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第99話 雨の日のアクリルダイス&『塩商人』ブド・ライアーの困惑


 塩の街道(みち)の土木作業が終わった翌日…。町から見上げる空には雲が立ち籠め、さらに西の空に行けば行く程にその色合いは濃い灰色になっていく。


 雨雲だ。それなりにまとまった雨が降るであろう濃い色をした雨雲だ。


 そんな日の冒険者ギルド内では比較的まったりとした時間が流れている。大きなロビーではおそらく昼前から降ってくるであろう雨を嫌い、今日は外に依頼や採取、狩猟(かり)には行かない事を決めた冒険者たちが集まっている。


 泊まっている定宿(ヤサ)とは別に第二の宿とも言える冒険者ギルドは別々の宿屋に泊まっている冒険者たちが一堂に会せる場所でもある。


 そこで様々な話に花を咲かせ、情報の交換をしたりする。冒険者は特に仲の良い者同士が『○○の兄弟』などと呼びあったりしている事がある。彼ら兄弟同士が集まる冒険者ギルドは例えて言えば擬似的な一つの大きな家であろうか、そんな風に僕は考えている。



 冒険者は基本的に自由度の高い職業である。


 どんな依頼を受けるか、今日は仕事に()てるのか休息するのか…。運良く大物を狩猟出来れば大金が入ってくるが、い逆に運が悪ければ一日中獲物を探し回って野ウサギの一匹も得られない。そうなれば、賎民(せんみん)や貧民の硬貨(コイン)と揶揄される青銅貨の一枚すら得る事も出来ない。そうなれば食べて行く事も出来ない。


 冒険者の自由はそんな一獲千金と素寒貧(すかんぴん)の背中合わせ…。行き着く先は誰もが夢見た成功か、思い出したくもない悪夢となるか…、それは彼らの実力と幸運不運のどちらがついて来たかによって結果が変わる。


 冒険者稼業は決して甘くはないのだ。(おの)が命と報酬を(はかり)にかけて全てを自分で決める。結果に関わってくるのは力量と多少の運。自分がいつどうなるか分からない、不安と背中合わせの自由と共に…。それが冒険者である。



 冒険者ギルドの外にある塩の自動販売機に塩を補給する。売れ行きはありがたい事に順風満帆(じゅんぷうまんぱん)、昨日は5キロ以上売れたようだ。業務用食品を扱うスーパーで1キロ百円しないで買えるこの塩が、ここミーンの町では日本円にして一万円もの売り上げになる。


 荒稼ぎ、ボロ儲け、そんな言葉じゃ足りないくらいの利益。パンの売り上げや、雑貨屋のお爺さんの所へ(おろ)している雑貨や水筒として使うペットボトル、僕は売り上げたお金のうちすぐには使わないであろうものを預金している。その預金が50万円を超えた。バイト代にしたら何ヶ月分だろう…。とてもありがたい。


 自動販売機に塩を補給してギルド内に戻っていつものようにマオンさんやシルフィさんたち、そしてギルドマスターのグライトさんらと朝食を()った。今日は休息(オフ)にする冒険者が多いので受付の仕事も今日はラクなようだ。またグライトさんも商業ギルドからの依頼である例の土木作業依頼が完了した事で一安心しているようだ。


「あ〜!クソッ、出目(でめ)が悪いぜ!」


 そんな声がした方を見ると、奥のテーブルで何人かの冒険者が賽子(サイコロ)を振って何かをしている。いわゆる遊戯(ゲーム)賭事(ギャンブル)か、今日一日を休息(オフ)にした彼らだが一日中話をしているほど話題が多い訳ではないだろう。普通、そこまで話題は続かない。


 賭事で熱くなるのは人間の性質(サガ)だろうか、大なり小なり奥のテーブルの彼らも例外ではなかった。出目が悪いと先程声を上げていた冒険者がまた悪い目を振ったのか、『クソッ!』そう言って賽子(サイコロ)をテーブルに叩き付けるように放り投げた。


「あっ!馬鹿ッ!」


 叩き付けた賽子(サイコロ)がテーブルで跳ねて床に。どうやら賽子が割れてしまったようだ。怒りにまかせて放り投げた冒険者もすっかり熱が冷めしまったという顔をしている。


