第101話 ゲンタへの客(前編)。カレーの話と老紳士
エルフパーティの女性陣キャラの名前の由来は、
長女(1) セフィラ…ゼフィランサス(タマスダレ)
次女(2) サリス…サイサリス(ホオズキ)
三女(3) ロヒューメ…デンドロビウム(洋ラン)
この三種の植物を元にしています。
えっ!?なんだか聞いた事がある設定ですって?ははは、やだなあ。偶然、偶然ですよう(逃)
「ああ、それは…」
エルフパーティの次女格、サリスさんの問いに僕は返答を始める。
話は今から一時間前に遡る…。
「ぼ、坊やの作った『かれー』とやらは俺たちは食えねーのか?」
パンの早朝販売を終え、後片付けを始めようとした時に一人の冒険者のオジサンがやって来て僕に問いかけたのだった。もの凄く真剣な、それでいて切羽詰まったような表情である。よく見ればその後ろに似たような表情の冒険者たちが続いている。その必死さのようなものを伴う押し寄せる人波に詰め寄られ僕は言葉を失い戸惑っていた。
カレー…。
日本でも老若男女に好評なそれは一昨日の土木作業現場で作って出した時にも大好評だった。みんな皿まで舐め尽くす勢いで…、いや…実際に舐め尽くしていたのだが全員が『美味え!!』の大合唱。その好評ぶりは凄まじく、集まってきたのは冒険者たちだけではなかった。
立ち上るカレーの匂いが風向きのせいで届いたのか冒険者ギルド側より少し先の窪地で作業していた商業ギルドが雇っている人夫たちもこちらにやって来て『金なら出す、だから俺たちにも売って欲しい』と頼み込んでくる状態だった。
さすがにこのカレーの販売は冒険者ギルドの依頼でやっている事であり、それ以外の人に売るというのは仁義に反する。僕はこれはあくまで冒険者ギルドの依頼でやっていて、冒険者の人数分しか量を用意していない事を理由に断った。
それでも数人の人夫たちはお溢れになんとか与ろうとその場で粘ろうとしたが、ナジナさんやウォズマさんをはじめ強面の冒険者たちが睨みを効かせるとすごすごと退散していった。
そんな逸話や香辛料を効かせた絶品料理であるという話を聞いて、先日の土木作業の依頼を受けなかった冒険者たち…すなわちカレーを食べた事のない人たちは『自分も一度食ってみたい』と強く感じたようだ。
僕の前に押し寄せ『頼むぜ、坊や』『俺たちも食ってみてえんだ』と口々に言う。その勢いは冒険者ギルド中を巻き込み、土木作業に参加し一度はカレーを食べた冒険者たちも『俺たちもまた食いたい』と押し寄せる始末。中には試食も含めれば既に二回食べた事もあるナジナさんすら押し寄せる人波に加わっていた。とんでもない熱狂である。
「まあ、ダンナに詰め寄る気持ちは分かるぜ」
いつの間にかマニィさんが近くには来て会話に加わった。受付での業務が落ち着いたのだろう。フェミさんやシルフィさんもやって来ている。その後方にはギルドマスターのグライトさんもいた。そう言えばこの人もナジナさんと一緒になって『食べたい』の大合唱に加わっていた。
そしてさらに香辛料の風味を好む火精霊、ホムラまでもがが人型状態で出現していた。何やら『ねえ、またカレー食えんの?』とでも言いたげな期待に満ちた表情でこちらを見ていた。誰か僕を助けてくれる人はいないものか…。
とりあえず僕はカレーというのは香辛料を数多くの種類、それこそ十も二十も用いなければならないのですぐには作れるような物ではないと回答えてその場を乗り切る事に成功した。
しかし、彼らの熱狂ぶりを考えるにそれもあまり長くは保たないような気がした。
□
「そうですか、そんなにもギルド中が大騒ぎになるような事が…。しかし、我々エルフは香辛料をふんだんに使った料理となると体質的に合いませんからね…。彼らの熱狂とは逆に冷静に物事を見る事が出来そうです。あまりにも彼らが度を越してゲンタさんに詰め寄るような事があれば、我々はゲンタさんの側に立ち皆を諫めるように致しましょう」
セフィラさんが大変でしたね、といったような様子で話す。
「そうですとも!我々に香辛料の誘惑などは効きません。ゆえに『かれー』という料理がいかに美味であろうとも安心して下さい、我々は味方ですよ!」
キルリさんも力強く続いた。おおっ、僕の味方になってくれる人たちはここにいたのかッ!
