第十話 価格設定。商人ギルドに向かおう
納屋で雨宿りをしていた僕とマオンさん、雨もやんだので二人並んで商業組合に向かって歩き始める。マオンさんはこの町に不慣れな僕を気遣ってくれて、道すがら色々と教えてくれる。
「そういえば、ゲンタ。このジャムパンをいくらで売るつもりだい?」
「うーん、相場を知らないもので…。この町でパンはだいたいいくらくらいで売られてますか?」
「さっきのジャムパンより小さいなヤツで白銅貨一枚、少し大きくて白銅貨二枚ぐらいさ。もっとも中身は何も入っていないパンだけどね」
じゃあ…、いくらくらいにしようか…?
ジャムパンやあんパンは定価税抜で88円だった。それが半額だから44円、消費税を入れても50円はかからない。仮に運悪く半額になってなくとも原価は百円足らず…。それなら白銅二枚か三枚かな…。
「うーん、白銅二枚か三枚で…って思ったんですが」
「…ふむ」
マオンさんが小首を傾げる。
僕より頭一つ小さい彼女は150センチくらいだろうか。その小さなマオンさんが僕の横を離れ、テコテコと辻に立つ物売りの方へと歩いていく。
見れば簡単な木枠を組んだ屋台、そこで何やら買っている。串に刺さった肉を焼いた物のようだった。
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「ゲンタ、これを食べてごらん」
戻って来たマオンさんは二本の串焼きを持っていた。その内の一本を僕に手渡してくる。手に取って見てみるが何の肉かは分からない。
大きさや形は油揚げを幅2センチくらいにして串に刺した感じ。とりあえず一口と思ったが、立ち上ってくる香りに違和感を感じる。なんと言うか…、臭い。
日本でも肉を使った食事メニューは沢山ある。例えば牛丼や豚丼と食べ比べてみると味が違うのは当然だが、他にも口に含んだ時に鼻に抜ける香りが全然違う。豚丼にばかり食べていると牛丼を食べた時に鼻に抜ける香りが意外と強い事に気付く。
それが風味だと言われれば確かにそうだ。逆に牛丼に慣れると豚丼の香りの癖の無さに驚いたりする。
一瞬、串焼きの匂いに息が詰まったが、意を決して口に運ぶ。食べた事のない獣肉だと思う、噛んでいても良くわからない。
それもその筈で、ほとんど味が無いのだ。塩すらほとんどかかってない。肉自体のタンパク質や脂質の旨味は確かにあるのだろうが、それは塩などの調味料の力があって初めて味の輪郭というかハッキリした物になるのだ。
「ゲンタ、その串焼き一本が白銅一枚だよ」
一緒に串焼きを食べていたマオンさんがポツリと言う。
「儂は慣れているが…、ゲンタは驚いたじゃろ?この町では石のようなパン、味がほとんどない肉、それに同じような塩気の無いスープ…、それらを食べて暮らしておる」
マオンさんがさらに続ける。
「町の衆はさっきの串焼きをかじりながら、薄いスープに固いパンを入れふやかして食べるんだよ。その一揃いで白銅貨4、5枚って所かねえ」
「な、なるほど…」
「さて、ゲンタ。ジャムのパン以外にも肉を挟んだようなパンもある、そんな話をしていたね。しかも、色々な味付けもしてある。それが高くても白銅3枚だなんて値段をつけたら今ここで売っているような連中のパンや肉は、一体どうなると思う?」
マオンさんは僕に問いかける。
「売り上げが減る…、でしょうか?」
マオンさんが、にこりと笑った。
「そうだね。もしくは全く売れなくなる。それだけゲンタのパンは凄い物なんだ。おそらくだけど、ゲンタ、お前さんの事だ…、その肉を挟んだパンとやらも美味いんだろう?」
僕は首肯き、ハンバーガーとかメンチカツサンド、唐揚げサンドなどを想像する。今食べている串焼きとはハッキリ言って味に雲泥の差がある。
「ゲンタのパンは具が入っている。それもそこら辺の串焼きなんかと肉が比べ物にならないくらいに美味い。そしてパンも柔らかく、スープいらず。それが美味くもない肉と水みたいなスープで流し込むんだよ…。石同然の固いパン…、そんな食事よりゲンタのパンの方が安かったら…、そりゃ商売上がったりだよ」
だからね…、そう言ってマオンさんが続ける。
「物には相応しい値段をつけないといけないよ。もし安く売れば、その辺の屋台の連中が言われもない非難を受けるかも知れない。やれ、あの店のパンは御馳走みたいな旨さで安いのに、お前のトコのパンは石同然なのに高いのか!…みたいにね」
「石のパンが普通なんですもんね…」
「そりゃ柔らかいパンを出してやりたいよ、朝焼いて昼にとか夜までには食べる…とかならね。でも、すぐ食べないと真冬以外は油断ならない。腹でも下して動けなくなったら、日銭を稼ぐ者には大問題さ!それに医者にでもかかるとなればそりゃあもう大損害さ!」
油断ならないとは食中毒とか…、だろうな。現代日本でも食中毒…、あとはノロウィルスなんか体の弱い人やお年寄りが亡くなったりする。そう考えると石くらいまで水分を飛ばすのは道理だ。保存を考えたら、味や食感を犠牲にするしかなかったのだろう。
「そこで出てくるのが商人ギルドさ!ここには大きな商会主が幹部をしていたり、あるいはギルドに荷を売って一儲けしたばかりの隊商がいたりするものさ」
「あっ!…って事は、その羽振りの良い人達に売り込んで…」
「そうさ、ゲンタ!分かってるじゃないか!良い物は金持ち相手に高値で売れば良いのさ!」
ニヤリ、そんな効果音が付きそうな良い笑顔で老婆は元太を見上げるのだった。