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7話 飲み会の先輩とコイバナ

 あの後、夕方までの勤務を終えると、またしてもスマホに通知があった。友人のドクから「酒買って19時に集合」というメッセージが入っていた。これがサネならくだらない事での呼び出しだなと思うところだが、ドクが集合をかけたという事は何か話があるのだろう。


 19時少し前にドクのアパートに辿り着くと、駐輪場にはサネがいた。その手に持ったビニール袋には缶とツマミが大量に入っている。日曜の夜からどれだけ飲む気だこいつ。僕は2本しか買ってきてないぞ。


「よう。そういや今日バイトだって言ってたな」

「おう。何の話か聞いてるか?」


 僕の髪型を見ながら手を挙げたサネに、同じく手を挙げて挨拶を返す。


「いんや」

「まあお前じゃないしちゃんと中身のある話だろ」

「そうだな。っておい」

「ここの階段いつも怖いよな」

「ああ。ってスルーすんなよ」


 サネのノリツッコミを無視し、ギィギィと音を立てるアパートの階段を上る。この階段はいつか本当に抜けるんじゃないかと思う。


「うーす」

「来たぞー」


 あまり建付けのいいとは言えないドアを開けると、こちらもギィと音がする。6畳ワンルームの奥では、テーブルの前に座っているドクがこちらを手招きしている。


「おー入って入って」

「もう飲んでないかお前?」


 いつもよりもテンションの高いドクに、サネが呆れながら尋ねた。


「まあ気にしないでさ。座って座って」


 サネと顔を見合わせて「仕方ないな」と意思疎通を済ませ、僕たちは靴を脱いでテーブルにつき、サネはどさっと、僕はコトンと自分が買ってきた袋をテーブルの上に置いた。


「で、話って?」

「まあまあ。まずは乾杯しようよ」

「乾杯前に飲んだのお前だろ」


 ドクの横には空になったチューハイの缶が2本転がっている。


「はいかんぱーい」

「「乾杯」」


 習性とは悲しいもので、ドクに乾杯の音頭を取られると、僕たち二人は慌てて缶を開けて乾杯することになった。


「で、どうなの?」


 乾杯の後、僕はちびちびと、サネはガバガバと飲んでいると、質問を投げてきたのはドクの方だった。しかし、これでドクが何の話をしたいかはわかった。

 文実の伝統として「どうなの?」「どうよ?」「どうなんだ?」などの質問が単体で飛んできた場合は、すなわち恋愛話(コイバナ)をしましょう、と同義だ。たとえそれが男三人しかいない場であっても。


「まあ、俺は? そこそこまあまああれだな」

「素直に何も無いって言えよ」

「何も無くねーし! 合コンは行ったし」


 行っただけだろそれ。ちゃんと繋がりが出来てたら絶対この場で言ってるだろうし。


「サネは何も無しね。マキは?」

「僕に何かあったと思うか?」

「思わない」

「だろう?」


 ドクだって分っていたはずだ。サネと、特に僕に恋愛的な何かがある訳など無いと。それにも関わらずわざわざこういう話を振ったという事は、ドクの側に話したい事があるという事だろう。僕たちが来る前から酒を飲んでいた事と合わせて考えると――