「偉そうに言わないの!ただ単に私たちが刺激の強い物が食べられないから全くの無関係でいられるだけじゃない」
これはこのエルフパーティの女性陣三人のうち一番年下の三女格であるロヒューメさん。三女格ながらちょっと強気、エルフにしてはこれまた珍しい…ややもするとおてんばな感じすらする。
「それがこの『かれー』、全くの無関係と言う訳ではないの」
シルフィさんがこの会話に加わってきた。
「お姉様、それはどういう?」
エルフの皆さんがシルフィさんに注目を向ける。
「確かに『かれー』は香辛料が効いた刺激的な料理、しかし、ゲンタさんはそんな香辛料を苦手とする私に…、作ってくれました。『くりーむしちゅー』を」
「シチューは分かりますが…、『くりーむ』とは聞き慣れない言葉ですねえ…。キルリ君、君は知っていますか?」
五人パーティの男性二人のうち、年長のタシギスさんが弟格のキルリさんに聞くが彼も知らないと首を振る。
タシギスさんはエルフ族は長い髪型をする人が多い中、珍しく短髪でさらに黒髪である。整った顔立ちではあるが、若々しいというより渋みがかった大人という感じだ。
「それでお姉様、ゲンタさんが作ってくれたという『くりーむしちゅー』と言うのは…」
セフィラさんが話題を戻した。
「具材は『かれー』と同じですが、味付けは異なります。ゲンタさんによれば…、小麦の粉を生乳で伸ばしたものを使い味が整えられています。口当たりはとても滑らかで柔らかく真に豊穣、おそらくは人族が『かれー』に熱狂するのと同じように私も熱狂していたのでしょう」
ざわ…。
エルフの皆さんの雰囲気が変わった。
「生乳…とは」
呟いたのはサリスさん。しかし、次の言葉が続かない。
僕はそんな彼らの雰囲気が気になり、シルフィさんに聞いた。
「なんだか皆さんが戸惑っていらっしゃるようなのですが、どうしたんですか?」
「ゲンタさん。生乳とは我々エルフにとって豊かな大地の象徴なんです」
「そうか!儂は分かったよ!豊かな土地の例えに生乳が流れる土地なんて言うものね」
マオンさんの言葉にシルフィさんが首肯く。
「生乳はまさに豊穣の象徴。身体にとっても滋養になる事、この上なし。しかし、扱いは難しいですからねえ。搾りたてならともかく、すぐに腐敗んでしまいます」
その後を受けたタシギスさんの言葉にそうだよなあ…と僕は思う。栄養があるって事は雑菌などにとっても栄養豊富であり繁殖しやすくなる。現代日本なら温度管理をした輸送トラックにスーパーや家には冷蔵庫がある。だから僕たちは気軽に、そして安全に牛乳を飲めるのだ。
「シルフィ姉様、そんなに『くりーむしちゅー』は美味しいの?」
ロヒューメさんがシルフィさんに聞くと、シルフィさんは首肯く。言葉は要らないとばかりに。
間違いない、コレ食べなくても分かる。絶対に美味いヤツだ…そんな雰囲気が周囲に溢れる。
「ゲンタさんっ!シチューが…」
キルリさんが一気に間合いを詰めて来た。あれ?さっきはカレーを求めて押し寄せる人波から守るって言ってたのに、逆に自分が急先鋒になってるやん!
「シチューが…、食べたいです」
「ミ、ミッチー…?」
なんか有名な場面が思い出された。
□
とりあえずエルフの皆さんには落ち着いてもらい、カレーと同様にシチューもまた用意するのに時間がかかるという事にしてお茶を濁した。
その後はしばらく緑茶を飲みながら談笑し、しばらくぶりに町に戻ってきたセフィラさんたち一行は宿に戻り今日は休養するらしい。
じゃあ僕たちも帰ろうかという事になった時、シルフィさんから声をかけられた。
「ゲンタさんにお客様です」
お客?はて、一体誰だろう?冒険者ギルド内くらいしか知っている人はいないのだが…。
僕が受付カウンターの方を見るとそこには一人の品の良い老紳士がいた。穏やかな微笑みを浮かべるその人に僕は見覚えがない。冒険者ギルドの関係者ではないと思うけど…。
とりあえず話してみない事には用件も誰かも分からない。僕は老紳士の方に歩き出した。
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