第11話 ぶるあぁぁぁ!!商人ギルドの組合長
商人組合に向かうマオンと元太。
パンを焼いて販売していたマオンは、プロの目から見て
元太のパンは素晴らしい物だと太鼓判を押した。
老婆は言う、
『金持ちに高値で売ってやれ』と。
それは商売の厳しさも辛酸も、身を持って味わってきた
マオンの金言であり、元太の背中を押す励ましでもあった。
元太とマオンは東西と南北を貫く大通りが交わる町の中心部にやってきた。
賑やかな雑踏は雨が降る前となんら変わらない。荷車や、自らの背に荷を背負う者が行き交う。太陽が頂点を過ぎ、下りに入ろうという中での町の息づかいはこれからスクスク大きくなろうとする子供のように活気に満ち溢れていた。
「さあ、行こうかね。儂はギルド所属の更新をして、それからゲンタの話をする。自信をお持ちよゲンタ。お前さんのパンは誰にも負けない!みんなが飛び付く魔法のパンさ!」
弾むような声でマオンが元太を鼓舞している。二時間ぶりくらいか、当然ながら商業ギルドは先程と変わらずその場所にあった。その時はこうして中に入る事になるなんて思ってもいなかった。
今、僕の隣にはマオンさんがいる。人生とは分からないものだ。つい数時間前まで見ず知らずの二人、だが今はこうして連れ立って商業ギルドに入る事になるなんてね。
豪奢な扉をその手で開けたマオンに続いて元太が入る。豪華な建物内の床は大理石張りで…、壁や柱はしっかりした木と板を使って作られた物である事が分かる。
磨き抜かれた大理石の床なんてこの中世くらいの生活様式の履物ではハッキリ言って危なくて歩けたものではない。
現代社会で大企業の入口付近の大理石の床を我々が滑る事なく歩けるのは、靴底がしっかりと地面に足を噛ませるグリップ力がある素材と、滑り止めの為の立体的な模様が彫り込まれているからである。
その為にツルツルとした大理石の上でも歩けるのだ。
何も知らない作家もどきが、すぐに『磨き込まれた鏡のような大理石の床を…』なんて中世くらいの世界を舞台にした作品で書きたがる。
だが、それは作家として何も知らない事を自ら暴露してるような物だと大学の友人が言っていた。
その彼は夜が明ける前から準備をして、新聞配達のバイトをしてから学校に通っている。
コンクリートに水はけを意識した塗料を塗ったアパートやマンションへ配達する時、雨が降っているとすり減った靴底ではツルリと足を取られる事がよくあるのだそうだ。
バイクに乗り配達をしていると、よく地面に着ける左足の靴底が思った以上に擦り減っていて、それが思わぬ時に転倒の危険を招くという。
やはり実体験に基づいた人の言葉には説得力がある。
それはここに来るまでのマオンさんの言葉の数々にも言えた。僕は共に商業ギルドに向かう戦友とも言うべき人に出会うと同時に一人の師にも巡り会えたのだ。
□
僕はマオンさんの後ろに控えるような位置で彼女について行く。入って正面には受付があり、周りには人がまばらにいるのみ。
豪華な建物内の人の少なさと屋外の賑わいから考えるに、午後に入ったばかりの今の時間帯は少し暇な状況のようだ。
人に会う時は、暇な時間帯を狙って行くんだよ。待たなくて良いし、相手も対応しやすいからね。
ここに来る途中のマオンさんの言葉だった。
彼女は受付に着くと、胸元から商業組合の証を取り出してギルド会員の期間延長と、焼け落ちた竃の修繕の為の資金の借り入れを申し出た。
受付にいた細い男性が対応しようと何かを取り出そうとこちらからは見えないカウンター内にあるであろう引き出しのような所へと手を伸ばす。
「その先の事はぁ〜、私がやろぉ〜う…」
その時、別な所から低く独特の言い回しをする声が掛かる。
その声の主はカウンター横の上階に続く階段から降りて来た仕立ての良い服を着た一人の男が発したものだった。
「ギ、組合長…」
受付カウンターの男性が呟き、慌てて場所を空けた。
□
受付に元々いた細い男性と入れ替わりにカウンターに入って来たのは組合長と呼ばれた人物。
特徴的なタラコ唇から『あ、どっこいしょ〜』と声を出し席に着いた。ガッシリとして上背もあるしっかりとした体格だ。
「組合員所属のぉ〜、期間更新でしたなぁ〜?
