第109話 後始末と、君の姿を示すのは
マニィさんのおかげで窮地を脱したマオンさんと僕。難癖付けて絡んできたギリアムは呻き声を上げ、地べたに転がっている。
「お、俺をこんな目に…ぐううっ!あ、遭わせやがって!テメェら、次どうなるか分かってンだろうな!」
手足をもがれた虫のように不格好に身をよじらせながら生意気な口をきくギリアム。
「旦那、借りるよ」
「ああ」
ザンッ!マニィさんはナジナさんから借りた大剣を抜くと、それをギリアムの鼻先をかすめるように地面に突き刺した。
「フヒッ!」
みっともない声を上げギリアムは押し黙った。
「ああ〜、さすが旦那の大剣だね。重い重い!次に地面に刺す時には手が滑ってコイツの首、ついつい刎ねちまうかもな」
そう言ってマニィさんは大剣をゆっくり地面から引き抜きながらギリアムの体を足で蹴飛ばして仰向けにさせた。そして次の瞬間には、その恐怖に引きつった表情を浮かべるギリアムの顔の真上で大剣をピタリと止めた。
「んで?何だっけ?『次どうなるか分かってンのか?』だっけか。じゃあ…、お前に次ってあんの?」
「あ…、あ…」
恐怖、圧倒的な恐怖。ギリアムは何も言えなくなっている。
「お前は今、自分がどんな状況か分かってるのか?言ってみろよ、悪いのはどっちなんだ?そう聞いてんだよ、早く答えろ出来損ない。あんまり待たせると…、手が滑ってこのままお前の顔にこのデケエ剣が落っこちんぞ」
イヤだ、イヤだ、そんな事を言いたげな表情で首を横に振る。
「じゃあ、クチの利き方…分かるよな?気に入らねえ事言うとさあ…」
マニィさんは声を低めて、
「ザックリ!…いくぜ?」
「わ、分かった!お、俺が悪かった!な、なあもう良いだろ、これで!」
投げやり、捨て鉢。ただこの場から解放されたいというそれだけの気持ちで口にした誠意のない言葉というのが僕でも分かる。こんな奴…。するとマニィさんは、
「ダメだな、それじゃ。お前の言葉にゃ嘘しか無え。お前の親父と一緒じゃねーか、嘘吐きってさ。明日になったら闇討ちにでもしようって魂胆だろ、見え見えだぜ」
「ッ!?」
心を読まれた、そんな表情をギリアムは浮かべる。
「動くなよ、一思いにやってやる。下手に動いて死に損なうと痛えぞ!コラァ!」
「や、やめ…。やめろォォッ!!」
「ッらああああッ!!」
そして剣を突き刺した。
□
はひゅー、はひゅー、間の抜けた呼吸の音がする。その主はギリアム、その顔のすぐ横の地面に大剣が突き刺さっている。
「子供でもねえのにお漏らしかい?出来損ない」
あまりの恐怖だったのかギリアムは失禁していた。
「な、なあもう…、良いだろ?助けてくれよ、腕は動かねえし…」
「コイツにゃ何言っても無駄だな。どうする、旦那?」
マニィさんが僕に聞いてきた。無駄と言うのは、コイツには何を言っても悔い改める事はないという意味だろう。その証拠にいまだ謝罪すらしていない。
しかしながら、確かにコイツとこれ以上関わっても意味はないだろう。コイツはこのまま置いておこう。
「とりあえずこのままで良いですかね?治療したり手助けもしないようにして。帰りたければ自分で帰るだろうし」
そう言うとギリアムはホッとしたような表情を浮かべた。
「少し甘いような気もするけど、旦那がそう言うなら俺は良いよ」
マニィさんも剣を引いた。マオンさんも同意したとばかりに首肯く。そして僕らが一度その場所を離れようとすると、
「おい、そこで見てるテメェら!俺を早く助けねえか!助けねえとどうなるか…、分かってンだろーな!」
なんという事だろう。周りでこの様子を見ていた町衆にお願いするのではなく、命令口調で助けろと命令しだしたのだ。
「シルフィさん」
僕はシルフィさんに呼びかけた。
「お願いがあります」
□
僕がシルフィさんにお願いした事、それは闇精霊を召喚んでもらう事だった。
闇精霊には『盲目』と呼ばれる技能があると聞いた事がある。端的に言えば相手を暗闇で包み込み視界を奪う、真っ暗な場所に迷い込んだ時のように。
「だからね、あなたの処分は町の皆さんに委ねたいと思います」
「ど、どういう事だ!?」
「これからあなたの視力を奪う。まあ、一時的にですけどね。半日は何も見えない。その上で後の事は町の皆さんが決める。あなたが普段から町の為に尽くしているような人ならきっと助けてくれるでしょう、逆にあなたが良からぬ人であれば…」
「なるほどな、今度は町の衆からコイツが普段やってるような仕打ちを受ける…ってか!」
ナジナさんが後を受けて言葉にした。ギリアムの顔色がさらに悪くなる。
「や、やめろ!な、なあ、やめてくれよ!俺は腕も動かねえ、拳も潰れて…」
僕は首を振った。
「自分でもこれから『どうなるか分かって』るんですか?一人くらいはあなたを憐んで助けてくれるかも知れませんよ?」
周りから、それはねえ!普段の恨み晴らしてやる!などの声が上がった。
