第121話 始まりの依頼
「つ、疲れたあ…」
グッタリ、そんな言葉がピッタリの昨日の屋台の販売に参加していた僕たち。昼間に用意していた三百食分の焼きそばはあっという間に完売、それでも並んでいる人がいたので追加の材料を日本に買いに戻った。
その新たに仕入れた分も売り尽くしそうだ…もう売る物も無い…、そんな状況でもまだ並んでいる人がいる。どうしたものか…、総考えていた時に
「もう肉でも焼いて売るしかないんじゃねえか?」
諦め半分、冗談半分で言ったグライトさんの言葉に『それだ!』とばかりに僕らは行動を開始する。ダン君とギュリちゃんにギルドに走ってもらい凍らせて保管してある猪肉を、僕はシルフィさんとマオンさん宅に急ぐ。
「ゲンタさん、手を」
手をつないだ瞬間、『ブンッ!』そんな音を残し視界が急激に変化する。気付いた時には広場の出口、振り返れば僕らのいた屋台が遠くに見える。これがシルフィさんの二つ名の由来である『光速』か?光精霊の力を借りた瞬間移動。
「こ、これは…」
「みんなが待っています。急ぎましょう」
クールな横顔をのぞかせ冷静なシルフィさんの声が響く。夕闇の中をわずかに照らす月明かりが照らす彼女の顔は美しく、僕は目を逸らせない。その間にも景色は次々に変わり、気がつけばマオンさん宅に着いていた。
「ゲンタさん…?」
怪訝な顔をして僕をのぞき込むシルフィさん。以前、マニィさんがシルフィさんがモテると言っていたがそりゃあそうだろう。息を飲むような美しさ…、僕は彫像のように固まり身動きする事さえ忘れている、一方で心臓だけが早鐘のようだ。ピクッ、人間はずっと動き続ける事は出来ないが動かない姿勢を取り続ける事もまた出来ない、無意識に僕の指が動いた。
「あっ…」
小さくシルフィさんが声を上げた。僕の指が動いた事でシルフィさんがつないだ手に意識が向いたのだろう色白に頬が朱に染まる。どちらからともなく手を離す。
「な、納屋に行ってきます」
「は、はい…」
僕はなんとか冷静さを取り戻し、それだけを言うと揉みダレや塩麹、ナツメクや胡椒に塩をリュックに詰め広場に戻る。
広場を出る時は何気なく手をつないだから無意識だったのだろうが、今は違う。『光速』の能力を僕にもたらす為だろう、その手をつなぐという必要な行為が気恥ずかしい。しかも、それは僕の能力ではなくシルフィさんの能力だ。彼女が手をつないで初めて意味を成す。
だから気恥ずかしさが増すのだろう。自分から僕の手を取る事が。
「あっ…」
「シルフィさん、お願いします」
僕はシルフィさんの手を取った。恥ずかしい思いはさせない、だから僕から手を取った。触れたかったから…、そんな僕の私欲もある。僕が触れているシルフィさんの指先にわずかに力を込めて握り返してきてくれた。
「はい…」
そんなつないだ手に意識が集中する時間の後に僕たちは屋台に戻った。営業は割と遅い時間まで盛況であった。
□
なんとか日課の早朝のパン販売を終え、いつものテーブルを囲んでの朝食会になる。昨日の売り上げは銀貨で75枚を超えた、日本円で75万円以上だ。材料費や働いてくれた人には当然支払う賃金を除いた儲けは60万円を軽く超えた。
もっとも賃金を払ったのはダン君とギュリちゃんだけで、受付嬢の三人やグライトさん、ガントンさんたちはギルドの名前での出店だからという理由で受け取らなかった代わりに後日打ち上げをしようという事になった。
「二日酔いよりキツいぜぇ〜」
筋骨隆々のグライトさんまでもがそんな事を言う。一線を退いたとは言え、冒険者であったギルドマスターのグライトさんでさえ普段使っていない筋肉を使うのは身体に堪えるのだろう。
「ドリンク飲む?」
こういう時は栄養ドリンク、気休めだけどねと言いながら僕は一箱十本いりのオロビタンZを取り出す、オマケで試供品二本がついてきた。
お気に入りのおもちゃ代わりなのかよく精霊たちが大玉転がしのようにして遊んでいるものだ。
「あっ、それは!」
「欲しいです!」
飲んだ事があるダン君やギュリちゃんが目を輝かす。二人が早速手を伸ばし、ゴクゴクと飲み干す。『しゃきいんっ!!』そんな効果音が響きそうな感じで二人が元気になる。先程までのグッタリ感が嘘のようだ。
「マジかよ…」
そんな事を呟いたグライトさん、さらに受付嬢の三人、マオンさんが続いて飲むと同様に『しゃきいんっ!』という感じで元気になる。
「ははは…、もうみんなってば。そんな簡単に元気になる訳がって…アルウェ〜!?」
僕がそんな事を言いながら飲み干すと『しゃきいんっ!』、あ、あれ?どうしたんだろう。回復呪文のベ○マを受けたみたいに僕自身も元気全開になる。
「ど、どういう事?ホントに元気になっちゃったよ…」
自分の事だけど不思議な事もあるものだ。
「こんな事なら昨日のうちにこの回復剤が欲しかったぜ」
グライトさんはそんな事を言っていたが、僕もこんなになるとは思ってなかったので正直言ってどうしよぅもない。
とりあえずみんな元気になり業務に戻るかという事になった時に
「坊や、ちょっと良いかい?」
僕に四人組の冒険者たちから声がかかった。
□
「私はミケ。後ろにいるのはキジ、トラ、サバ、私ら四人は姉弟さ」
そう自己紹介するのはリーダーなのだろう、姉御肌の女性。早朝のパンの販売時にも何度も見た事がある。
「ゲンタです、僕に何かご用が?」
席に着き、緑茶を注ぐ。
「ああ、昨日の屋台で出してた『そーすやきそば』を食べた時にコレだ…って思ってね。是非アンタに頼みたい事があるんだよ」
ミケさんをはじめとして四人が僕を真っ直ぐに見つめている。さて、頼みたい事とはなんだろう?