第100話 『塩商人』ブド・ライアーの驚愕&エルフたちの帰還
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冒険者ギルド側が土木作業現場の埋め立て並びに道の敷設を完了した。ブド・ライアーが驚きの報告を受けた翌日…。
ミーンから商都へ続く『塩の街道』、町の南門から早馬車で行く事およそ十分余り…。そ 商業ギルドが冒険者ギルドに発注した作業現場、そこにミーン商業ギルド副会長にして塩を扱う商会主ブド・ライアーの姿があった。
そして自分の目でその有様を見て彼は驚愕する。なんと道が出来ているのだ。しかも単純に窪地を埋めるのではなく、城壁のような物を作りその上を道に見立てて敷設されている。これならば確かに近くの小高い部分を全て掘り崩し埋め立てる必要はない。
高地の部分の掘り崩しは馬車が行き違う分だけの幅が確保されている。日本では切り通しと呼ばれる道があるが、その工法と同じだ。そして低地である窪地には前述の城壁のような物で窪地の両端を橋のようにつないでいる。
しかし、それならば…、ブド・ライアーは考える。
窪地自体はそのままなのだ!昨日の雨でさらに窪地の底には水が溜まる。単純に底から土を盛っただけの道など溜まった水が地盤を緩ませ、いつ崩れてもおかしくはないシロモノの筈だ。
そんな事を考えながらブド・ライアーは窪地に掛かる橋の端に近づく。確かに窪地の底には水が溜まっている。しかし、城壁状の橋は単純に土塊を積んだだけではない。その橋の底にアーチ型の空洞がある。ざっと遠目に見た感じでは大人が少し身を屈めれば通り抜けが可能なくらいの高さがある。
なるほど、考えたな…。これならば窪地に水が溜まってもそこから水は抜けていく。ただ道の部分だけ土を埋め立てたのならば、早速昨日の雨で崩れたかも知れない。しかし、この工法ならばたとえ大雨でも溜まった水が空洞を抜けていく。橋にも雨による影響も無いようだった。
また、橋の壁面に目を向けると何やら黒いツヤの無い重厚な表面をしている。何らかの石材か?しかし、この辺りにはそんな石材が採れるような場所は無かった筈だ。
分からない、このブド・ライアーの思いも寄らぬ方法で道を敷設っただと!?認めねえ、断じて認めねえ!何者だ、一体何者が居たというのだ、たかが冒険者風情がこんな工法を思い付くなんて。
たまらずブド・ライアーは毎日ここにお目付役として来ていた手代を怒鳴りつける。
「おい!昨日ここで作業をしていたのは誰だ!」
「は、はい!初日から顔ぶれの変わらない五十人の冒険者たちです。人数合わせの為か、まだ成人前のガキもチラホラ混じっているような集団でした」
「初日、二日目とやや遅れ気味に進捗していると報告してたじゃねーか!なんでいきなりこうなってんたよ!?」
「わ、分かりませんっ!わ、私は旦那様のお言い付け通りに午後の定刻までお店で働き、その後この場所に見聞に来ていました。そうしたら…、いきなりこんなものが完成しておりまして…」
「何も分からねーってか?」
申し訳ございません、手代は萎縮した様子で主人に返答する。いずれにせよこれだけの土木技術と作業量を持った存在なのか、冒険者ギルドというのは…。
いや…、待てよ。これだけの技術があるならば、今現在ドワーフの棟梁たちが見つからないせいで足止め状態にある新しい店屋敷の建築が出来ないだろうか?
そもそも今回の『塩の街道』の窪地を埋めて道を敷設する計画の発案はこのブド・ライアーである。自らの商会の店舗に屋敷、倉庫などを一ヶ所でまとめる大規模な建造物を作る手筈を整えたのだが大雨等により一部資材の到着が五日ほど遅延する事になった。
しかし、資材の到着が遅延して工事をしなくても雇用関係にあるガントンらドワーフの一団には給金を払わねばならない。例え砂の一粒も運ばなかったとしてもである。ブド・ライアーはその金を惜しみ、ガントンたちとの契約をいったん解除するに至ったのだ。
石工や木工の棟梁であるガントンやゴントンは言うに及ばず、その弟子のドワーフたちに対しても給金は一般の人夫たちより高くつく。その金を浮かせる為に一度解消したドワーフたちとの雇用関係だが、その結果はかえって高く付いた。その雇用関係を解消したドワーフたちが待てど暮らせど一向にブド・ライアーの前に姿を見せないのだ。その結果、新しい屋敷や商会の建設に着工できない。
なぜならこのブド・ライアー商会の新しいお店や屋敷の建築は横にも広いが、実は高さもある。そんな建物を建てるには何と言ってもその土台が肝心である。その為にはドワーフ族の卓越した土木技術が必要不可欠である。
まずそれが無ければ満足行く柱が立たない。すると当然ながら床も壁も屋根も何一つ工程が進まない。仮に建てたにしても脆弱な土台では三階建ての建物を支えるだけの強さはない。それゆえに工事を始められないのだ。そして、ただいたずらに時間だけが過ぎていく。