「そうか。また振られたか」


 どうやら僕と同じ結論に辿り着いたらしいサネが、ドクの肩を叩きながらそう言った。


「今日は飲もうな。明日1コマからだけど、僕も付き合うから」


 明日は朝一から授業があるが、友人の失恋なら慰めない訳にはいかない。

 しかし、そんな僕らに対し、ドクは心外だと言わんばかりの視線をぶつけてVサインを出した。


「振られてまーせーん。彼女出来た!」

「「死ね」」

「酷くない!?」


 完全に慰めモードに入っていた僕とサネは、予想外の告白に声をハモらせて祝福の言葉をかけた。


「死ねってのは僕の地元の方言でおめでとうって意味だから」

「俺の地元でもそうだぞ」

「二人とも出身違うじゃん……」


 既にチューハイを2本空けているドクは、弄られっぷりにいつものキレがない。仕方ないので僕とサネも本題の方に入るよう促した。


「まあ冗談はさておき。例の水泳部の後輩か?」

「ああ、連絡先交換したって言ってた子か」

「そうだよ。聞いてよ!」


 そこからはドクによる彼女の紹介と言う名の彼女自慢が始まった。

 小柄で可愛いだの、顔が丸くて可愛いだの、走り方が可愛いだの、自分を呼ぶ声が可愛いだの。そんな事を5分程聞かされて、酒を飲む気が失せてきた。


「相手が後輩だから、会ったのが4月で付き合い始めたのは今日だろ? よくそんなに話す事があるな」


 感心半分呆れ半分でそう尋ねると、ドクがウザい顔で応じた。


「まあ、俺はちゃんと結婚まで考えてるからね」

「うわ重っ」


 とっさに本音が出てしまったが、ドクは気にする様子もない。サネを見るとあいつも軽くヒいている。


「マキもさ、恋愛すればわかるって。ねえサネ?」


 クッソウザいな今日のドク。


「あ、ああ。まあ、俺に彼女がいたの高校の時だったし、結婚までは考えてなかった、かなあ?」


 話を振られて困っているサネを「ええ、本当?」みたいな目で見るな。ちょっとかわいそうになる。


「まあ大学生ならこのくらい普通だよ」

「僕に彼女が出来たとして、いきなり結婚を考えたり、付き合って初日で5分も好きなトコ語るような痛い男にはならないぞ」


 まあ彼女が出来ないんだけど。

 そんな僕をドクは残念なものを見るような目で見ていた。残念なのはお前だ。



「そういやマキはあの子達とどうなんだ?」


 ドクが少し落ち着いた頃、ドクの話から離れたいサネが僕にそんな話を振って来た。


「あの子達?」

「昨日の新歓で一緒にいた子。志保と美園だっけ? 二人とも可愛かっただろ? 香姐さんから送ってったって聞いたぞ」

「別に、ほんとにただ送って行っただけだよ」

「お前が自分からか? そんな事あるか?」

「無いね」


 自分から送って行った訳では無いが、友人の僕に対する負の信頼が厚い。


「別に僕から送るって言い出した訳じゃない。二次会出ずに帰るって話をしたら、途中まで一緒に帰りませんか、って言われたからその流れで送っただけだぞ」

「はあ!? お前それ脈ありじゃん」

「いや無いだろ」

「これだから童貞は。なあドク?」

「え? あ。うん、脈あるんじゃない?」


 ドクもまだ童貞だろ。まだだよな? 大体、こういう時に脈ありだと勘違いする方が童貞っぽくはないだろうか。


「初めて話したのがそもそも昨日だぞ。初対面で僕が惚れられる要素があるか? 康太だっていたんだぞ」


 言ってて悲しくなってきたが、間違った事は言っていない。初対面で僕に惚れるなら先に康太辺りに惚れているはずだ。


「まあ言われてみりゃそうだな。康太は競争率高そうだからマキで妥協したとか?」

「だとしても、美園は僕で妥協する必要なんてまるで無いくらい可愛いし、そもそもそんな子じゃない」


 普段なら問題なく流せるような軽口に、自分でも思ってもみない不機嫌な声が出た。


「あー悪い。しかし……なあ?」

「うん。意外だね」


 少しバツが悪そうに謝ってくれたサネだが、すぐに不思議そうな顔をしてドクを見た。見られたドクも同じような顔でサネを見返している。


「お前がそんなに不機嫌そうなの初めて見たからな」

「うんうん」

「そうか?」

「そうだよ。それに俺は最初二人の名前を出したのに、お前から出たのは片方だけだったな」


 ニヤつきながら僕の肩を叩くサネに言われてハッとしたものの、ちゃんと考えればそれには理由がある。


「別に、志保の方は彼氏持ちだから除外して考えてただけだよ」

「本当にそうか~?」

「うんうん」


 それ以外にどんな理由がある? これ以上考えるのが面倒になって、僕は1本目の缶の中身を飲み干し、2本目に手を伸ばした。

 

 翌月曜、結局あの後も呑み続けた僕は1コマの授業を自主休講した。

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