「では…、お願いします」
僕はシルフィさんに声をかけた。すると、ギリアムの頭を濃い紫と黒が混じったような霧でできた金魚鉢状の物が包み込む。
「これで半日は何も見えません」
「では、町の皆さん。後の事はお任せいたします」
町は歓声に包まれる。よほど普段からギリアムの行いに苦しめられてきたのだろう。決して褒められた事ではないが、悪人には悪人の受けるべき報いがあるはずだ。町の衆の一人がギリアムを引っ掴み、ある者は縄をかけて引きずり始めた。
「首に縄がかかっちまってるが息の根が止まってもまあ良いだろ」
引きずっていく町衆からそんな声が上がっている。
これから何をされるか容易に想像がつくのだろう。ギリアムが助けを求めて僕たちに何か喚いているが、さっきまで悪意を持って襲ってきた奴を助けてやるほど僕は人間が出来ていない。
「バイバイ、悪人さん」
引きずられていくギリアムにそう独り言した。
□
僕たちはいったんギルド内に戻った。下ごしらえした野菜など盗まれると困るのでそれらは中に持ち込んだ。荷車はハカセさん御自慢の機巧仕込みで動かないように車止めをしている。動かしたくても車止めの解除の方法を知らなければ動かないのでこれは駐車をしておいた。
「あー!!食前の良い運動になったぜー!!」
マニィさんが良い笑顔で言う。
「事務仕事ばっかりだからオレ、たまには外に出たくてさー!」
「それにしても嬢ちゃんは強いんだねえ」
「ん、ああ、オレもフェミもシルフィの姐御も元々冒険者さ。今も冒険者として籍は残ってるけどね」
「受付を行う者が必ずしも冒険者である必要は無いのですが、具体的な仕事内容や注意点を知っている事は決して無駄ではありませんからね」
マニィさんの話にシルフィさんが説明を追加した。それにしても…、マニィさんはとんでもなく強い。フェミさんも冒険者だったと言うし…。仮に二人が同じくらいの強さだとして…、そんな二人の背後を一瞬にして取りガクブル状態にしたシルフィさんは一体どれだけ強いのだろう?(第63話参照)
「あっ、マニィちゃん!前髪、乱れてるよぅ」
フェミさんがマニィさんの方を見て言った。
「えっ、マジか?」
ギリアムを迎え撃ったからだろうか、マニィさんの前髪が乱れている。
「私が直してあげるよぉ」
フェミさんがマニィさんの前髪を直している。こうして見ていると仲の良い姉妹のようだ。
「悪いな。自分じゃ見えないから分からなくてよ」
そうだよなあ。鏡が無いと自分の顔とか髪の乱れなんて分からないもんなあ…。そうだ!
「マニィさん、コレ受け取って下さい」
そう言って取り出したのは手鏡だった。コンパクトのように折り畳み式、ポケットに入るサイズでこれならいつでも持ち運びが出来る。百均の300円コーナーにあるちょっと良い手鏡。
「ん、これは何だい?旦那」
「これは…、こうやって開けると…」
そう言って僕はフタを開けて鏡面の部分を出した。
「あっ!」
「鏡ですぅ…」
マニィさんとフェミさんが声を上げた。
「それも…、硝子の…」
シルフィさんまでもが声を上げている。
「じゃ、じゃあ、ちょっと借りるな!すぐに返すからさ!」
そう言ってマニィさんは手鏡を手に取り、ササッと髪型をチェックし始めた。
「そんなに急がなくても…、それは差し上げますよ」
「「「えっ!!」」」
僕の言葉にマニィさんだけではなく、全員が声を上げた。
「これはこうすれば机とかに置いて使えますし…、折り畳めばポケットに入れて常に持ち運ぶ事も出来ます」
「常に?」
「ええ、これならいつだって見ることが出来ますよ」
「あ、ありが…、とう」
なんだかマニィさんが途切れ途切れの言葉でお礼を言ってくる。
「フェミさん、シルフィさんにも…」
そう言って僕は二人にも手鏡を渡した。
「わ、私たちにも…?」
「ええ、僕の気持ちです」
「「気持ちッ!?」」
うん、こういうのは差を付けちゃいけない。女の子というのは比べられたりするのが嫌だと聞いた事がある。だからこういう事は差別しない、言葉を悪く言えば横並びが良いようだ。
あれ?でも、なんだかおかしいぞ?フェミさんもシルフィさんもなんだか上ずったような声でお礼を言ってるし…。あれっ?急に三人とも扉を開けてバックヤードに引っこんじゃったぞ。ど、どうしたんだ!?
三人が姿を決して静かになった所で僕はナジナさんに『パーンッ!』と勢いよく背中を叩かれた。
「いやー!!兄ちゃんやるなあ!三人同時に嫁に来いってかあ!」
「えっ!?嫁?」
「照れるな!照れるな!スゲーぜ、兄ちゃん!まるで恋愛劇を見てるようだったぜ!」
「やられたよ、ゲンタ君。オレもそれなりにナタリアとは大恋愛だったが…、これには到底及ばないよ!」
「ナジナさん、ウォズマさんまで!?」
えっ?えっ?これはどういう事なんだ?
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