第108話 ギリアムざまあ!玄人(プロ)と素人(アマ)の差
「土塊だよ、バカ野郎」
現れたのは冒険者ギルドの受付嬢マニィさんだった。土塊…、つまりはドロの塊を殴りかかろうとしたギリアムにぶつけたのだ。
「あン?なンだテメェは?」
土塊を後頭部にぶつけられたギリアムは手でパッパッと髪に付いたドロを払いながらマニィさんに向き直る。対するマニィさんはその問いに応じる事なく、ハッと短い声で笑って見せる。ただその眼光は鋭く、目元は笑っていない。
「シカトしてんじゃねーぞ、クソが!このギリアム様が聞いてンだよ、なンだテメェは…ってよォ!」
その台詞を聞いたマニィさんの眉がピクッと動いた。
「へえ…」
そう言ってマニィさんは興味を持ったのか、少しギリアムに近付きながら奴の顔をしげしげと眺める。
「お前がギリアムかい。名前は知ってるよ、町でも皆が噂してるからね」
「あン?噂だあ…?俺様があんまり強くて誰もがブルっちまうってかあ?」
ニヤ…、マニィさんが好戦的な笑みを浮かべた。
「違ーよ馬鹿。噂通りの『出来損ない』…、出来損ないのギリアムちゃんってな」
「ッ!!クソ女がッ!黙って聞いてりゃ調子乗りやがって!女だからって甘く見てンじゃねえぞ!」
青筋立ててギリアムがマニィさんに凄んだ。
「おお、怖い怖い。出来損ないちゃんは強そうでちゅねー」
「テメェ、もう許さねえッ!!」
ダッ!!地を蹴ってギリアムがマニィさんに突進した!
「マニィさんッ!」
棒立ち同然。身構えてもいないマニィさんだったが、ひょいとギリアムの突進をかわしその足を引っ掛ける。ドンッ、ゴロゴロ!ギリアムは無様に地面に転がった。
「大丈夫だよ旦那。こんな雑魚なんて何匹何回来たってさ」
「テ、テメェ…。チョロチョロと…」
起き上がったギリアムは憎々(にくにく)しげにマニィさんを睨む。
「遅えんだよノロマ野郎。何が俺様があんまり強いから周りがブルっちまうだよ。お前なんて町で調子こいてるだけの三下じゃねーか」
「あン?三下だと?」
「ああ。狭い町ン中で強いと思ってるだけの雑魚だよ。体がデカいだけの出来損ない!」
「があああああッ!!」
再びギリアムが突っ込んで来るがマニィさんはやはり軽々と身をかわして足を引っ掛けた。闘牛のような展開、派手にギリアムが地面に転がる。
塩を買う為に並んでいた人たちがこちらを遠巻きに見ていて、中には歓声を上げている人もいる。その周囲をギリアムは睨みつけながら再び立ち上がった。
「クソが…、逃げてんじゃねえぞ!」
「逃げてんじゃねえよ。お前なんかにゃ触れるのもイヤだからかわしてあしらってるだけさ」
マニィさんは余裕の表情、『まだやるのかい?』とでも言いたげな視線を送っている。
「動かなけりゃよ、動かなけりゃ…」
恨みがましく、そして憎々しげにギリアムは呟く。
「へえ…。動かなければ…オレに勝てるって思ってんのか?」
「ッ!ったりめーだ!体格も筋力も俺の方が上だ!真正面からぶつかりゃ負けるワケが無え!」
口から唾を飛ばしながらギリアムがまくし立てる。
「なら…、やってみようぜ…」
「な、何ィ?」
「来いよ、オレはここから一歩も動かねえ。真っ向からやり合ってやるからよ」
意外な申し出だったのかギリアムは驚いたような表情を浮かべたが、すぐにニヤ〜と下卑た笑いを浮かべた。
「へ、へへ…。後悔すンじゃねえぞ!真正面からならこっちのモンだ!ゆ、許さねえ!俺をここまでコケにしやがったンだ!その顔面二度と見れたモンじゃなくしてやるぜ…!」
じりっ…、じりっ…。ギリアムはニタニタ笑いながら徐々に距離を詰めてくる。
「マニィさんッ!」
「嬢ちゃんッ!」
僕とマオンさんは心配でたまらず声を上げた。だが、マニィさんは横目でチラッと軽く僕たちを見た。
「心配いらねーよ。町ン中で相手選んで暴れていい気になってる素人と、言い訳も命乞いも通用しない魔獣を狩猟ってる冒険者…、玄人の差ってヤツをこの出来損ないのバカに…」
ニヤリ、マニィさんが片頬に微笑みを浮かべてからたっぷりとタメを作って
「教えてやる」
そうギリアムに言い放った。
□
「教えてやるだと?ナメた事抜かしてンじゃねーぞ!コラァ!」
踏み込んで拳を振るえば届く位置まで近付いて、ギリアムは右拳を放つ。あんなのに殴られたら当たりどころが悪ければ死んでしまうかも知れない!