そぅれとぉ〜、修繕費の貸付の話とか…、間違いありませんかな、御婦人?」
組合長は独特の間を取った低い声を響かせる。マオンさんは懐から巾着袋を取り出し、中から銀貨を三枚、カウンターになっている机に置いた。確か日本円で考えれば3万円だよな…、それで一季(三ヶ月)の更新だ。一ヶ月で一万円、一日あたりなら333円ちょっとか…。高い気もするが、身元と品質の保証をしてくれるならアリなのかな。
「北西の辻売り、マオンだよ。一季の更新を頼むよ。それから火事に遭ってしまってね。竃が駄目になったんだ。このままじゃパンを焼いて商売が出来ないから貸付をお願いしたいんだよ」
マオンは組合長を前にして少しも萎縮んだ所がない。むしろトップが出て来たんだから話は早いと言わんばかり、
単刀直入に切り込んで話を持っていく。
「それから…、こっちは儂の遠縁のゲンタ。若いけど大した腕利きだよ、ぜひこの子のパ…」
「ん〜。御婦人、御婦人、こぉれではぁ〜、一期分にぃ〜充てる会員費にもぉ足りないのですよぉ〜、御婦人?」
マオンの言葉を途中で遮り組合長が口を挟む。
「な、なんだって!足りない!?」
マオンさんが珍しく狼狽した声を上げる。
「そう、今日から新しい月でしたなぁ…。規約で今月よりぃ更新にはぁ…、金貨一枚をぉ〜…納めてぇ頂く事にぃ…相成りましたです、ハイィ〜」
「一期で金貨一枚!?」
「銀貨でしたならぁ…、十枚で結構ですぅ、ハイ〜」
「知っておるわい!!」
流石に組合長も商売人の性か、金貨と銀貨の価値の比率を顧客に説明するかのようにゆったりとした口調で述べる。
しかし、一期三ヶ月で十万円かあ…、一年なら四十万円…、た、高すぎる、所属してるだけでこれでは…。
「ちぃなみにぃ〜、今回更新されずにぃ組合所属を解除になった場合にはぁ〜…」
「今までなら新規所属が金一(金貨一枚の意味)だったがそうはいかないんじゃろ?」
「ぶるあぁぁぁ…!そぅの通りィィィ!御明答!!今月よりぃ〜、金三となっておるぅ〜」
『ぶるあぁぁぁ』の所で何故か派手にのけ反りながら、組合長は新しい価格設定を説明した。最早受付カウンターの中はこの組合長の独壇場だ。
しかし、対峙するマオンさんの旗色は悪い。火事で家財が焼けてしまった直後だ…、物入な事もあったろう…。金貨一枚は大変な額だ。
ましてや一度ギルドから離れてどうにか金を貯めようにも再加入(新規加入扱い)となれば金貨三枚…。
三十万か…、一度ギルド公認を外れたらパンを再び売れるのか?
マオンさんのパン…、常連さんや近所の人には売れるかも知れない。だけど、公認を再び得るには広くパンを売らなくてはならない。
いや、ギルドの公認よりもマオンさんの住む所が先だ!暑さ寒さ、雨風をしのぐためにも安息できる住処は必要だ。
そうでなければ、体が参ってしまう。
ど、どうする…?
おそらく今のマオンさんに金貨一枚、これは厳し過ぎるはずだ。
僕のパンを出すか…。ジャムパンを食べた時、マオンさんはそのジャムに驚いて『エルフのジャム』と呟いていた。
甘味を得るのに果物以外に、草や蔓の根を煮出してさらに混ぜ物をして、それでもエグみや苦味も残ったジャムでも高い物だとマオンさんは言っていた。
僕は否定はしなかったが、ジャムパンの中にあるジャムを…『エルフのジャム』のようなジャムが入ったパンなら相当な高値が付くのではないか…?
良い物は『金持ちに高値で売ってやれ』、マオンさんは先程そう言っていた。
僕のリュックにはまだ十個以上パンがある。ジャムパンだけでなく、他にも甘いあんパンや、コロッケが丸ごと一個入ったお腹に溜まる物もある。
なら、勝機は今だ!いや、商機と言うべきか?このパンに高値を付けて更新料を稼いでしまおう。
「マオンさん…」
彼女のやや後方に控えていた僕は、その隣に進み出た。
ブックマーク、評価ありがとうございます。
これからもがんばって書いていきます。
も、もしも…ですが応援のコメント等を頂けたら
物凄く嬉しいです。
今回登場した商人ギルドマスターのセリフ回しは
声優の若本規夫さんをイメージしております。
(サザエさんの穴子さん、ドラゴンボールのセルなど
たくさん演じてらっしゃる大ベテランの方です)
あの低く独特の間や言い回しは唯一無二、
存在感がとても好きです。
個人的には悪魔城ドラキュラ月下の夜想曲のラスボス、
ドラキュラ伯爵の役が好きです。