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6話 バイト中の先輩と可愛い生き物

 文実の新入生歓迎会の翌日、僕は午前中からバイトに励んでいた。

 朝起きてしばらくすると、美園から『おはようございます。お仕事頑張ってください』というメッセージが入っており、おかげでいつもより爽やかな気分で働けている。


 そんな応援をくれた美園は今、僕のバイト先のファミレスでメニュー票を見ている。正確に言うならメニュー票で顔の下半分を隠しながら、メニュー票と僕の間で視線を行ったり来たりさせている。向かいの席にはニヤニヤしながらこちらを見ている志保が座っていた。


「なんでいるんだ……」


 僕は昨日確かに「明日バイトだ」とは言った。言ったがバイト先までは教えていないし、聞かれもしなかった。香から聞いたのかとも思ったが、美園たちにバイトの事を伝えたのは新歓の後。それ以前に一緒にいた香との話題に上がったとも思えない。


「すいませーん」


 何故かと考えていると、当事者の片割れからお呼びがかかった。ボタンで呼べ。


「ご注文はお決まりでしょうか?」

「あれ。マッキーさんじゃないですか。何でここに? バイトですか?」


 白々しいにも程がある。志保がさっきから僕の方を見てニヤニヤしていたのは知っている。一方の美園は、メニュー表で完全に顔を隠している。


「結構雰囲気変わりますね。そっちの方が断然いいですよ。美園もさっきからカッコいいカッコいいってうるさかったですし」

「ちょっと!?」


 美園が顔の前のメニュー票をばっと下げ、赤い顔で志保の発言に抗議の視線を送るが、僕と目が合うとまたメニュー票で顔を隠してしまった。


「違うの?」

「…………違わない」


 バイト中の僕は、ワックスで髪をまとめている。更に言えばホールの制服は、白シャツと黒のスラックス、腰にはサロンを巻いている。普段の僕ではしない格好だ。印象は確かに変わるかもしれない。


「飲食だからな。多少はワックスでも付けないと。髪の毛が落ちても困るし。で、注文は?」

「マッキーさんも顔赤いですよ?」

「ほっとけ。注文」


 現在時刻は11時前、日曜とはいえ客足はまだそれほど多くは無い。多少この二人の相手をする余裕もあるが、外見のいい女子二人と長々話していては、バックヤードに戻った時に何を言われるかわからない。


「じゃあこのパンケーキとドリンクバーで。美園は?」

「しーちゃんと一緒のでお願いします」


 美園の顔はまだメニュー票の向こうにあった。横から見える耳は赤い。なんだこの可愛い生き物。



「お待たせ致しました。ご注文の品でございます」


 定型句と共に品を出し、確認とドリンクバーの説明をしていく。


「あれ?」

「この苺のムース、頼んでいませんよ?」


 注文はパンケーキとドリンクバー。加えて二人の前には注文には無かった苺のムースが一つずつ。カッコつけて用意したはいいが、面と向かって説明しようとすると途端に恥ずかしい。「苺嫌いだったら悪いな」なんてセリフも用意してはいたが、使う機会は無さそうだ。


「ほら。伝票」


 それを確認してくれれば僕の意図は伝わるはずだ、察してくれ。注文の品のみが記載された伝票を受け取った志保は笑みを浮かべ、そのまま美園にそれを見せた。この頃には美園もメニュー票ガードを外して普通に顔を見せてくれている。


「あの。ちゃんとお金払います」

「それじゃ押し売りになるから何も言わずに食ってくれ」


 慌てて財布を取りだそうとする美園の態度に僕の方が焦る。ただ初めて出来た後輩に勝手にカッコつけただけなのに、ここで金を払わせるなどいくらなんでも情けない。


「そうだよ美園。ここは奢ってもらわないと、せっかくカッコつけたマッキーさんがカッコ悪い事になるから」


 志保が援護射撃をしてくれるが、それは僕の事も撃っている。絶対にわざとだ。


「だからこういう時はね。『ありがとうございます、牧村先輩。大好きです』って言えばいいんだよ。ハイ」

「おい」

「え!?あの……ありがとうございます、牧村先輩。……だいす――」

「言わなくていい!」


 危うい単語が出て来る寸前で止めに入る。冗談とはいえ、美園のようなスレていないタイプにそれ以上を言わせたら僕の平常心が壊れる。

 美園の方も、自分が何を言おうとしたのか冷静になったのだろう、顔を赤くしてメニュー票ガードを展開していた。ただし今回隠したのは下半分で、潤んだ目は僕に向けたままだった。やっぱり平常心を犠牲にしてでも、さっきの言わせておけば良かったな。止めた事を少し後悔した。


「あ、そうだ。一応言っておきますけど、今日ここに来ようって誘ったの私ですからね。美園はマッキーさんの邪魔したら悪いって遠慮してたんですから。あと顔赤いですよ」


 志保が思い出したようにそう言ったが、まあそうだろうなとは思っていた。接した時間は少ないが、美園がそんな事を言い出すとはとても思えなかったし、逆に志保なら言い出しそうだとも思う。そして最後の部分はほっとけ。


「大体そんなだろうとは思ってたよ。志保は誰から聞いたんだ? ここの事」

「私の彼氏がマッキーさんの事知ってるんです」

「誰?」


 僕のバイト先を知っていて、彼女がいない事が確定していない男。その内で僕の知っている女の子が彼女でない男。条件を絞っても10人くらいはいるんじゃないだろうか。


「誰でしょう?」


 挑発するように言う志保だが、はっきり言ってお手上げだ。


「まあいつかわかるか」

「あっさりですね~」

「わからんものはどうしようもない。あまりここで話してもいられないし。まあそういう訳だから、ゆっくりしていってくれ。それじゃあ」


 結局これ以降絡むことは無く、昼前には僕に会釈をしながら二人は店を出て行った。休憩時間にスマホを見ると、美園からまたも丁寧なお礼の文が届いていた。

 日曜は来客が多く大変だが、美園のおかげで後半も頑張れそうだ。

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