「遅ーんだよッ!」
マニィさんは前言通り真っ向から迎え撃った。ギリアムの右拳、そこにマニィさんの左拳が真正面からぶつかり合う。
駄目だッ、マニィさん!ギリアムは巨漢だ、拳の大きさも腕の長さも段違いだ。当然威力も違ってくる!マニィさんの手が潰されてしまう!
グブォシャアァッ!
肉が潰れて裂ける湿った音が響いた!
「マ、マニィさんッ!」
見ればマニィさんの左拳が血に濡れている。た、大変だ!しかし、叫び声を上げたのは…
「が、があああああっ!」
なんとギリアムの方だった。叫び声を上げた後、フーッ、フーッと荒い息をつき額には脂汗すら浮かんでいる。
よく見ると、ただ単にまっすぐ真正面から拳を打ち合っている訳ではなかった。マニィさんの左拳がギリアムの右拳の拳半分だけ下にずらして打ち合っている。そしてマニィさんの拳の血は…ギリアムの拳から吹き出した血、返り血だ!
拳半分だけ下にずらして打ち込まれたマニィさんの拳は、ギリアムが殴りかかってきたのを後から迎え撃った…いわばカウンターパンチ!そのパンチはギリアムの体重と腕力全てを二倍…、いや三倍にして返す一撃!しかも、拳半分を下にずらして打ち込まれた事で硬い拳頭の骨ではなく脆い指の骨。指の真ん中の骨は砕け、さらに拳頭の骨が皮膚を裂き外に飛び出してしまっている部分さえある。ギリアムの右拳は完全に砕けた!最早使い物にはなるまい…。
「お、俺の拳がぁ……」
苦痛に呻くギリアム。
「どうした?オレの顔を二度と見れなくするんじゃなかったのか?」
うーん、相変わらずの良声。これ日本で声優デビューしたら女性ファンがかなり付くだろうな。
「ま、まぐれだ…。こ、こンな事…、まぐれだ!」
右手を左手でおさえながらギリアムが先程までのニタニタした笑いを忘れ、半信半疑といった様子で呟く。
「ならよ…、もう一回やってみれば良いんじゃねーの?」
「な、何だと!?」
「もう一本…、もう一本あんだろ?腕ってのは」
チラッとギリアムの左腕を見てマニィさんが声をかけた。
「………」
「それとも何か?お手手が痛くて僕ちゃんもう出来まちぇーん…てか?」
「くっ、テ、テメェ…」
「来いよ、出来損ない…。…怖えーのか?」
「こ、怖いだと…、俺様がテメェを怖いだと!?」
「ビビってんだろ、良いんだぜ。逃げてもさあ?自称お強いギリアムちゃ〜ん」
「ふ、ふざけんなっ!だ、誰が逃げるだと!?」
「おいおい、町で噂のギリアムってのは喧嘩を口でするのかい?負け犬の遠吠えみてえによ。違ーよな、拳でするモンだよな?」
人差し指を一本立ててクイクイと『来いよ』とばかりにマニィさんは手招き…いや指招きして挑発する。右手の苦痛はあっただろう、しかしギリアムはその痛みより屈辱への怒りが勝ったのだろう。顔に浮かべた青筋がプチッと切れそうな憤怒の表情を浮かべ、
「テメェぶっ殺してやるうッ!」
残った左手で拳を作りギリアムは殴りかかる。もしこの時、ギリアムに分別というか冷静に考える事が出来ればいかに陰口を叩かれようにも恥も外聞も捨てて逃げ出していただろう。しかし、ギリアムにそれは無かった。
先程の繰り返し、ギリアムは残った左拳を砕かれる。もう両の手は使えない、なんとか痛みに耐えているが溜まりかね膝から崩れ始める。
しかし、そんなギリアムが崩れ落ちるのをマニィさんが許さない。横に回り込んみギリアムの左腕を取って後手に捻り上げた。さらに背後に回り右手も同様に捻り上げた。膝から崩れ落ちればさらに腕がキツく捻じ上げられてしまう為、ギリアムは崩れ落ちる事が出来ない。
「があっ!い、痛え!離しやがれッ!」
ギリアムは暴れるが振り解く事が出来ない。
「あ?何言ってんだお前?」
マニィさんは腕を捻じ上げる事を止めない。
「オレの事…、ぶっ殺してやるって言ってたよなあ?クソ野郎」
さらに低い声を出してマニィさんがささやく。
