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番外編 大学デビュー女子によるヘタレ先輩攻略を見守る友人の話

番外編第2弾、こちらも三人称視点です。

 宮島志保が後の親友、君岡美園と出会ったのは大学の入学式の2日前、入学前イベントでの事だった。

 最初に集まって説明を受けた学生会館から、学部ごとに別れて次の会場――志保たち人文学部生は第2学生食堂――に移動した後の事だ、一際目を引く同級生を見つけたのは。


 志保も容姿には自信があったが、その同級生は系統が違う。悪く言えば男受けの良さそうな、あざとく可愛いタイプ。暗めに染めた髪を肩下まで伸ばし、毛先だけ僅かに巻いていて、ナチュラルに見える薄めのメイクで素材の良さを輝かせていた。

 既に彼氏のいる志保からすればどうでもいい事だが、あれと争う事になる女子からは下手をすれば嫉妬の対象になるだろう。


 そんな事を思っていると、その子は急にきょろきょろと辺りを見回し始めた。高校からの同級生でも探しているのだろうかと思ったが、見ている方向は主に準備をしている在校生の集団の方だった。探しているのは先輩だろうか?

 そんな彼女に何人かの男が近づいて行った。「人文の男はチャラいから注意しろよ」と、笑いながら言って来た彼氏を志保は思い出した。


(ああいうタイプの子なら男のあしらい方くらい慣れてるでしょ)


 どういうあしらい方をするのか、はたまた体良くキープにでも加えるのか。そんな風な意地の悪い視線を送っていると、彼女は志保の予想とはまるで異なり、あからさまにあたふたとし出した。

 あれが演技なら大したものだ。そう思うと同時に志保の体は動いていた。


「ねえ。あっちで一緒に座ろうよ」

「え、あの」


 集団に近づくと、有無を言わさず彼女の手を引っ張って連れ出す。後ろで男たちの文句が聞こえるが、それを一切無視して志保は元いた席に戻って来た。一人の女の子の手を引いて。

 志保の性別が男であれば、恋愛物語でも始まりそうなワンシーンだった。近くで見ていた十数人は、男前な志保に心の中で拍手を送った。


「あの。ありがとうございました」


 おどおどしながらも礼を述べる彼女の手を掴んだままだった事に気付き、志保はぱっと手を離した。


「ああ、ごめんね。私、宮島志保。社会学科ね」

「君岡美園です。私も社会学科です」

「志保でいいよ。私も美園でいい?」

「はい。志保、ちゃん」



 話してみると、君岡美園は隣の県出身、現在一人暮らし中。高校までは化粧もしたことが無く、大学入学を機にファッションも含め姉に教わったとの事。


「なんで大学デビューしようと思ったの?」


 聞いてみたものの、志保は明確な答えは求めていなかった。これだけ元がいいのだから活かしてみたくもなるだろう。話のとっかかりにでもなればと思って質問してみただけだ。


「大学デビュー、お姉ちゃんにも同じ事言われました。その。自分を変えてみたくて」


 自分を変えてみたい。それ自体はほぼ志保の予想通りの回答だったが、何となく感じる歯切れの悪さに、それだけの理由ではないだろうという考えが浮かんだ。先程の先輩を探すような視線と合わせて考えると、答えはおぼろげながらわかった。


「追いかけてきた先輩でもいるの?」

「なんでわかるの!?」

「女の勘」


 ふふん、と鼻を鳴らして志保は自慢げな表情を作って見せる。一度言ってみたかった台詞がこれ以上なくハマってかなり気分がいい。

 美園は心底感心した様子でそんな志保を見ている。


「だけどその人はいなかったと」

「うん……いないとは思っていたんだけど」

「その人、人文学部(じんぶん)の人?そうじゃなかったらここにはいないでしょ」


 入学前イベントは新入生歓迎委員会が主催している。そしてここは人文学部向けの会場なので、いるのは人文学部の新入生と在校生だ。それを説明すると、美園は残念そうに笑った。


「学部は聞いて無かったの。新入生歓迎委員会が主催なら、あの人がいる訳無いよね……」


 美園の言い方を聞いて志保に疑問符が浮かぶ。てっきり高校の先輩を追いかけて来たのかと思ったが、それなら学部さえ知らないのはおかしい。そのくせ美園は、その人が新入生歓迎委員にいるはずが無いと思っている。


