら食通めいた事を何やら呟いている。
「あと、試食用にこんな物も作っておいたんですよ。一個ずつですけど味見にどうぞ」
そう言って出したのは大きなタッパーに入れた人参の牛酪甘煮。名前を聞くと作るのが難しいのかと思われるがそんな事はない。作り方はそう難しくなく人参と水、そして牛酪と砂糖を加えて煮た物だ。
もちろんこだわって作れば難しいものなのかも知れないが、僕はシェフをしている方のように本職ではないのでそこそこ食べられる程度のものだが一応作っておいた。万一、野菜スティックが不評でもいいように…保険のつもりで昨夜自宅で作っておいたのだ。
紙の皿に爪楊枝を刺したグラッセを次々に置いていく。人数分をテーブルに置きヒョイさんやミミさんたち兎獣人の皆さんの手に取ってもらう。
いくつか余ったので受付嬢の三人やマオンさんにも。あと二つあったのでこれは半分にしてサクヤたち精霊にもあげる。爪楊枝に刺しておいたが精霊たちは両手で抱えるように持って食べるのが好みらしい。
ただそんな精霊たちの中で唯一例外なのが闇精霊のカグヤ。一瞬手に取ろうとしたがそれを止める。どうしたんだろうと思って見ていると、僕を見つめて『にこ…』と静かに微笑む。そして、爪楊枝に刺さったグラッセを僕に手渡しジッと見つめて来る。その表情は『ねえ…、ほら…、食べさせて?』とでも言うように。
あ、食べさせてって事か。爪楊枝に刺さったグラッセを受け取り、カグヤに差し出す。するとカグヤは違うとばかりに首を横に振る、少し不満げな顔と共に。チラリ…彼女はサクヤたちは『うめー!』と声に出しそうな雰囲気で両手で持って食べている。うーん、僕に食べさせてって事だけど…爪楊枝で食べるのは嫌で…もしかして僕の手で食べさせて事!?グラッセを手に取り食べさせるような素振りをして確認すると彼女はにこり…と笑った。
グラッセを崩さぬように指先に乗せカグヤに近づけると、カグヤはぱく…と口にした。うーん、なんだろう…決して彼女は甘えん坊という訳ではないのだが…、魔性の女…とかじゃないよね?食べながら時々視線をこちらにチラリと送ってくるし…。
しばらくそうしていたのに気付いて、周りがどうなったか見回すとミミさんをはじめとして兎少女集団は皆さん言葉を失って呆然としている。
「驚きましたな…。人参の牛酪甘煮は元々味わい薄く野菜独特の青臭さを和らげる為に作られたもの…。燻んだ色合いに照りを付けてやって見栄え良くする意味もあり…。しかし、このグラッセはまるで違う!牛酪と甘みが人参の旨みを閉じ込め絡ませた照りはさらなる色合いを。そして馥郁たる香りが…」
何やらヒョイさんが料理の解説をしている。なんだかシャッキリポンとか言い出しそうな雰囲気だ。そして、グラッセを口にして呆然としていた兎獣人の皆さんがだんだんと意識をこちら側に戻してくる。
「何コレ〜?」
「甘くてトロトロ〜!」
「もっと欲しい!」
口々に喝采を叫ぶ。きゃっ、きゃっ!ぴょんぴょんっ!テンションも上がり中には軽くはしゃいでいる子もいる。そんな時、僕に迫る影が一つ…。
がしっ!
「ちょっ!ミ、ミミさんッ!?」
僕の隣の丸太椅子にいつの間にか移動してきたミミさんが僕に抱き着いてきたのだった。
(作者より)
書いていたら予定より長くなっでしまったので、前編後編に分けます。よろしくお願いします、ら
面白い、続きが気になる等ありましたら、是非応援の意味で評価や感想をお願いいたします。