そうなればガントンたちドワーフの一団以外にも雇っている人夫たちにもさせる仕事が無い。彼らはドワーフたちと比べれば薄給である。しかし、それでも頭数だけはいる。あくまで難度の高い部分はガントンたちに、人夫たちにはその下支えというか技術は無くとも頭数がモノを言う作業をさせる予定だった。
そこで一般の人夫たちにはガントンたちとの雇用関係を解消している五日間、遅れて到着する資材などの搬入や管理をさせる事にした。まとまった人数の人夫を新たに雇用しなおすのは困難である。いざ工事が始まった時に足らなくなったでは困るのだ。ゆえに一般の人夫たちは雇用を維持した。
すると思いも寄らぬ事…ガントンたちが来ないので今度は仕事の無い人夫たちに給金だけが発生する事態になった。これにブド・ライアーは頭を悩ませ、窮余の一策を思い付く。
すなわち商業ギルドにかねてからの町の問題点である『塩の街道』の雨に対する脆弱性を訴え、公共事業のような形で窪地を埋め道を敷設する事を提案。商業ギルドも先日のゲリラ豪雨による道の寸断により被る不利益は解消したい所だったのでその発案を是とした。
ブド・ライアーは『してやったり』と喜ぶ。この土木作業の現場に自分の新しい屋敷などの建設の為に雇用関係にあった人夫たちを送り込んだ。こうすれば何もさせる事がない自分が雇っていた人夫たちに仕事を与えられる。
しかもその給金は商業ギルドから出るのだ。自分(ブド・ライアーの懐は痛まない。まさに一石二鳥と言えた。これでおよそ五日間の猶予が生まれる、その間にガントンたちが戻って来れば良いのだ。商業ギルドや属している商家などからはドワーフを雇っている話は聞かない。ならば今現在、奴らは無所属の筈だ。
食う為に何か一時凌ぎの賃仕事でもしているのかも知れない、それならそれが片付き次第こちらに駆けつけて来るだろう。
まあ、良い。工事が遅れたのは事実だ。それを理由にしてドワーフどもの給金を買い叩いてやろう。ブド・ライアーはそう考え、自らの屋敷に戻る為に馬車に乗り込んだ。
ガントンら、ドワーフの一団が再び現れる事が無いとは思いもせずに。
□
早朝のパンの販売が終わり、しばらくして冒険者ギルド内で僕は数日ぶりに戻ったシルフィさんを姉と慕う同じエルフの里出身である五人のエルフパーティ、セフィラさんたちと再会した。
「ゲンタさんのおかげで素晴らしい修行になりました」
五人の年長者であるセフィラさんが言う。何でも僕が出発前に渡した食パンやいちごジャムのおかげでその道中は素晴らしいものであったと。
精霊溜まりと呼ばれる精霊のたくさん集まる場所…、日本人的な感覚で言えばパワースポットみたいなものだろうか…そこで野営をし数多くの精霊と触れ合う事でエルフ族の人は精霊との交信力を磨くのだそうだ。そこで精霊と交信を行い、その加護や経験を積んでいく。
セフィラさんたちが驚いたのは精霊との交信を中断し、食事をしていた時の事。報酬で受け取ったいちごジャムをパンに塗り食べていたところ、いちごジャムを分けてくれとばかりに人型状態の精霊が現れたのだそうだ。
セフィラさんたちも当然精霊の加護を得るという『エルフの服』を着ている。数多くの精霊と触れ合う事で交信力を磨くと共に、服に触れてもらう事でその服に宿る加護も強まる。セフィラさんたちは今回の修行で非常に効率よくその二つを達成出来たのだと言う。
「でも、一晩でジャムが全て無くなりましてねえ…」
エルフにしては珍しい、葡萄酒だけでなく琥珀酒などの強い酒を好むキルリさんが残念そうに言う。
「あまりに精霊が集まり過ぎてジャムはおろか、焼菓子も全て無くなりまして…。修行がこれ以上無いくらいに上手くいって喜ばしいのですが、楽しみにしていたジャムがすぐになくなり悲しくもあり…というのが我々の正直な感想です」
うーむ、セフィラさんたちの修行が大成功といった感じなのは非常に良かった。しかし、ジャムの大瓶3本がもう無くなってしまうとは…。一瓶900グラム入りのジャムが3つで単純に2.7キロ…、ある程度はシルフィさんにも分けていたみたいだけど一日でそれを食べ尽くしちゃうとは…。一体どれだけの精霊がやって来たのだろう、いちごジャム…、いやこの町では『乙女のジャム』か、凄い大人気だ。
「ところでゲンタさんはこんな時間までどうしてギルドに?普段ならパンの販売が終わったらここで食事をして帰宅されると言うのに」
こう質問して来たのは女三人、男二人のエルフパーティの次女格サリスさんだ。
「ああ、それは…」
僕は先程までのギルド内であった僕にまつわる一騒動について話し始めたのだった。
次回予告
冒険者ギルド内では一つの大きなうねりがあった。それはギルド内にいた冒険者全てがゲンタに詰め寄る大騒動であった。その話をしていたところ、シルフィからゲンタに来客がある事を告げられる。
次回『ゲンタへの客』、お楽しみに。
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