「だから、両方の拳を砕いた今までの事はオレが自分の身を守る…、そう自己防衛ってヤツだ…。そして、ここからだ。ここからが本番!オレのお仕置きタイムだぜ」
「な、何だと!?」
ギリギリッ!マニィさんはさらに腕を捻り上げる、たまらずと言った感じでギリアムの悲鳴がより大きく甲高いものになった。
「ここがお前の関節が曲がる限界か…。これ以上曲げたら肩が外れる…随分と体固いんだなお前。まあ良いや、関節も頭の中も固いお前に教えてやるよ。オレたち冒険者ってのは、自分や仲間がやられたどうするかってのをよ」
マニィさんがギリアムの関節を極めたまま問いかける。
「し、知る訳ねえだろうがらッ!クソッ、離せ、離せェッ!!」
もがいて暴れているがその痛みを伴う拘束が緩む事はない。
「教えてやる、オレたち冒険者はやられたら倍にしてやり返すのが通り相場だ。お前…、以前に旦那と嫂さんの腕を捻り上げて地面に叩きつけたんだよなぁ…、出来損ない?だからオレはそれを倍にして返してやるぜ」
「ば、倍だと?だが俺の腕は二本しかねえ!そこのガキとババアの腕一本ずつ捻り上げたがそれを合わせたって二本、四本もねえそ、クソ女が!」
「ああ、だからオレは代わりにこの腕を今の倍の角度までキツく捻じ上げてやる」
「ク、クソッ!」
事の重大さに気付いたのかギリアムはさらに暴れるがどうにもならない。やがてギリアムは苦し紛れに後方で腕を捻じ上げているマニィさんに向けて後ろ足で蹴りを放った。マニィさんはそう来る事を読んでいたようで半身をそらしてその蹴りを悠々とかわしギリアムの残った軸足を後ろから前に払った。
当然、ギリアムの体は仰向けに宙を舞い始めたが、マニィさんはさらに返す刀のように前に払った足を今度は前から後ろに払う。ギリアムの足に再度引っ掛けながら…。
今度はギリアムの身体が下向きになる。そして次の瞬間には腕を極めながらマニィさんはギリアムの背中に飛び乗る。ギリアムの腕をこれでもかと言うくらいに捻じ上げると背中にスペースが生まれる。正座をするような感じでマニィさんがそのスペースに飛び乗る。よりキツく、腕を捻り上げながら。
グォゴゴゴリィッ!
その姿勢のまま地面に叩きつけられたギリアムから鈍く、そして耳障りな音が響いた。そしてマニィさんは捻り上げていたギリアムの腕を離し、座ったままの姿勢から軽やかに前方に跳躍。体操選手のように華麗に宙を舞いスタッと綺麗に地面に着地した。
パタッ!次の瞬間、力無くギリアムの腕が地面に落ちた。だらんとしているその両腕は一目で分かる、肩の関節が外れていた。
わあああっ!途端に周りが盛り上がる、スゲえぜ、姉ちゃん!よくやった!このロクデナシには良い気味だよ!ざまあ見やがれ!町衆が口々に喝采を送る。
「コイツはこの町の鼻つまみ者だったからね。こうなって皆、胸がスッとしたんじゃないのかい?町の人を殴ったり、金を強請ったり…、皆困っていたんだよ」
マオンさんがそんな町の事情を教えてくれた。
「マニィさん、ありがとう!」
僕とマオンさんが助けてくれた礼を言っていると…。
「騒がしいと思ったらよう…、マニィ…お前ひと暴れしたな?」
ギルドの中からナジナさんやウォズマさん、シルフィさんにフェミさんが出て来た。
《次回予告》
ゲンタとマオンはマニィによって窮地を脱した。もうすぐ他の冒険者たちも帰ってくる。とんだ邪魔が入ったが、二人はカレー作りの準備に戻ろうとする。しかし、その前に…ギリアムの処分をどうしようか?
そして…、恋心が花開く。
次回、異世界産物記『後始末と、君の姿を映すのは』。お楽しみに。
《作者より》
いかがだったでしょうか?だいぶ遠回りしましたが、ざまあ回を一つやりました。面白かった、続きが気になる、ざまあ回まだやるんだよね?、恋心って誰の?などありましたら感想メールや評価をお願いします。
次話でお会いしましょう。サヨナラ、サヨナラ、…サヨナラ。




