第122話 立て続けに依頼
「昨日の『そーすやきそば』、アレは美味かった!昼と夜、アタシら思わず二回も並んじまってねえ…」
そんな風に切り出した四人組冒険者グループのリーダーのミケさん。どうやら焼きそばを気に入ってくれたらしい。
「それはありがとうございます、気に入っていただいたようで何よりです」
グループの四人がそれぞれ二回も食べたなら8食分にもなる、ありがたい事だ。もっとも昼と夜に焼きそばを合計6食も食べ、さらに猪肉の揉みダレ焼きと塩麹焼きを食べていた大剣使いの人もいたけど…。
「それでなんだけどさ…、あの『そーすやきそば』の上にかかっていた薄い木の皮みたいな物はなんだい?香ばしい極上の魚の香りがするじゃないのさ!おまけに口に入れてみりゃあ…、じんわりと深い味が染み出してくるみたいでさ、アタシらはすっかりあの食い物の虜だよ!」
興奮した様子で話すミケさん。他の三人の弟さんたちもその通りとばかりにうなずいている。焼きそばの上にかけていたのは…。青のりと鰹節だ。
聞いた感じ、鰹節が気に入ったようだ。確か残っていたから…、僕はリュックに入っていた鰹節のお得用パックを取り出した。70グラム入りパックの袋にだいたい半分くらい残っている。
「これですか?」
「おおっ!それだッ!」
「間違いない!」
「お前たちッ!落ち着きなッ!!」
ガタッと丸木椅子から立ち上がり鰹節に釘付けになる弟たちを鋭い声と手で制したミケさんが冷静さを取り戻しながら僕に尋ねる。
「すまないね、アタシらはそんなお宝を目の前にしたらどうにも落ち着かない。こんな偉そうな事言ってるアタシも今すぐむしゃぶりつきたくなる気持ちを抑えるので精一杯だよ」
肩をすくめてミケさんが笑ってみせる。
「この町で魚を食べようとしたら塩の街道の交易で入ってくる干魚くらいしか無いんだが…、ありゃあ…どうにもねえ…」
「食うとこなんてロクに無え雑魚や小魚を無理矢理干したようなモンだしよう…」
「干し方…つうか処理の仕方もなってねえ!」
「そうだ、そうだ!だから臭みが残るし、下手すりゃ腐ってたりするんだ!」
どうやらこの町で手に入る魚と言うのはあまり質が良くないようだ。でも、なんでここまで夢中になるのだろう?いくら魚に目が無いと言ってもかなりの熱中ぶりだ。
「不思議そうな顔をしているね…、無理も無い」
ミケさんが緑茶をぐいっと呷った。
「アタシらは猫獣人なのさ。魚を求めても不思議は無いだろう?」
そう言ってミケさんはニッと笑った。
□
ミケさんたち一行は大満足してギルドを後にしていった。
「また手に入ったら教えてくれ」
そんな彼女の言葉と先程の取引を思い出す。彼女たちに銀片一枚(日本円で千円)で良いですよと言うと大変驚いていた。
「こ、こんな極上の干魚を…」
「ええ、その袋に元々入っていた量の半分くらいに減ってますし…、そのくらいで…」
「し、信じられねえ…」
「あ、ああ…」
彼らの驚きも無理はない。どうやらこの町では魚はとても高価らしい。先程の話に出てきた小魚や雑魚の干魚が安くても銀片一枚では買えないらしい。
そんな高価な干魚であるものの質が悪い。確かに魚の味はするが同時に臭みも、また内臓の除去などをいい加減にしているのか苦味などもあるという。
猫獣人の皆さんはパンや肉類を食べて食いつないでいく事は確かに出来る。だが、それでもやはり魚が恋しいのだそうだ。そこに僕が昨日、屋台で売っていたソース焼きそばに振りかけた鰹節を口にして衝撃を受けたのだそうだ。港町からは程遠い、内陸のミーンの町で美味しい魚が食べたい。そんな念願が叶った…、ミケさんたちが鰹節のパックを受け取った時の表情はまさにそんな感じであった。
商売をしていてお金が儲かる事、これは確かに嬉しい。だが同じくらいに購入していった人が嬉しそうにしているのを目にする事もやはり嬉しいものだ。
ここは異世界、人族…エルフやドワーフなど様々な種族が存在する為に人間をこう呼ぶようだが、エルフにドワーフ、そして色々な獣人族…きっと様々な必要や悩みもあるのではないだろうか?そう考えると僕がこの異世界に足を踏み入れ、何か役に立てる事もあるのではないだろうか…そんな事を考えていた。
ミケさんたちとの商談を終え、すっかり冒険者ギルドには長居してしまった。そろそろマオンさん宅に戻ろうかと思った所でシルフィさんから声がかかった。
「ゲンタさん、依頼をしたいと言うお客様がいらっしゃっていますよ」
「あ、はい」
そう言って振り向くとそこにはシルフィさんに伴われてほっそりとした灰色と水色が混じり合ったような髪色の女性がいた。女性…とも少女とも言えそうな年頃に見える。しかし、そんな目立つ髪色よりもさらに一際目立つのが…頭の上に伸びる長い耳。
そしてその真紅い瞳が僕を見つめている。
今にして思えば猫獣人のミケさん一行の鰹節を求める声が始まりを告げる一声だったのかも知れない。僕のもっとも忙しく、そして身の回りが賑やかになる十日間…。
そう、今の僕は予想すらしていない…。手帳の白紙のページに次々と予定が…、そしてアドレスのページに名前と連絡先が書き込まれていくようなそんな毎日が始まるという事を。
いかがだったでしょうか?
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次回予告
ゲンタの目の前に現れた長耳の少女、彼女はゲンタに告げる。
「あなたの○○○○が欲しい…」
その依頼にゲンタは…?
次なる依頼はバニーさん!?、お楽しみに!