「お、おい!どうするんだ。賽子が割れちまったじゃねえか!」


「値段も馬鹿にはならねえ!安いモンでも銀片(ペン)で五枚はするんだぞ」


「す、すまねえ…」


「どうするんだ….、これしか無えのによう…」


 銀片で五枚(日本円にして五千円相当)…、それも安い物なのか…。見れば何かの骨か牙を素材にして数字を掘り込んで作った物のようだ。綺麗に整型してある訳でもなく、粗雑な手作品(ハンドメイド)といった感じだ。


 時間潰しの賽子遊びが出来なくなり一気に場が白けてしまった冒険者たち。昼くらいには雨が降るらしいし、これじゃ彼らは一日を持て余してしまうだろう。


 すっかり盛り下がってしまった彼らに僕は席を立ち声を掛けた。


「この賽子(サイコロ)を使って下さい。…いや、ダイスと言った方が良いのかな?お貸ししますよ」


 そう言って僕はリュックから小さな布袋を取り出し、その中から六面体の賽子を一つ取り出してテーブルに置いた。


「おっ?ぼ、坊や…」


「こ、こりゃあ…、何で出来ているんだ?透き通っていて…」


「ア、青色緑柱石(アクアマリン)かッ?蒼玉(サファイア)ほど色みは強くないようだが…」


 僕が取り出した賽子(サイコロ)。これはTRPG…いわゆるテーブルトークと言われる遊びをする為に不可欠な物だ。ゲーム機で行うRPG(ロールプレイングゲーム)は、例えば攻撃が命中したかどうかや敵に与えたダメージの数値をゲーム機が計算してその成功確率を元にした成功か失敗かの判定やダメージ量の大小を決める。


 しかし、TRPGではその成功判定や数値の計算をサイコロで行う。ゲームによっては複数種類の賽子…、四・六・八・十・十二面体のダイスが必要になる場合もある。これはダメージの計算などで武器によっては違う賽子で計算する事があるからだ。


 考えてもみて欲しい。例えば戦士が敵を攻撃するとして両手で扱うような大きな斧と、女の子でも振り回せるような木の棒があるとしてその攻撃力は同じだろうか?答えは否だ、ゆえにそのあたりを使う賽子の種類や数で反映する。


 例えば両手斧なら二つの十二面体賽子を使って計算するとすれば最小で2、最大で24のダメージ。一方の木の棒は四面体の賽子で判定となれば最少で1、最大で4のダメージになる。これに攻撃したキャラクターの腕力によるものや、戦士系職業ならダメージ増加などゲームによってはプラス修正がかかる場合もあり、それらを総合してダメージの総量が決まる。


 僕はそのTRPGを少々やっていてたまに大学でもやっていた。ネット環境があれば自宅にいながら遠方の人とも遊べる時代だが、シナリオが自由に決められ、既成のゲームでは出来ないような行動が出来るのがTRPGの魅力だ。


 自分の発言により行動を決定し、周りのプレイヤーやGM(ゲームマスター)とのやり取りで思わぬ方向にゲームが進む時がある。今はコロナ禍で集まる事が出来ないので出来ないのだが、いつも背負っているリュックに賽子が入っている事を思い出し取り出したのだった。


「こりゃあ綺麗だぜ…」


「宝石を彫って作った賽子なんですかぁ?」


 先程の冒険者たちの青色緑柱石(アクアマリン)蒼玉(サファイア)という発言に興味を持ったのかマニィさんやフェミさんが僕の近くに来てそう言った。


 いや、多分材質はアクリルでそう高い物ではないんですけどね。


「それにしても…、 見た事も無いような字…、いや模様か?」


「坊や、これには数字が彫っていねえが、どうやって使うんだ?」


 賽子を見ていた冒険者たちが僕に質問()いてきた。


「ああ、これは…」


 そう言って僕は彫ってある穴の数で一から六までの数を表している事を伝えた。そして冒険者たちは理解したのか賽子を振り先程の続きを再開した。


新人(ルーキー)、悪いがこれはギルドで出納(すいとう)を厳しく管理するぞ」


「えっ!?」


 いつの間にかグライトさんも近くにいた。


「こんな高価(たか)そうな逸品だ。金に困った奴がつい出来心で…なんて事があるかも知れんからな。それに、他の奴も使ってみたいという奴も出てくるだろうな。おそらく明日には俺にも使わせてくれ…なんて言う奴が出てくるのが目に浮かぶ」


