第116話 家族
フェミさんに腕を抱かれながらやってきたのは町外れの教会。そこは寂れていて、なんと言うかもの悲しくもある。
「あそこに座りましょう」
そう言ってフェミさんが示した先には座るのに丁度良さそうな大きな岩があった。しかし、確かに大きいけれど大人が二人並んで座るにはやや小さい。
「二人で座ると…、ちょっと狭いですね。でも…こうすれば…」
そう言って彼女がより一層密着してくる。そんなフェミさんに僕が少し戸惑っていると、フェミさんは頭を僕の肩にこてんと乗せる。彼女の柔らかな前髪が僕の頬を優しく撫でていった。
「小さな頃…、私とマニィちゃんはここでこんなふうに二人並んでよく座っていたんですよ」
そう言って彼女は自分たちの生い立ちを話し始めた。
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フェミさんとマニィさんはここで暮らしていたという。この教会は孤児院も兼ねており、二人にとっては故郷と言っても良い場所だと言っ。
子供たちがいないのは日中は働きに出ていくばくかの手間賃を得ると共に、働く事の意義やもし向いている事があるならそれを見つける為だと言う。とは言っても、なかなかそう上手くは行かず、小さな年少の労働者をしているというのが実情であり一般的なのだそうだ。
母親代わりのシスターはこの時間帯は教会を訪れる人の応対をするか、洗濯などの家事をしているか…ゆえにこの時間帯は人気が無くなる時間帯らしい。
「マニィちゃんとは同い年で…、ずっと一緒にいました。この教会は孤児院も兼ねていたんですよ…」
「成人するとここを出て暮らし始めます。それで十歳を少し超えてから私たちは冒険者を始めました。まだ不慣れでも薬草を採ったりすれば暮らしていくのはなんとかなりますから…。後は森とかで食べられる物を得られる機会があるのも大きかったです。真冬とかは別ですけど…」
山あいの出身者である僕にはなんとなく分かる。そこまで詳しくはないけど食べられるものと言うのは意外にあるようだ。この異世界では薬草は収入に、他に食べられる野草や果実、小動物を食用に…幼い二人はそうして経験を積み暮らしてきたのだと言う。
「じゃあ…、ずっと二人で…?」
「はい。いつも一緒で…」
僕を見上げるような姿勢で静かに微笑んだフェミさん、その様子に僕は深い信頼とか絆のようなものが二人の間にある事が感じられた。
「私も…、マニィちゃんも…、両親の顔を知りません」
建物と同様に寂しげなフェミさんの言葉。
「お母さん…、シスターさんの事ですげど、お母さんに一緒に暮らしていた子たち…。あの頃は一緒でしたけど…、今は離れ離れ。マニィちゃんとはずっといにいるけどこれから先…、結婚したりすれば離れちゃうのかなって…。私、それが怖くて…」
きゅっ…。彼女の左手が僕の右胸のあたりの服を掴む。
「でも、ゲンタさんが…。ゲンタさんがマニィちゃんにも私にも手鏡をくれて…。私、凄く嬉しくて」
「フェミさん…」
「フェミィルゥ…。これが私の…、私だけの名前。他の誰でもない、これが私…。それを知るのは家族になる人だけ…。お願い、ゲンタさん。私の名を呼んで下さい」
「…フェミィルゥ」
いつものさん付けではなく、名前そのものを僕は口にした。その名前を口にするだけで胸に幸せな気持ちが湧いてくる。
そんな幸せに包まれる僕の胸にフェミさんは顔を伏せ小さく体を震わせていた。どのくらいそうしていただろう…、やおら彼女は顔を上げ、明るく柔らかないつもの笑顔を向ける。
「これでもう…、私は誰とも離れ離れにならなくて良いんですね…」
□
それからしばらく僕たちは色々な話をした。マニィさんに明かしたのと同じように僕のフルネームを伝えた。そしてフェミさんは何より家族というものに憧れを持っている事を感じた。もしかしたら、いわゆる結婚願望が強いタイプなのかも知れない。
そういえばフェミさんとマニィさんは十八歳とのこと。僕より年下だったのか…。うーむ、年下の女の子があんなに強いのか…。もし僕と彼女たちとで何かモメたら大変な事になるかも知れない、…主に僕の身が。そうならないように気を付けよう。あのギリアムみたいに両手がグシャッとか怖すぎる。うん、怒らせちゃいけない。肝に銘じよう。
「そろそろ…、行こうか?」
「うん」
そう言って僕たちはベンチ代わりにしていた岩から降りた。とりあえず二人で町を歩こうかと思った矢先、目の前に緑色のピンポン球のようなものが浮かんだ。
「あれ?これはなんだろう?」
首を傾げている僕にフェミさんは、
「これはシルフィさんの魔法ですぅ」
あっ、フェミさんがいつもの口調に戻っている。
「シルフィさんの…魔法?」
「はい、風の精霊さんの力を借りて伝言を伝える『風の声』の魔法ですぅ」
「どうすればその伝言を聞けるんですか?」
「触れてみて下さい、それで聞こえてきますよぉ」
人差し指でツンとつつくように触れてみた。すると、緑色の光が僕の指を伝わって全身に広がりシルフィさんの声が聞こえてきた。
『ゲンタさん、シルフィです。細かいご説明は後にいたしますが、お店をしてみる気持ちはありませんか?』
お店?僕が?いったいどういう事だろう?