「その人、高校の先輩じゃないんだ?」

「うん……去年文化祭で会った、実行委員会の人」

「そうなんだ。じゃあ美園は文実入るの?」

「うん」


 志保は運命という言葉が好きでも嫌いでも無いが、今回のこれは中々運命的な出会いのようだ。特に美園にとってはそうなるだろうと思う。


「私もだよ。私の彼氏文実のOBだから、その人の事聞いとこうか?」

「お願い!」


 今日一番早い美園の反応に、志保は苦笑した。出来れば「私もだよ」という部分にも反応が欲しかったところだ。



「ねえ航くん。今の文実に牧村って人いる?」


 イベントの後、大学からバスに乗って帰る前に、志保は彼氏のアパートを訪ねていた。志保が高1の時から付き合っている2歳年上の恋人、成島航一(なるしまこういち)のアパートは、大学正門前のバス停から徒歩2分という恵まれた立地にある。


 航一はこの春から3年生。文実は昨年度で引退しているが、去年の文化祭で美園があったという委員の事は、問題無く知っているだろう。

 牧村が現3年生であっても、航一を介して美園に引き合わせる事は出来る。志保の懸念は、牧村が引退では無く文実を辞めてしまっていたらという事だ。


牧村(マッキー)?いるよ。今年の2年だな」


「いきなりどうした」と言いながら教えてくれた航一の回答は、志保にとってはとりあえず満点に近い。文実に所属しており今2年生なら、美園は牧村と活動を共にできる。


 そして、志保はもう一つ重要な事を聞かなければならない。


「どんな人?彼女いるの?」

「彼女はいなかったと思うな。え、何?浮気とかじゃないよな?」


 彼女から別の男の質問を立て続けにされて焦る航一に、志保は「そんな訳無いでしょ」と答え、隣に座る恋人の肩に頭を預けた。

 航一はその頭を撫でて、安心して笑った。


「よくわからんけど会いたいなら呼んでくるぞ?隣の隣にいるからな」


 志保からすれば望んでいた満点以上の成果が得られた。どうやら美園は運命に愛されているらしい。



「牧村さん彼女いないって」」


 前日の段階で、牧村が2年生で現在も文実所属な事は、美園にメッセージで伝えてある。因みに、美園からは丁寧なお礼のメッセージが届いた。

 なのでガイダンスの日にまず伝えたのはこの事だった。昨日の段階で一緒に伝えても良かったが、直接言って反応を見たいという欲求に志保は負けた。


「ありが……そう、なんだね。でも私は別に、そういうのじゃ……無いから」


 確かに美園は一度も「牧村に好意を抱いている」と、直接明言はしていない。しかし昨日の発言と態度からそんな事は明らかであるし、破顔して礼を言いかけた態度といい、今現在もニヤケを抑えられない顔を晒している事といい、中々無茶な言い分であった。


「それじゃ私が牧村さんにアプローチ――」

「それはダメ!」


 とっさに大声を出してしまい、ただでさえ視線を集めていた美園は余計に注目の的になる。志保に彼氏がいる事は昨日伝えていたが、頭から抜ける程焦ったのだろう。


「他の人に取られるのが嫌なら積極的に行かないとね」

「……うん」


 注目を浴びた事と、牧村への好意がバレた事――元々バレバレではあったが――の二重の恥ずかしさからか、俯いてしまった美園はしかし、小さいが確かに強く返事をした。

 

 その後、牧村の事を教えようとした志保は、美園から「仲良くなってから自分で聞く」という宣言を得て、満足してその先の言葉を飲み込んだ。



 そんなガイダンスの日から10日が過ぎ、待ちに待った(特に美園が)文実の説明会の日がやって来た。

 志保への呼び名がいつの間にか「しーちゃん」に変わった美園は、キラキラとした視線を一方向に送っている。声をかけてきた同級生男子の事がまるで目に入っていない、流石にガン無視は可哀想だったので「この子売約済みだから」と、志保の方であしらっておいた。

 美園の視線を追ってみると、その先に一人の先輩らしき男子がいた。志保から見てはっきり言って地味だ。身長は恐らく平均より少し高い程度で、顔自体は整っているが服装髪型ともに地味だ。


(まあでも。競争率低そうだし、美園が積極的に行けばあっさり落とせそう)


 志保が応援することにした恋する乙女は、案外早くその思いを成就させそうだ。


 と、この時の志保はまだ楽観的に考えていた。

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