第123話 次なる依頼者はバニーさん!?
「はじめまして、ゲンタです」
そう言って僕は挨拶をする。僕の隣にはマオンさんが、そして僕に依頼をしたいと言う女性はテーブルの向こう側の丸太椅子に座りこちらを見つめている。
「………………」
「………………」
会話が成立しない…。む、無口系の人なんだろうか?
「…ミミ。酒場で働いている…」
ようやく聞けた声、それがミミと名乗ったこの女性の第一声だった。
□
「なるほど…、昨夜酒場に来ていたお客さんが僕たちの屋台の話をしていて…、僕らの事を知ったんですね」
「そう」
僕の目の前にいる女性はミミさん。兎の獣人族の女性で商業区にある酒場で働いていると言う。時折揺れる長い耳。背があまり高くない…、どちらかと言えば低い彼女であるが耳が長いのでそれなりの身長に見える。仮に人並…あるいは高めであればドアをくぐる時に当たってしまいそうだからバランスが取れて良いのかも知れない。
「それで僕にご用というのは…?」
「…あなたの…………が欲しい…」
「え?」
小さな声でよく聞き取れない。
ぎゅっ、彼女は可愛らしい拳を握って意を決したように僕を見つめた。強い視線。今度は先程より少し大きい声、はっきりと彼女が僕に言った。
「…あなたの…、『にんじん』が欲しい…』
□
あなたのにんじんがほしい。
ミミさんは確かにそう言った。
『にんじん』、僕の…『にんじん』?もしかして…、これは何かの意味を含んでいるのだろうか。手鏡の時のように『結婚して下さい』みたいな意味を含んでる…みたいな。
…という事は僕の…『にんじん』みたいな何かが…、ほ、欲しいとか言われているのでしょうかッ!?なんかモジモジしながら言ってたような気もするし、もしかして、もしかしてッ!?
「あなたの『にんじん』は色鮮やかで…、とても美味しいと聞いた…」
ですよねー。人参の話ですよねえ、お野菜の。朝からそんな…、ねえ?
「確かにゲンタの人参は美味しいね」
隣に座るマオンさんがそんな感想を述べる。
「ふおおっ…」
ミミさんがぐっと身を乗り出す。どうやらミミさんは言葉は少なめだが、気持ちは行動に出やすいようだ。今も前のめりなその姿勢がその事を雄弁に物語る。
「なんたって見た目からして違うんだよ。御天道さんみたいに鮮やかな色だ。それに一噛みすれば香りは鼻に抜けて、甘みは口に染み渡る。あれこそ本物の人参ってモンだよ」
さすがに辻売(行商人)の経験が長いマオンさん、品質の説明というか、謳今文句も鮮やかにスラスラと出てくる。そんなマオンさんの口上にミミさんはすっかり釘付けだ。
「た、食べたい…。だから…、ここに来た…」
「なるほど…、そうだったんですね」
僕は納得がいった。兎は人参を好むイメージがあるが、この異世界でもそれは同様のようだ。もっとも兎ではなく兎の獣人さんであるが…。
そして納得したのにはもう一つ理由があった。人参の差である。実は早朝のギルドにパンを販売する以外にも、少しはこの町をマオンさんと共に歩く事があった。その時に販売されている人参を見た事がある。この異世界産の人参は僕が日本で買ってきた物とは明らかな差があったのである。
この異世界…、ミーンの町で売っていた人参は見た目からして違う。別に不可思議な形状をしているとか、大きさが違うという事ではない。違うのはまず色合いである。僕が持ってきた人参はいわゆるニンジン色というような鮮やかなオレンジ色。しかし、この異世界で売られていた人参は煙で燻した沢庵の漬物のような白い肌が薄汚れた茶色になったような色をしている。
また、道端で売られていたスープにお情け程度に入っていた人参は、口当たりもあまり良くなく香りはほとんど無く、味は甘みを取り除いた…かろうじて人参と分かるくらいの物。
おそらく僕が買ってきた人参は、長い時間と手間をかけ品種改良を重ねた物だ。きっとその差が鮮やかな色合いの見た目にも、そして味わいや香りにも現れたのだろう。
人参を好む兎獣人族のミミさん、聞けばやはり人参が好物のようだ。美味しい物が食べたい、それは誰が望んだとしても不思議ではない自然な願望だ。酒場に来ていたお客さんから焼きそばに入っていた人参の話を聞いてわざわざ訪ねてきてくれたんだ。断る理由は無い。
「分かりました。お気に召すかは分かりませんがお探しの人参、ご用意致しましょう」
「ふおおっ!」
ガタッ!ミミさんは丸太椅子から立ち上がり身を乗り出す。
「い、いつ…。いつ『にんじん』は食べられる?」
「明日の朝、今日ミミさんが来られたくらいの時間にはご用意いたしましょう」
「ぜ、是非!」
「分かりました、お任せ下さい」
ミミさんと握手を交わす。ギルドを介した紹介の為、彼女は受付に依頼をしに向かった。
さあ、日本に戻ったら仕入れに行く事にしますか。
《次回予告》
『美味しいにんじんが食べたい』。そんな兎獣人族のミミの依頼を引き受けたゲンタ。しかし、翌日ゲンタの身の回りは色々と騒がしくなり…。
次回、異世界産物記第124話。『兎少女集団と猫の親分』、お楽しみに!
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