「うーん、そうなんですかねえ…」


「間違いねえ。仕事が無けりゃ俺もあの中に混じりたい」


 そう言ってグライトさんは微笑んだ。



 その頃…、塩商人ブド・ライアーの私室では…。


「何だよ、コレ?北西の店じゃ昨日一日で30(ウェイ)しか売れてねーじゃん。ちゃんと店開けてたのかよ?」


 もともとミーンの町にあった塩を売る店を吸収し、ブド・ライアー商会傘下にした販売店の昨日の売り上げ報告を確認しブド・ライアーはそんな声を漏らす。


 30(ウェイ)(30グラム余りに相当)…。この販売量とて一般客のものではない。店にいる者たちが自家消費用として購入した分だ。つまりミーンの町の北西部では塩を買いに一人の客も来なかった事を意味する。


 当然の事ながら塩は日常生活に不可欠だ。だからどこかで買う必要がある。その買いに向かった先は冒険者ギルド前の路上、ゲンタが日本より持って来た塩を売る自動販売機である。高い上に砂などが混じる塩と、真っ白で上質であり同じ白銅貨一枚(シロイチ)でも倍近い量が買えるなら町衆はどちらを買うだろうか。言わずもがな、ゲンタの持ち込んだ『白き塩』である。


 だが、ブド・ライアーはその事を知らない。上がって来る報告を頭の中でもたらされた数字と自分の知っている理論で考察する。


(値上がりしているから貧民層が多い北西部が売れない。それがだんだんと北西部から隣接する辺りや中央にジワジワ伝播(でんぱ)してきている。だが、町のヤツらは塩無しで暮らせるのか?それとも何か、他に買うアテでもあるのか?いや、()えだろ。この町の塩屋は全てオレの傘下だ。別の町から新たに商会が来たとは聞いてねえし…)


 自分の唇や(あご)のあたりを人差し指でなぞりながらブド・ライアーは考える。


(値上がりしてるからヤツら買い控えしてんだろ…、なら安くなる見込みを探ってんのか?そもそも塩が入って来ねえから値上がりしてんだし…)


 その時、ブド・ライアーは思い出す。


(ああ、アレか!塩の街道のよく水没する場所の埋め立て工事を始めたからか!その工事をしているという噂が広まったのか。そんで街道(みち)が開通したら塩が入って来るから…、それで塩の安定供給がしやすくなる。そしたら塩の価格も落ち着く、なるほどなるほど…!馬鹿は馬鹿なりに考えているんだな)


 あっはっは!ブド・ライアーは笑い出す。


(確かに道は開通するよ。しかし、それは今日明日で出来る訳が無えだろう。五日の作業予定だ。しかも、冒険者ギルド側に発注した工事はより深く広い窪地なんだぞ。手間はかかるし、ましてや今日は雨になる。そしたらあと何日かかる?町のヤツら、分かってねーよ。少し待ってりゃ出来るってモンじゃねーんだからよ)


 しかし、ブド・ライアーは一つ失念していた。塩を購入するのは一般市民だけではない。屋台や店を営む商売人(プロ)もいる。その人たちならば値上がりしていても買わざるを得ない。


 ゆえに北西部の販売店の売り上げがほぼ皆無になった事に気付くべきだった。しかし、ブド・ライアーはそれを考えなかった。彼にしてみれば自分以外の他人は全て愚鈍で無能と認識している。それは普通の町の衆も商売人にも言えた。購買層や他の外的要因について想定すらしない。金を吐き出させる為の存在、ブド・ライアーにとって他人とはそんな存在であった。


「そういやさ、塩の街道(みち)の工事の進捗(しんちょく)ってさあ…、どんな感じなの?」


 土木工事の事を思い出したので、ブド・ライアーは何の気無しに聞いてみた。今日は雨だし、だいぶ遅れるだろ。


「商業ギルド側の方はやや遅れ気味ですね。今日は雨ですし、さらに遅れるかと…」


「じゃあ、冒険者ギルドの方はもっと遅くなるよな。知恵も技術も無えただの元気が余ってるのだけが取り柄のヤツらなんだし」


「い、いえ。それがその…」


「ん?なんだ、どうした?言ってみろ」


「は、はい。冒険者ギルド側は昨日で工事が完了したと…」


 なんだと!?ブド・ライアーは思わず椅子から立ち上って叫んでいた。

 

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